表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精【蒼ノ章】  作者: 山芋娘
21/28

蒼い海



 天上にも響くような艶やかな歌声が、福屋の店の中に響く。その歌声は、蒼の心の中にも響いていた。

「……この声、ムラサキの声?」

 蒼は口から声を出している。

 ムラサキの歌声とともに、波の音も聞こえてくる。ゆっくりと目を開けると、そこは白い砂浜とどこまでも続く蒼い海、そして蒼い空が広がっていた。

「ここ、前にも……」

 蒼は、いつもの蒼い着物を纏って裸足姿で浜辺に立っていた。見渡す限り、浜辺と海。その場に立っていると、足に海の水が当たる。

「冷たい……」

 着物が濡れないように屈みこみ、水で少し遊ぶ。


――澄み渡る色は、いつまでも()せることのなく、続いていく

いつまでも、どこまでも、永遠に思えるくらい

澄み渡る色は、あなたを思い、広がっていく――


 すると、歌が聞こえてきた。聞いたことのない歌が。けれど、どこか懐かしく温かい歌声だった。

「この歌、聞いたことある」

 ゆっくりと歌が聞こえてくる方へと歩き出す。


――枯れる前に、咲かせる

永遠はないのだから、今こそ咲き誇れ

アオイ空はどこまでも続く 空の下で見守っているよ

いつまでも だから咲き誇れ――


 砂浜を歩いていくと、一人の女性が海に向かって歌っていた。少し年のいった女性。藍色の着物を身に纏い、短い髪の毛を結いあげて、かんざしを挿している。両耳に掛かるように髪が垂れている。

「あの人……」

 蒼よりも高い歌声。そしてどこか蒼に似ている顔立ち。

「あ、の……」

 蒼が声を掛けると女性が蒼の方を見る。

「こんにちは」

「……あ、こんにちは」

「気持ちいい風だね」

「はい」

「一緒にどう?」

「……」

 女性は、海から離れ砂浜に座る。そして手招きをする。蒼は少し距離を取るが、女性の近くに座る。

「あの……さっきの歌、綺麗でしたね」

「ありがとう」

 とても嬉しそうに笑う女性。蒼はその笑顔を見て、一緒に笑う。

「この歌はね、遠くに置いてきた子どものための歌なの……」

「子ども?」

「うん。十六年前に置いてきたの」

「……そうなんだ」

「捨てたわけじゃないの。連れて行けなくて、どうしても置いていくしかなかった……その子のためにいつも歌うの」

「きっと届くよ」

「そうだといいんだけど」

 少し浮かない表情を浮かべている。空を見上げ再び口を開く。

「今日みたいな蒼い空の日だったの」

「???」

「その子が生まれた日」

「そうなんだ」

「海の近くの町だったから、いつも海は見てた」

「僕は、海は知らないな」

「そう」

 女性は、蒼の顔を見つめる。この人はどうしてこんなにも優しい顔で見てくれるのだろうか。そんなことを考えていると、女性が呟く。

「蒼い空の日は、いつも思うの。無理してでも置いていかなければ良かったって」

 蒼も空を見上げる。雲一つない澄み渡っている空を。自然と笑顔が零れてくる。暗い顔なんて、こんな空の下では出来ない。

「確かに。お母さんのこと知らないって、寂しいから……捨てられたって思ってたから」

「そうだよね」

「でも」

「え?」

「僕は、今とても幸せ」

「どうして?」

「だって、家族がいるから」

「家族?」

「うん。いっぱいいるよ。だから、その人も大丈夫だよ」

「そうだね」

 女性は蒼のことを見て、嬉しそうに笑っている。その表情はまるで母親のよう。

「あの」

「なに?」

「さっきの歌、もう一度聞きたいです」

「分かった」

女性は立ち上がり海の方へと歩いていく。

「大きくなってて、嬉しいな」

「???」

 蒼には聞こえない小さ声で呟く女性。そして、大きく息を吸い空に向かって歌いだす。


――澄み渡る色は、いつまでも()せることのなく、続いていく

いつまでも、どこまでも、永遠に思えるくらい

澄み渡る色は、あなたを思い、広がっていく

枯れる前に、咲かせる

永遠はないのだから、今こそ咲き誇れ

アオイ空はどこまでも続く 空の下で見守っているよ

いつまでも だから咲き誇れ――


 静かに流れる波が女性の足に当たる。蒼はゆっくりと女性の方へ歩き出す。

「いつも、気にしてたの。あの子はどうしてるかなって」

 蒼の方を振り返り、笑みを見せる。

「十六年、一緒に居られなくてごめんね」

「……え?」

「でも、幸せそうでよかった」

「あなたは」

「蒼」

 強い風が着物をなびかせる。

「ごめんね、苦しい思いさせて……無責任でごめんね……」

「大丈夫、僕は大丈夫だよ」

「ごめんね」

「大丈夫だから……お母さん」

「ありがとう。蒼」

 強い風は砂を巻き上げる。蒼の母、藍は嬉しそうに笑う。蒼は目を開けていられなくなり、目を瞑る。

 真っ暗な空間に、歌が響く。ムラサキの歌声が……。

「お母さん……ありがとう、聞いてて。僕の歌を」

 


 ゆっくりと目を覚ます。



続く


第十九話

蒼く澄み渡る海。嫌なことすべてを一瞬でも忘れられる特別な場所

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ