歌と仕事
十二歳になる年の春、蒼は客を取った。
初めは創や他の水精のあとについていたが、1人でも相手が出来るようになったため、今では一人で接客をしている。
歌癒屋の客間は、特殊な障子や襖を用いており、防音機能が働いている。水精の歌を邪魔しないようにするためであった。
そして、水精はいつもと違う着物を着こむ。普段は動きやすい着物だが、営業中はとても派手な物を着ている。まるで女の花魁が着るような物であった。
今日は、一人の女性客を相手にしている蒼。一人で何人も相手することもあれば、一対一の時もある。女性客はどこか浮かない表情で、笑顔を浮かべている。
「蒼ちゃん、今日もいい歌聞かせてね」
「うん!」
蒼は何も聞かずに歌を奏で始める。
――咲いてしまった、その悲しみは すべて流してしまえばいい
別の花を咲かせるために 今は流して……――
蒼の歌声は、とても高いが聞いていても特に害を与えることはなかった。水精たちの仕事は、客の愚痴を聞く時もあればただひたすら歌うときもある。
「蒼ちゃんの歌は、本当に心に響くね……」
女性客は、涙を流している。蒼は、女性客に近寄り涙を拭いてやる。
「ありがとう、スッキリしたよ」
「またなにかあったら、来てね」
「うん」
「もう一つくらい、歌おうか?」
「お願い」
蒼は再び歌を奏で始める。女性客の表情は、とても明るくなっている。
「良かった」と、蒼は心の中で笑った。
歌癒屋に訪れる客は、毎回笑顔がない者や、笑顔があっても偽りの悲しげな笑みを浮べる者が多かった。蒼は、本当の笑顔を見せてくれる、この瞬間が見たくて歌を続ける。
客を取り始めてから、創や他の水精の手助けから、蒼の人気はとても大きなものになった。
蒼は、女性客を見送ると、控えの部屋に行かず再び二階の客間に向かうと、「お邪魔します!」と、大きな声を掛けながら、客の入っている部屋の襖を勢いよく開ける。
「あぁ? 何しに来た、蒼」
「お客さん帰っちゃったから、遊びに来たよ」
「ばか、俺の客だ。違うところにいけ」
「えぇ~」
八重。
少し口は悪いが、客からの人気はある程度ある水精。水精としては珍しい歌を歌わないものである。
「下手くそだから、歌わない」と、言って三味線を弾き、客に聞かせている。
歌での癒しだけでなく、このように楽器での癒しも楽しめるようにしている。 八重は三味線だけしか、弾けないが他の歌癒屋の店主のところで、琴も習っている。八重の客は、少々困惑した顔でいる。
「蒼、勝手に入るな」
腕を掴まれ、部屋から出されてしまう。
「すまない、八重」
「いや、わりぃな」
「私は構わない。失礼しました、ごゆっくりどうぞ」
「は、はい……」
襖を閉めると、客の向かいに座る八重。
「悪い、アイツ気分屋だから」
「大丈夫だよ。かわいい子だね」
「俺には生意気な奴にしか、思えねーけどな」
右手で頭を掻きながら、左手で三味線を持つ。
「そんなこと言ってるけど、可愛いんでしょう。八重さん?」
「そんなことねーよ。三味線弾かないぞ」
「ごめんなさい。三味線、お願いします」
客は両の手を合わせ笑う。すると、八重も「フッ」と笑うと、三味線を奏で始める。
創は蒼の腕を掴んだまま、別の部屋へ一緒に蒼を連れていく。
「創くんと歌えるの?」
「あぁ、ちゃんとしろよ」
「は~い」
気分屋で勝手に部屋に入り込んだりする蒼に、店の者は手を焼いていた。しかし、それがまた客からは可愛いと言われている。店の者は、粗相がないように気を配っている。
「創くんと、歌えるの楽しみ」
「蒼、歌をしっかり歌えるのはいい。けれど、勝手に部屋に入るな」
「えぇ~」
「心を開いた水精にだけしか、会いたくないって人もいる」
「……」
「お前だって、分かるだろう」
「うん」
「なら、好き勝手するもの、限度を考えろ」
創は、蒼の態度を気にしていた。営業時間だというのに、いきなり店からいなくなった日があったからだ。あの日以来、気分が乗らないと歌いたくないと、駄々をこね出した。
「蒼。客を取ったのなら、しっかりと客と向き合え。いいな」
「……分かった」
創は頭を撫でてやる。
続く
第八話
仕事はやりたいことがいい。それが出来たらまた別の欲が出る




