万年堂の子供達
「万年堂の奥に扉があるの知ってる?
その扉はね。いろんな世界に通じてるんだって」
知らないはずが無い。
俺達が小学生の時流行った嘘。
いわゆる都市伝説ってヤツだ。
「恵子はオキラクだね。高校生にもなってそんな夢物語を信じているの?」
胸のポッケからタバコを一本取り出す。
「夢があるっていい事だとおもうんだけどなぁ」
少女はぴょんと縁石、あの道に沿って盛り上がったコンクリートの上に飛び乗った。
「達彦君は夢が無いの。だからタバコなんかに逃げちゃうんだよ。」
耳が痛いなぁ。的を突いている。
自嘲気味にクスリと笑って、火を付ける。
吐き出した煙は、冬のこの街に溶けていく。
俺もこの煙みたいに、街の一部になっていくんだろう。
「駄菓子屋の奥にひっそりとある真っ黒い扉。
まぁ刺激に飢えてるヤツには格好の餌だわな。」
特に未だ世界には不思議が溢れている。とか考えちゃうお子様には。
「ねぇ?確かめに行こうよ。
あたし達がまだ子供だってことを」
噂では、扉は子供しかくぐる事ができず、中は自分の夢や願望が叶う世界があるらしい。
俺は来年から社会人になる。
果たしてくぐる権利があるのだろうか?
ちょうどバスが来て、恵子は俺の声を無視して飛び乗ってしまう。
ため息を吐いて、タバコを地面でもみ消す。
恵子は人もまばらなバスの最後尾に陣取り、外を眺めていた。
「そんなに急いで、どんな世界に行きたいんだ?」
「達彦君が私と一緒に大学に行く世界」
「あのなぁ・・・」
俺だって好きで社会人になる訳じゃない。
ただ、仕方の無いことなのだ。
「解ってるよ!
でも、今の達彦君は無理してる感じがする
昔はもっと笑ってたもん」
それっきり会話は途絶えてしまった。
万年堂前〜万年堂前。
間延びしたアナウンスが流れ、子供達は降りる。
プシューというドアが閉まる音がして、大人を乗せたままバスは進む。
思えば、子供で無くなってしまったのはいつだったのか。
彼女はあの黒いドアをくぐる事ができるのだろうか。
大学生の俺と出会えるのだろうか。
実は俺は、一度あの扉を開けた事がある。
中に何があったのかは忘れてしまったが、ひどく興奮したのを覚えている。
俺がまだ僕だった時に流した噂。
それが広がって、大きくなって、一人歩きを始めた。
そんな事を思い出した。
「すいません。降ります。」
停留所の近くにあったゴミ箱にタバコを投げ捨てて、僕は走り出した。
すぐにわき腹が痛くなり、息は上がり始める。
それでも、心は子供のように軽やかで、無邪気に弾んでいた。
空だって飛べそうな速さで、時間は進んでいく。
これからも大人にならなきゃいけない時はあるだろう。
そんな時は万年堂へ行こう。
そこだけでは、僕は子供なんだ。
今なら、なんでもできる。
先日、帰省ついでにモデルとなった駄菓子屋へ行きました。
おばちゃんが僕の顔を覚えていてくれたのにビックリ。
ラムネを飲みながら世間話をすると、ついこないだラムネをケースごと持ち去った子供がいるそうです。
いつの時代も悪ガキってのはいるものですね。
さて、万年堂の話は続き、というか連載を書く気があります。見かけたら愚息でありますが見てあげてください。こちらはコメディにするつもりです。