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水精【蒼ノ章】  作者: 山芋娘
12/28

 晴れ渡る空の下。

 歌癒屋―福屋―の庭にムラサキが裸足で出てきた。

「八重、八重の弾きたいように弾いて。ムラサキは合わせるから」

「分かった」

 八重の三味線が、奏で始めた。ムラサキは、空を見上げ大きく息を吸う。


――思いが、無くなる。

それは悲しく美しく、なにものにも変わらない

空よ、水よ、炎よ、風よ、大地よ

お願い、この思いを乗せて、届けて――


 その美しい声は、どこまでも届くようなものだった。歌が奏でられている。すると、空に雲が立ち込めてきた。

「あ、め……」

 国中に雨が降り始めた。ムラサキの歌により、雨が降る。

「凄い、綺麗……」

 蒼は、縁側から、空を見上げる。そして、ムラサキを見つめる。

「蒼、この声……」

「結」

 結がお茶の入った急須と湯呑をお盆に乗せてやってきた。その後ろには創がいる。

「こっち」

 手招きをする蒼。創は結からお盆を奪うと、蒼の方へ押し出す。結は蒼の方へ歩いていき、蒼の隣に腰を掛ける。空からは光り輝く、雨が降り続く。

「綺麗……」

 シキはその言葉を聞き、嬉しそうに笑う。視線を楽しそうに歌うムラサキに戻す。

 八重の三味線だけでなく、他の部屋から様々な楽器の音が聞こえてくる。八重の他にも楽器を弾くものはいるが、この音は福屋だけのものではない。他の店からも微かだが、聞こえてくる。

「水精は共鳴するみたいだな」

 八重の演奏を見ていると、とても心地よさそうに三味線を弾いている。ムラサキはというと、空から降る雨に向かって手を伸ばしている。

 「相変わらず、いい歌を歌うやつだな……」と小さく呟くと、創がシキに視線をやる。

 その視線に気づいたシキが、創のそばに来る。創は老人にお茶を出し、横に座っていた。

「お前も、やろうと思えばできるだろ?」

「分からない」

「この方も純粋な方ですか?」

「あぁ」

「私は純粋と言っても、生まれた時から雨を降らせるために歌ってきたムラサキとは違う」

 創は、ムラサキの方へ目をやる。

「私は、生まれも育ちも水蓮の国だから」

「そうですか……まさか純粋の方がこの国で生まれていたとは」

 お茶を啜りながら、老人が笑う。

 「純粋で生まれても……」と、老人には聞き取れないくらい小さな声で、創が呟く。しかし、シキの耳には聞こえてきている。

「……ムラサキ様にまたお願いするとは、思いませんでした」

「俺も、またアンタに会うとは思わなかった」

 ムラサキがゆっくりと小さい息を吐く。

 雨がゆっくりと止み始める。

「拭くものを持ってくる」

「悪いな」

「いや」

 創が、部屋を出ていく。

「シキ様」

「なんだ」

「またお頼みすることがあるかと思いますので、その時はよろしくお願いします」

「俺に言わないでくれ。決めるのはムラサキだから」

 頭を深々と下げる老人を見ずに、答える。ムラサキが笑いながら、庭から帰ってくる。

「ムラサキちゃん、お風呂行こう! 今から沸かしてくるから、ちょっと待ってて」

「ありがとう」

 結が縁側から、去っていく。

「ムラサキ様」

「嶺くんも喜ぶかな?」

「もちろんでございます。では、私はこれで失礼します」

 もう一度、頭を下げると部屋から出ていった。シキは見送るために、老人のあとをついていく。

「ムラサキ、凄いね」

「ん?」

 創の持ってきた手拭いを頭に乗せたまま、首を傾げる。

「なんで雨、降らせるの?」

「別に降らせてるわけじゃないよ」

「???」

「ムラサキは雨を降らせてるんじゃなくて、水を呼んでるんだよ」

「水を呼んでる?」

「うん。雨を降らせるために、雲を呼ぶんじゃなくて、この近くにある水がいっぱいあるところから、水を呼んで水を撒いてるだけだよ」

「???」

「???」

 蒼が首を傾げているのを見て、ムラサキも首を傾げる。

「バカ二人が話してる……」

 八重がいつの間にか、部屋の端の方で寝転び大きな欠伸をしている。

「雨と水って違うの?」

「違うと思ってるけど、何が違うかは分からない」

「ふ~ん」

「池の水も溜まったね」

「本当だ。鯉も楽しそうに泳いでる」

 先ほどまで雨が降っていた空は、晴れ渡っている。雲一つない青々とした空が広がる。


 それから、十六歳になる年の三月。僕の声は出なくなった。



続く


第十話

雨は憂鬱になることが多いですが、生きることに必要だと思えば、そんな憂鬱も吹っ飛ぶことでしょう

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