出会い
――枯れる前に、咲き誇れ。
歌い続けろ、声がある限り、永遠はないのだから。
枯れるまで、歌い続けろ。――
「綺麗な声……」
十四歳になる年の春。
城下町に一人の女の水精が、やってきた。着物は普通の人より高価なものだと、すぐに分かるくらい綺麗なもの。
ムラサキ。それが彼女の名前だった。
「ムラサキは、ムラサキだよ」
「ん?」
「他の何でもない。ムラサキはムラサキなの」
「僕も、僕だよ?」
「そうだね、蒼も蒼だよ。だから、歌うの」
福屋に挨拶に来た彼女は、四年前に国にひょっこりやってきた鬼との半妖のシキと一緒だった。
町にいる水精の中で誰よりも声が透き通っており、体に染み渡る声の持ち主だった。水精が聞いても、心を癒されるほどムラサキの声はどこまでも澄み渡るものだった。
「ムラサキは、歌えればいいの」
「???」
福屋の縁側。
二人は、仲良く座り話をしている。庭の池の水が、大分少なくなっている。
蒼は、ムラサキの特別な雰囲気を気に入っていた。自分では歌えない詩、出せない声、ムラサキの自由なところ……。すべてに憧れを持っていた。
「シキが好きな時に歌っていいって、言ってくれたから」
「僕も、そうしたいな」
蒼は、足をぶらりぶらりとさせている。その横でムラサキは、背筋を伸ばし正座をしている。
「そうすればいいじゃん」
「そうできないよ」
「なんで?」
「お仕事してるから」
「それ以外では、出来るよ」
「……それでも」
「歌癒屋が嫌なの?」
「そういうわけじゃないよ」
ムラサキは相手の心をくみ取るということは、あまりしないため……、否、出来ないため、思っていることをズバズバ言ってくる。
「じゃあなに?」
「……仕事は楽しいよ。でも、毎日歌うのがなんか……なんか」
「蒼は好きなように歌えばいいんだよ。いい歌なんだから」
「……」
「歌うのは好きにすればいい。でもね」
ムラサキは、蒼のことを見つめている。蒼もムラサキのことを見る。
「歌以外で好き勝手しちゃだめだよ。迷惑かけちゃダメ。ちゃんと誰かに聞いてから。お仕事なら……特に……」
ムラサキの表情が曇った。それをすぐに察した蒼が、首を傾げる。
「ムラサキ?」
「歌えるところがあるのはいいよ。ムラサキはずっと、誰かの許可を得ないと歌えなかったから」
空を見上げ、溜息を吐く。
「勝手に歌うと怒られちゃうから。怒られない蒼はいいな。いっぱい歌いな」
「うん!」
縁側で、笑う二人の水精。部屋にはシキが寝転び、大きな欠伸をしている。シキはどこか嬉しそうに二人の話を聞いていた。
すると、誰かがシキの背中に蹴りを入れてきた。振り返ると、三味線を抱えた八重が仁王立ちしていた。
「どうした、八重」
「ムラサキに客だ」
「ムラサキに?」
「あぁ」
すると、廊下から一人の老人が入ってきた。シキは、体を起こし男と向かい合う。ムラサキもいつの間にか、シキの隣に座っていた。男は、ムラサキの前に座ると深々と頭を下げた。
「お久しぶりでございます」
「どうしたの? おじいちゃん」
「ムラサキ様にお願い事がございまして……」
八重は、蒼の隣に腰をかける。
「今、ムラサキ様って言った」
「そうだな」
「ムラサキって何者なんだろう。あのおじいさんは誰?」
「俺が出た時に、城の使いって言ってた」
「城って、お城?」
「なんじゃねーの」
八重はあまり興味を持っていないのか、三味線の調律をしている。蒼は興味津々にシキたちの方を見ている。
「ムラサキ、お城から来たのかな?」
「……」
「そういえば、シキさんはどこから来たんだろう……」
「……」
「ねぇ、ねぇ~八重くん!」
「うるせー!!」
静かに調律していた八重が、蒼の頭を思い切り強く殴る。
「い、たい……」
「静かにしてろ。話の邪魔になるだろ」
蒼は、ふくれっ面になる。だが、八重はそんな蒼のことは気にせず、再び調律を始める。
「咲かずとも……」
「あ!」
「しまった……」
「八重くん。今、歌った?」
「歌ってない」
「歌った!」
「歌ってない……」
八重は、蒼に背を向けるが、蒼が八重の着物を引っ張り、邪魔をする。
「あーあーあー、俺は歌ってない。歌わない」
「え~。歌って~、八重くんの歌聞きたい~」
「嫌だ!!」
そんな攻防戦をしていると、ムラサキがいつの間にか後ろに立っていた。
「八重、弾いて」
「え、今から?」
「うん」
「俺の演奏でいいの?」
「八重のがいい」
「分かった……」
すると、ムラサキが裸足のまま庭に出た。シキは、蒼の後ろに立っている。ムラサキを訪ねてきた老人は、先ほどと同じ場所に座ったまま。
「いい空気」
大きく息を吸い、空に向かって歌いだす。
続く
第九話
やりたいなら、やればいいじゃん。けれど、それは本当に出来るか分からない




