脇役主人公の兄君
「えっ・・・」
兄様、と。その敬称に驚いたのだろう。となりでおもわず、といった声がする。
何か返さなくては、と開きかけた唇を人差し指でふさがれる。
「リーア殿、だったよね?」
「……は、はいっ」
「聞きたいことはたくさんあると思うけど、とりあえず今は、二人にしてくれないかな?
……兄妹ってことで、積もる話もあるからね。」
「……っ」
頭を下げたままのリーアには見えないだろう…計算された位置で交わった視線。
勘繰るように細められた瞳はレイカン家特有の美しい輝きをともしている。その奥に私は兄の言いたいことを見つけた気がする。
「しかし、仕事は…」
「大丈夫。副騎士団長の言葉なら、メイド長も何も言えないわ。」
食い下がるリーアにそう告げたのは私だった。多かれ少なかれ、こうなるとわかっていての城勤めだったのだ。逃げようなんて今更だ。
そこで初めて、リーアは顔を上げた。
「でも、サレンッ」
そこで、私は改めて思った。
ああなんてこの子はやさしいんだろう_______________
リーアはメイド長とか、そういうことが不安だったんじゃない。ほかでもない私を心配していたのだ。
いままでリーアが知らなかったこと。それだけで、並々ならぬ事情だと気づいたのだろう。
私は小さく微笑んだ。
「大丈夫だから。
……ありがとう。」
「……ッ」
「……行きましょう、兄様。」
「あぁ。」
呆然とこちらを見るリーアに踵を返し、私は兄に差し伸べられた手を取った。
ローウェン・レイカン。
その名前は私に最も近く、そして遠かった。
レイカン伯爵家は名門中の名門。伯爵号ではあるが、実績では公爵クラスであるといわれる。その一家のものは全員が眉目秀麗、文武両道であり、ローウェンはその筆頭で、当代の長男。対して私は優秀一家の中で平凡に生まれてしまった落ちこぼれ。兄弟姉妹にはさんざん蔑まれてきた。
こんな兄妹。されど一つだけ大きな共通点があった。それは、当代の正妻の子であること。十数人いる兄弟の中でそれは二人だけだった。だがそれでも、ローウェンがいるからと私は軽視されていた。それでよかったはずだったんだ。だって私は当主になんてこれっぽっちもなりたくなかったんだから。
しかし。
きっかけは何だったのか、私にはわからない。ただ、ローウェンは当代のしでかした「何か」に激怒し、家を継ぐ気はないと出て行ってしまったのだ。
……そして、わたしにとっては非常にまずいこととなった。
いくら優秀一家とはいえ、このご時世、何よりも重要視されるのは「血」である。そう、たとえ落ちこぼれの私でも、正当な血統の正妻から生まれた以上、伯爵継承権は私にあった。
そして……兄弟たちは、私を殺そうと躍起になったのだ。
そんな家が嫌になった。面倒だった。そんなことに巻き込まないでほしかった、というのが本音だ。今更今までの待遇を一変されても誰も信用できないしいっそ家を出ようと。そう思った。
だから私は最後の情けと父から融通を聞かせてもらい、城勤めの下級メイドとなって家とは完全に縁を切ったのだ。
そう、今ここに私がいるのは目の前の兄のせいであり、おかげでもあるのだ。
とはいっても、私は今日初めてローウェン兄様と言葉を交わした気がする。多分気のせいじゃないと思う。
今更何の用だろうと、整った顔をを睨みつける。
そして、彼の口からこぼれた言葉は____________
「すまなかった。」
予想だにしない一言だった。