失われた歌
雪が積もり、店が開く日。
蒼は、布団から出られずにいた。
「体が重い……動きたくない……」
布団の中で唸っていると、同じ部屋で過ごしている水精たちが声を掛けてくる。
「蒼、結に怒られるから早く起きなよ」
「そうだぞ~寒いからっていつまでも中にいるなよ~」
「ん~なんか、体が重い~」
「風邪かな?」
「熱はどうだ?」
「ないと思う」
蒼は、布団から顔を出す。障子を開け、部屋を出ていく水精たち。
「俺らも準備しなきゃだから、先行くぞ」
「分かった~もう少ししたら行く」
蒼を起こしていた2人も、準備をするために部屋を出ていった。蒼は外を見つめる。雪は降っていないが、とても重苦しい空。
「空も重苦しいけど、僕の体も重苦しい……」
「ん~」と唸りながら、布団から這い出る。
布団を綺麗に片づけるとノロノロ廊下を歩いていく。
「シャキッとしよう」
大きく伸びをすると、障子を開ける。別の部屋に入ると、水精たちが着付けをしていた。
「蒼! 遅いよ」
「ごめ~ん」
「もう、早く入って」
「は~い」
結は料理運びや案内、水精たちの着付けなどもこなしている。結の世代の裏方は、このような仕事を一通りこなす。結は、一人の着付けを終えると、蒼のもとへ寄る。
「今日の帯は桃色でいい?」
「うん。結が選ぶものなら何でもいいよ」
「はいはい」
派手めの着物が部屋中に並んでいる。
「今日も寒いから、気を付けてね」
「うん、ゴホッゴホッ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。乾燥してるから、咳出ただけ」
「本当? 最近、咳してる気がするけど……」
「本当だよ~乾燥って嫌い」
「なら、いいんだけど……ちょっとでも体調悪いと思ったら、すぐに言うんだよ」
「うん」
着付け終わると、また別の部屋に移る。そこには、着付けを終えた水精たちが待機していた。
店に明かりが灯り、水精たちが客を取り始めた。蒼は、控え部屋で客が来るのを待っていた。
「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ……」
「蒼、ずっと咳してるが、大丈夫か?」
蒼と創は部屋の端の方で、座っている。他の水精もいるが、各々の過ごし方をしている。
「大丈夫だよ~お水、お水~」
「お前、最近ずっとそうだぞ」
「創くん、結と同じこと言ってる」
「心配だから、言ってるんだ」
「僕は平気だって」
「なにか病気だったら、どうするんだ?」
「そんな、大袈裟だな~」
創は、今日はまだ贔屓の客が来ていないので、控え部屋にいた。お茶を飲みながら、蒼の様子を気にしていた。そのあとも蒼は何度も咳をしていた。
「ん~喉痛いな~」
「……今日は休んだらどうだ?」
「嫌だ~今日は歌いたい気分なの~」
「蒼くん、お客様見えたよ」
「は~い。すぐに行くよ」
「蒼」
「大丈夫だよ~」
結とは別の裏方の者が、創の制止も聞かず蒼を連れて出ていった。創は蒼のことが心配だったが、客が入ってしまったため、自分も客間へと向かった。
「ふふ。今日の蒼くんの声、いつもと違って聞こえるけど、なんかいいな」
「本当? いつもと違う?」
今日の客は、男女の二人組。イツムとヒトエは毎週、必ず1回は来店していた。そんな二人だからか、蒼のほんの少しの変化も感じ取っていた。
「うん、なんか違うよ」
「でも、気にする程度じゃないだろ」
「そうだね」
「寒いから、いまいち声でないのかな~。よし、次はもっといい歌にする」
「お願いね」
「頼むよ、蒼」
蒼の歌も目当てだが、食事も美味しいと有名なので、ご馳走としても食しに来ていた。
――なんか、声が出辛い……。
そんなことを思っているが、今は癒しを届けなければいけない。いつも贔屓にしてくれている二人のために。蒼にも水精なりの意地がある。客がいる限り、しっかりと歌を奏でる。
――終わったら、喉の薬を貰おう。
そんなことを思いつつ歌を奏で続ける。
時間が過ぎ、蒼は二人を店先まで送る。
「今日もありがとう」
「また来るから」
「いつでもどうぞ」
「たまには、うちの店にも来てよ~」
「お店って呉服だっけ?」
「そうだよ」
「なにか良いのが入ったら、蒼に送るよ」
「うわ~嬉しい! 暇な日、見つけて貰いに行くね~」
手を振り、2人を見送る。すると、結が出てきた。
「蒼、早く入りな。体冷やすと歌えなくなるよ」結が声を掛けても、蒼は返事をしない。
「蒼?」
すると、蒼が息を荒くしている。
「蒼、どうしたの? 蒼?」
「く、苦しい……」
「蒼!?」
体制を崩し、その場に倒れこんでしまった。結は、蒼のこと揺するが蒼は息を荒くして苦しそうにしている。
「蒼、蒼!! 寿さん!!」
店の中へ助けを呼びに行く。蒼の水晶が、少し濁りだした。
続く
第十三話
ここまで来てなんなんですが、タイトル考えるのが、大変です。




