脇役主人公の憂鬱
「まさか…今日もってことは、ない、はず……」
いつもの場所が近づくうち、だんだん不安になる自分に言い聞かせ、恐る恐る草陰から前に彼がいた場所を見る。
……いない。まぁそれはそうか。騎士団長とあろう人が早々来るはずがないし。
「……よかった。」
ほっと、一言漏らした。その時、
「何が良かったんだ?」
「う、わぁぁぁぁああああああ!」
ゾゾっと、背筋を寒気が走った。耳元に生暖かい吐息がかかったからだ。
はいイケボですねいただきました。
「……うるさいなぁ」
「すみませっ……じゃないです!なんでいるんですかッ」
そこにいたのは恐れていた騎士団長様。ほんとなんで背後にいるんだ。
「いや、俺の名前を知らない無礼なメイドの名字を聞いていなかったと思って」
「その節は申し訳ありませんでしたけど……っていうか仕事は!?」
「昼休みだ」
なんで騎士様方とメイドの昼休みが被るんだこの野郎、スケジュールを考えているのは誰だか知らないが心の中でとりあえず目の前の騎士団長を殴っておく。
「それはそうと、お前、あの日から全然ここに来ないから待ちくたびれたんだぞ毎日待っていたのに」
「どんだけ暇なんですか騎士団長様。」
「……長いな。俺はきちんと名を名乗ったはずだが?」
え、なんでそんな目で見られなきゃいけないの私。
いやいやダメでしょ王国の騎士団長を名前呼びとかいろいろ死亡フラグなんですけど。
「……アイル様は、自分が女の方からキャーキャー言われてるの知らないんですか?」
「まぁな。騎士団長ともなれば仕方ないとは思うが……何だお前、嫉妬でも気にしているのか?」
「は、」
え、ちょ、なんかすんなり認められてしまったんですけど。
「いやまぁ、そうですけど、」
「なら問題ないな。呼べ」
「はぁ?」
もうやだ。言語通じない。何が問題ないんだ。
「……」
「……ッ」
無言の威圧を受けて、冷や汗が頬を伝った。
ああもうわかりましたよ私が譲歩しますよ!
「……わかりました。ですがアイル様、二人きりの時だけですよ?」
はぁ、とため息交じりにうつむくと、どこか照れたような口調が上から降ってきた。
「……お前それ、無自覚なわけ?」
「は?」
もうよくわかんないや。騎士団長は宇宙人らしいので言葉を交わそうとするのはあきらめた方がいいかもしれない。
「天然タラシか」
「知らねーですよもう…あ、」
危ない危ない。敬語が抜けそうになってしまった。さすがにそれは失礼すぎることだからいけないいけない。
「それもいらないな。…まぁいいか。
それはそうと、俺が名乗ったのにいつまでもお前は自分の名字を言わないつもりか?」
「なんでそんなに気にしてるんですか…」
おお・・・悪寒が。まさか敬語までやめろと言われるとは、それはさすがに無理難題だ。自重してもらえて本当に助かる。
それはそうと、なんでこの人は知らないんだ?
「……あなたこそ、私の名字を知らないんですか。」
「…そんなに有名人なのか?」
「いや、何でもないです。
私は、サレン・アノルバーです。」
「……やはりな」
ああ、やっぱり知ってるじゃないか。
「久しぶりだな、サレン嬢」
「会ったことありましたっけ」
「宰相の誕生パーティでな。お前は壁の花だったが」
「なるほど」
私は観念して、背筋を伸ばしてアイル様を見据える。
「どうも。伯爵家の出来損ないです。どうぞよろしくお願いします」
自嘲気味に笑って見せれば、彼方もおかしそうに笑った。
「自分で言うのか……そういうほどでもないくせに」
「伯爵家では過去最低の人材だそうなので。まぁもうすでに私はあの家のものではありませんがね。」
「ははっ、それは失礼。
さて、謎が解けたところでサレン殿に朗報だ。
……兄貴が呼んでいるぞ、」
「……え、」
不快感を隠せなかったのは仕方がないだろう。
兄。そう呼べる人はたくさんいる。ただその中で騎士団長と大きく関係があるのは一人しかいないわけで。
しかもその兄は、蔑まれた思い出こそないわけだが、関わっていい思い出がなかった。
そんな私の顔を見て、アイル様は複雑そうな顔で、しかしおもしろそうに笑っていた。
……どうでもいいけど楽しまないでほしい。
これからのことを考えてイライラする気持ちを心の中で八つ当たりして、本日何回目かわからない溜め息を私は漏らすのだった。