目覚め
ゆっくりと蒼の目が開いた。周りで見守っていた者たちの一気に安堵した表情を見せた。ムラサキは相変わらず笑みを見せているが、安心していた。
「蒼、大丈夫か?」
「……うん」
蒼は、小さくだが口から声を出した。それに蒼が一番驚いている。
「声、出た」
「あぁ、良かったよ。無事上手くいって」
蒼は辺りを見渡している。ムラサキを見つけると、ゆっくりと体を起こす。
「ムラサキ。今、歌ってた歌は」
「昔、教えてもらったの」
「そうなんだ」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
蒼は、とても嬉しそうに笑う。大きく伸びをすると、ゆっくり立ち上がる。創は表情をあまり変えないが、蒼が倒れないか心配ですぐに蒼の近くに寄り、手を貸してやる。
「久しぶりに動ける!」
「少し、散歩でもして来い。体動かして歌えるように」
「分かった!」
「ムラサキも行く」
「創はどうする?」
「行こう。何かあったら、心配だから」
「分かった。でもとりあえず、なにか食わなきゃだな」
「私が伝えてこよう」
そういうと、部屋から出ていく。しばらくすると夜用の食事を分けてもらい、帰ってきた。
「食べ終ったら、行って来い。俺はここにいるから、何かあったら呼べ」
「うん」
口の中いっぱいにし、もごもごとしながら頷く。
――美味しい。こんな風にちゃんとご飯食べるの久しぶり。
そんなことを思っていると、あまりにも口の中に食べ物を詰め込みすぎて、むせてしまった。
「そんなに慌てなくても、飯は逃げないからもっとゆっくりと食べろ」
「うん」
――結が作ってくれたごはん。美味しいな……。
蒼は笑みを零しながら、口に含んでいく。
「準備して待ってろ。私は寿や結に伝えてくる」
「分かった!」
蒼はもう一度、大きく伸びをすると着物を着付けに部屋を出た。ムラサキは裏口に先に行って、待つことにした。シキはムラサキとともに裏口へ。
「ムラサキ、ゆっくり町回ってこい」
「は~い」
「今日の宣伝にもなる」
「そうだね。シキは行かないの?」
「面倒くさい。寝てるよ」
「分かった」
しばらく待っていると、お気に入りの外行きの着物を着付けた蒼と、創がやってきた。
「蒼、はしゃぎすぎるなよ」
「ちょっとでも体調悪くなったら、帰ってくるんだよ?」
外に出ると、蒼のことを心配した水精たちが裏口に集まってきていた。何人かは心配になり、ついていこうとしていたが八重が止める。
「大人数で行ったら、五月蝿いだろう。全員、待機」
「じゃあ、行ってきます!」
手を振りながら、蒼はムラサキ、創とともに町へと向かった。水精たちは、蒼のことを心配しながらも離れへと消えていった。シキは大あくびをしながら、福屋へと入っていく。
「頼む」と、小さく呟くシキに八重が首を傾げた。
町へと繰り出した三人。蒼は大股だが、ゆっくり歩いていく。創はキョロキョロと周りを見ている。
「創くんどうしたの?」
「いや、久しぶりに出てきたから」
「別になにも変わってないよ」
「そうだが……」
「大丈夫。何かあったらシキが走ってくるから」
そういうと、ムラサキは薬問屋の方へと向かう。三人の近くには、役人のような者たちが数名、周りを歩いている。しかし、ムラサキは分かっているのか、あまり気にせず歩いていく。
「ムラサキさん」
「あ、壱佳~」
店先でお客を見送っていた壱佳がムラサキたちに気づいた。
「今のは?」
「上客なんだ」
「そうなんだ」
「あ、あの……」
蒼が壱佳の前へと出てくる。
「蒼くんかい?」
「はい。あの、薬ありがとうございました」
一度、蒼が頭を下げると、創も頭を下げる。
「いえ、元気になって良かったですよ」
「今夜は来ていただけますか?」
「お時間があれば、伺います」
「ぜひ来てください! 歌……。最高の歌を歌いますから」
「分かりました。でも、無理しないでくださいね」
「はい」
とても嬉しそうに笑う蒼に壱佳も笑みを見せる。すると、蒼に声を掛ける人が現れ、そちらに駆け寄る。
「本当、元気になって良かったです」
「壱佳のおかげだよ」
「そうですけど、僕はやっぱり完璧に治せる技術が無かった」
「壱佳。凄いことしたんだから、胸張りなよ」
「けれど……」
「蒼は歌えるだけで幸せって言ってた。壱佳もこの前、幸せになることは嬉しいって言ってた。だから、今は胸を張りなよ。これからもっといい薬作ればいいんだよ」
「……そうですね。彼の笑顔を見せてくれてありがとうございます。ムラサキさん」
「またシキと来るね」
「はい」
手を振りながら、常連の客と話し込んでいる蒼たちのもとへと歩みを進める。壱佳は笑っている蒼を見て、手を握りしめる。
「壱佳さん」
「今、行きますよ」
店から出てきた従業員に呼ばれ、店へと戻っていく。
薬問屋から離れた蒼は、少し疲れているようだった。
創は夜もあるので早めに戻ろうと促した。
「あれ、蒼?」
「あ、久しぶり~」
福屋の常連の客で、毎週蒼を指名していたヒトエとイツムが駆け寄ってきた。
「元気になったの? 全然、店に出てなかったみたいだし」
「うん! 元気になったよ。今日歌うから来て!」
「そうなの!?」
「俺ら、知らなかった。絶対行くよ」
「うん、絶対来て!」
「そうだ。蒼に似合う反物が入ったんだ」
「そうそう! いますぐ仕立てて夜までに福屋に持っていくね!」
「本当!? 嬉しい!」
精一杯の笑顔を見せ、蒼は二人に手を振り去っていく。少し心配そうに見守っている二人だが、急いで店へと走っていく。
続く
第二十話
悲しみを癒す店。一度来れば十分かもしれない。けれど、この世は痛みと悲しみであふれている。




