蒼
時間は一つだけが流れているわけではい。
この時代は、江戸時代の裏を行く。
人だけではなく、他にもさまざまなものが存在する。その1つが『水精』。人とあまり変わらない姿。しかし体の至る所に、その水精の特徴を 表す色の小さな水晶が、存在する。
ある者には、赤い水晶が手の甲に。
またある者には、緑の水晶が肩に。
数も形もそれぞれの水精によって違う。
将軍が治める国より、遥か北。
山々に囲われ、川が何本も流れる国。
『水蓮の国』
この国には人と水精が共に共存している……。
ここは歌癒屋―福―
水精たちが人々の悲しみや痛みを歌で癒す店。
「いらっしゃいませ」
裏方の者たちが客をもてなし、客間へと通す。
そこには人と同じ姿をした水精が待っていてくれている。
「今日もあなたの痛みを癒すために歌を捧げます」
創は、客の前に座り一度頭を下げると、客の顔をしっかりと見つめ大きく息を吸う。
――流してしまおう、涙とともに。
痛みや悲しみは、すべて私が受け取るから、今は笑って側にいて
輝く笑顔が曇らないよう、私は歌い続ける――
目を瞑り心地よく歌を聞いている客。すると、創の体にある石が小さく光りはじめる。客の痛みを受け止める。それが水精たちの仕事。
創は目の前にいる客の表情を見る。そして、小さく微笑み出す。
――今日も痛みを消せている。
そう実感すると、ゆっくりと歌を終える。
水精の歌は人を癒す。けれど、それには代償が必要になる。癒しを与える代わりに、人の痛みや悲しみを水精が背負う。
裏方たちが、料理を手に廊下を歩き回っている。
「の間のお客様へのお茶を」
「分かりました」
まだまだ年齢的には若い結が、自分よりも若い裏方へ指示を出している。
客が出ていくのを見送るのも裏方の仕事。結は、外まで見送ると、店の中へと戻っていく。
「結お姉ちゃん!」
「なに?」
裏方の女の子、満が結の方へ走ってきた。息を切らしながら、結の腕を掴む。
「蒼ちゃんが、起きたんだけど……お客さんの前に出ようと、してるみたいなんだけど、止めて」
「はぁ……分かった。こっちよろしくね」
「うん!」
満は、台所の方へ向かっていく。それを見送ると、蒼のいる部屋へと向かう。
「あ、結」
「あとは任せて」
「よろしくね~」
部屋の前にいた秋草が、手を振りながら去っていく。
「蒼」
「結!」
部屋に入ると、着物を着た男の水精、蒼が起きていた。
声が出ていない蒼は、口パクで結に何かを話しかけている。
「今日、調子いいんだ! 歌ってもいいでしょ?」
「……元気なのは分かったよ。でも、声出てないし、また倒れたら心配だから、今日はダメ」
「……」
「蒼。もっと元気になったら、歌って。ね?」
コクリと頷くと、着物を脱ぎはじめ寝間着に着替える。
「歌いたいな……」
「……蒼?」
声が出てないため、蒼の本音は聞こえない。無理な笑顔を見せる蒼に、結も笑顔を見せる。
「蒼、美味しいごはん持ってくるから、待ってて」
「うん」
頷く蒼の頭を撫で、部屋から出ていく。障子を閉め、結から笑顔が無くなる。
「もっと元気になって……」
一筋の涙が、流れていく。
部屋に敷いてあった布団に寝転ぶ蒼。目を瞑り小さく口を動かす。
「結が泣いてる……」
蒼の石が少し輝き出した。けれど、石はすぐに濁り始める。蒼く美しいはずの石が今では、輝きを忘れ濁っている。
自分の手の甲にある石を一度触る。そして布団の上に座り直し、大きく息を吸う。声は出ない。けれど、歌を奏で始める。誰にも聞こえない歌を……。
痛みを癒すための水精。けれど今の蒼には出来ないこと。大切な者の涙を拭うことすらできない。
「結……ごめんね……」
涙を流さない水精。辛い表情をする蒼からも涙は流れてこない。
意識が遠のいていく蒼は、倒れてしまった。
続く
第零(二)話。
次から本編に入ります。