表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精【蒼ノ章】  作者: 山芋娘
18/28

不安



 福屋の一階の部屋にシキが入ってきた。

 上の階では、客を取り営業が始まっている。

 蒼は、病気になるまでは大きな部屋で複数人の水精と、暮らしていた。けれど、今は一人で体に障ると、蒼に負担がかかると思って一人でいる。その蒼の部屋でシキが、静かに蒼の寝顔を見ている。

「もう少し待ってくれ。すぐに出来るから」

 そういうと、シキが小さく息を吸う。誰にも聞こえないくらい小さな声で、奏で始めた。詩のない歌を……。

「……やっぱり俺が歌ってもダメだよな」

 すると、蒼が目を覚まし、シキの心の中に呟く。

「シキ、さん……」

「すまない、起こしたな」

「ううん、凄く心地よかった。ありがとう」

「そうか」

 とても優しい笑みを浮べるシキ。

「どうしたの?」

「あと一回、思い切り歌えるようにしてやる」

「本当?」

「あぁ」

「嬉しい」

「でも、」

「大丈夫、もうずっと覚悟は出来てる」

 強いまなざしで、天井を見つめる。そして笑みを浮べ、口パクで「結」と呟く。

「ただ、一つだけやりたいことがあるの。……結に歌いたい。結のためだけに歌いたい」

「……そうか、だからあと一回か」

「うん……」

 目を瞑り、笑みを見せる。

「蒼、もう少し待ってくれ」

「うん。歌えるなら頑張って、待つ、よ……」

 蒼は言葉を残すと、静かに深い眠りについた。

 シキは蒼の頭を撫でると、掛け布団を掛け直してやる。しばらくすると、部屋の襖が開いた。廊下から、顔を出したのは寿。

「シキ、用意出来た」

「あぁ」

 シキは、静かに立ち上がり、部屋を出ていく。寿とともに別の部屋へと入っていく。

「蒼は起きてたのか?」

「少しだけな」

「そうか」

 部屋には料理が用意されていた。その前にそれぞれ座る。

「で、話とはなんだ?」

「……蒼のことだ」

「分かっている。詳細を話せ」

「今、薬問屋の壱佳に薬を作ってもらってる。一時的に体調がよくなる薬だ」

「そんなものが出来るのか?」

「最近、分かったことを壱佳に伝えた。それでなんとか、な」

「そうか」

 徳利に入っている酒を、シキの持つお猪口に注ぐ。

「分かったこととは?」

「水精の特性」

「なんだ、それは」

「水精は、他の水精の歌を聞くと、一緒に歌う傾向がある」

「それがどうした?」

「自然と、勝手に歌いだすこともある。それは歌いたいからという感情よりも、水精という種だからなんだ」

 寿は、黙って聞く。

 シキの話が終わってから、疑問に思ったことを聞けばいいと思っているからである。

「水精は、他の者の歌を聞くことによって、共鳴ということを起こす」

「……」

「人間には理解しがたいことだが、水精にはそれがある。思い出してみれば、水精が歌っている時、人間は一切関与しない。だが、水精は歌っている水精の歌に共鳴して、歌いだす」

「確かに……ムラサキの歌が昼間聞こえる日は、鼻歌だが店中に響いていたな」

 シキの言葉を聞き、寿も何度か聞こえてきていたムラサキの歌を思い出す。あの八重でさえ、鼻歌を奏でていたのを思い出し、少し笑ってしまう。

「今回はその水精の共鳴を利用する」

「蒼の体調に、か?」

「あぁ……」

「どうやって……」

「お前の店の水精に蒼の歌を聞かせる」

「それで、体調が良くなるのか?」

「あぁ、一時的に」

 「それなら、毎日蒼の体調はいいはずだ。水精の歌は毎日響くから」と、投げかける寿。だが、シキは笑みを浮べる。

「だが、部屋の中だけだ」

「???」

「この店もそうだが、部屋は音を遮断するようにしてある。それでは、水精の共鳴は出来ない。だから、体調も良くならない」

「そうか、直接聞こえないといけないのか」

「そういうことだ」

 食事のペースはほぼ同じだが、シキの方が多く話している分、酒の減りは遅い。しかし、話の間を置くごとに一気に酒を含むので、寿は次の酒を持ってこさせる指示を出す。

「蒼に直接歌を聞かせても、聞かせている間。もしくは歌が終わっても少しの間くらいしか、体調良くならない」

「そう、か……」

「それを一日中持たせるようにする」

「出来るのか?」

「薬が出来れば」

 シキは立ち上がり、部屋の障子を開ける。空からは月明かりが差し込む。



続く


第十六話

今回のタイトルはシキの本当の思い。いくら長く生きていても、やったことが無ければ、自信はないはず

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ