崩れ始めた歌
十六歳になる年になった。
寒い冬が続く中、僕の声は少し異常が出ていた。けれど、すぐに治ると思って放っておいていた。
――いつも、居てくれるわけじゃない。
分かっている。けれど、居てくれる今だけでもいい。
どうか、側で笑っていて――
いつものように歌っていた蒼。客を見送り、創の部屋に転がり込んでいた。
「蒼くんもいるなんて、なんか贅沢だな~」
「僕もチエさんのために歌えるなんて、贅沢だな~」
「もう、蒼くんったら!」
「楽しそうでなによりだ、ありがとう」
「失礼します」
裏方の者がお茶を創に渡し、襖を閉める。創は、客のチエにお茶を出すと、チエの隣に座った。チエは一口お茶を飲むと、一度息を吐く。
「美味しい……」
「大丈夫か?」
「うん……」
創は、チエの手を取ると、優しく握りしめる。蒼は、創のその行動を見て首を傾げている。
「創くん、お客さまに触れちゃいけないって、言われてるよね?」
「あぁ。でも、それはなにか問題が起きるかもしれないからだ。自分のことに責任持てるなら、別に大丈夫だ」
「ふ~ん、そっか」
手を握られているチエの表情は、とても穏やかで先ほどの作り笑いとは思えない表情になっている。その表情を見て、蒼は納得した様子だった。
彼らの仕事は人に癒しを与えること。そして痛みや悲しみを取り除くことでもあった。
「チエさん、今日は蒼の声もある。存分に泣くといい……私たちはチエさんの心を洗い流すから」
「……うん」
創に握られている手を、ギュッと強く握り返すチエ。
「蒼、私の歌に合わせろ」
「分かった」
創は息を吸い、歌を奏で始める。蒼は創の歌を体に取り込むように聞く。そして、創の歌に溶け込ませるように、蒼も歌を奏でる。
――流してしまえ 雲のように
ゆっくりでいい 考えなくていい
流れに身を任せて 今は考えなくていい――
創の手の甲に一滴の雫が落ちる。
チエの目から涙があふれ出してくる。心に、体に、歌が染み込んでくる。
「やっぱり、創くんの声はいいね」
涙があふれるのを拭うことなく、ただ流し続ける。心地よく奏でてくれる二人の歌。
「明日もがんばれそう……」
涙が止まると、スッキリした表情で笑う。
「またその笑顔が見られて嬉しいよ」
「創くんのおかげ」
「僕は~?」
「蒼くんも、ありがとう」
「笑顔、可愛い」
「ありがとう」
「食事を出そう、何がいい?」
「いつもの。温かい、あのお汁もお願い」
「分かった」
創が部屋から出ると、裏方の者を探す。
「チエさん、もう大丈夫?」
「うん。あと一つ歌ってもらったら、帰れる」
「あと一つ?」
「うん。私と創くんだけの……だから、蒼くんには秘密」
「えぇ~」
蒼はお道化たように笑う。しかし、蒼も分かっている。蒼もよく来る客との間だけのための歌を歌っている。だから、よく分かっている。特別なものを双方に抱えているだけで、二人の信頼は固く結ばれる。だから、蒼も同じように特別な歌を歌う。
「少し待ってくれ、汗かきながら作ってくれてる」
「分かってるよ」
創は再び、チエの横に座る。
蒼は目を閉じ、二人の空気を感じ取る。穏やかに流れる空気、とても心地がいいと……
――僕が癒されちゃ、ダメじゃん。
こっそり笑うと、創のことを見る。
「創くん」
「ん?」
「僕、出るね」
「あぁ」
「蒼くん、ありがとう」
「どういたしまして」
蒼は一度、しっかりと頭を下げると、部屋を出ていく。
「創くんの歌はやっぱりいいな~」
階段を下りていくと、少し足元がふらついた。壁に手を掛け、体を壁に預けるようにする。
「あれ……」
「蒼?」
「結……」
料理が乗ったお盆を持った結が階段を上がってきていた。慌てて、蒼に駆け寄るが、お盆が邪魔で手が出せない。
「どうしたの?」
「足が痺れちゃったみたい」
「そう、寒いしね」
「うん」
「部屋で休んできな。お客様来たら、呼ぶから」
「分かった」
「温かくするんだよ」
「はーい」
蒼は先ほどのふらつきが無くなったことに少し疑問を持っていたが、気のせいだと言い聞かせ、一階の休憩室へと入っていった。
続く
第十一話
こんなお店があったら、自分も行きたい




