薬
福屋を出たシキとムラサキ。二人は薬問屋に向かっていた。
「雲が出てきたな……」
「雨は降らないよ」
「ムラサキが言うなら、そうだろうな」
だが、シキは速足になるが、何か思い出して立ち止まる。
「ムラサキ」
「ん?」
「城に行ってくれないか?」
「いいよ」
「よし、じゃあ城にいる藍って水精に会えるようにしておいてくれ」
「会えるようにしておくだけでいいの?」
「あぁ、話は俺がする」
「分かった」
「じゃあ頼んだぞ」
「は~い」
シキは、ムラサキと別れて足早に薬問屋に向かう。
しかし、ムラサキは一匹の猫を見つけ、じゃれ始めた。しばらく遊んでいると、ムラサキは猫を抱っこする。猫は大人しく抱えられると、ムラサキの腕の中で眠ってしまった。
薬問屋へ着くと、店の外で作業をしていた森陰に声を掛ける。
「森陰、壱佳はいるか」
「シキさんだ~、こんにちは。若旦那ですね、どうぞ中にいますよ」
森陰のあとについて、店の中に入っていく。客はまばらで、忙しそうにはしていなかった。若旦那である壱佳は、薬の調合をしていた。森陰に呼ばれ、シキの座っているところへ寄ってきた。
「こんにちは、シキさん」
「おう、少し急ぎなんだがいいか?」
「なんなりと」
「これから持ってくるもので薬を頼みたい」
「どのような薬で?」
「水精の不治の病を一時的に良くするもの」
「それはまた、難題ですね」
そうは言っているが、口元はニヤリとしている。それを見逃さず、シキは薬の入ってる棚を見つめる。
「でもお前の薬の研究になるだろ」
「そうですね」
「紙と筆を貸してくれ。戻ってくるまでに頭に叩き込んでくれ」
「分かりました」
シキは、壱佳にメモを書き始める。
壱佳の研究のおかげで、ほんの少しだが水精の不治の病で、亡くなるまでの時間が長くなっていた。シキはそれを利用しようとしていた。
メモを書き終えると、壱佳にメモを渡し店を早々に出ていった。雨は降っていないが、先ほどよりも雲はどんよりと立ち込めていた。
シキは城に向かって走り出した。城の門の前にやってくると、二人の門番に駆け寄る。
「シキ様!」
「ムラサキは来たか?」
「えぇ、結構前に」
「猫を手に」
「猫?」
「はい」
「まあいいか……中に入りたい。いいか?」
「ええ、シキ様ならどうぞ」
「すまない」
シキは、開いている門をくぐり城の中へ入っていく。城に入りすぐに、大勢の人間に囲まれた男が出迎えた。
「よう、シキ」
「お久しぶりです。嶺様」
「固くならなくてよい」
シキが一度、頭を下げると、嶺が笑う。嶺に招かれ、城の中へと入る。
水蓮の国、現城主の嶺
幼き頃から水精とともに暮らしてきていたため、水精に対する思い入れはとても強い。特にムラサキは、お気に入りだったため、彼女の我儘は大抵聞いている。そして現在、ムラサキとともに暮らしているシキへの理解もあるため、許可なく城に入っても大目に見ていた。
「なんで、迎えに出てきてくれたんだ?」
「ムラサキが来たと聞いてな。それで水精の屋敷に行く途中で、お前が走っているのを見かけたからじゃ」
「それでわざわざ」
「そうだ」
屋敷の廊下を歩き続ける。二人の後ろにはぞろぞろと、嶺の家臣がついてくる。
「で、なんのようだ?」
「藍っていう水精に頼みがある」
「なるほど……では、話して来い」
「すまない」
水精たちが暮らす屋敷。本丸の隣に構える屋敷は、廊下から繋がっている。そして音も遮断されるほどの扉が存在した。
「ムラサキに後で来てほしいと伝えてくれ」
「分かった」
嶺が合図を出すと、扉の前で待機している2人の家臣が、ゆっくりと扉を開ける。中に入り、長い廊下を歩いていく。所々で、水精たちとすれ違っていく。迷わず一直線に向かった先は、大広間。部屋に入ると、ムラサキと一人の女水精が向かい合って話をしていた。
「ムラサキ」
「シキ、遅かったね」
「嶺に話を通しておけよ」
「藍を探せばよかったんでしょ?」
「そうだけど……まぁいい」
シキはムラサキの隣に座る。
「初めまして。シキと申します」
「初めまして。藍と申します……あの、私になにか」
「藍、アンタに頼みがあるんだ」
その言葉を聞いて、藍色のかんざしを付けた藍は目をキョトンとさせていた。
続く
第十五話
殿さまの登場。この方もいつか掘り下げたい




