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奇談稿  作者: 道後瓜破
1/1

市松人形 1

また朝が来る。

今日はもう来ないだろうと思っていたのに。

なぜ自分はまだ生かされているんだろう。

夜が来る度狭い部屋の角を見上げて、何もないその空間に何かを見つけようと目を凝らしても、今となっては嫌な思い出ばかりが視界を行き交う。

視界の端で雑に掛けられている安っぽい掛け時計が、淡々と音を刻んでいる。

こんな不精な姿を君が見たらどう思うだろうか。

ざまあみろ、無様に腐っていけ。そう思うだろうか。

もういいのよ、と優しく笑ってくれるだろうか。

そんなことを問いかけられる相手は、まだいるのだろうか。



編集部に突然の客人が訪ねて来たのは月曜日の夕暮れだった。滅多に部外者の訪れる事のない煙草臭いこの部屋に、似つかわしくない清楚な御仁だった。

大事そうにボストンバッグを抱え、ノックもせずに戸を開くと


「高岡洋一さんはいらっしゃいますか」


と清楚な客人は声も絶え絶えに言った。

突然現れた客人の口から自分の名前が出たので、咄嗟に怪訝な表情を浮かべてしまった。


「高岡は私ですが」


「高岡さん・・・」


「失礼ですがあなたは?」


客人はふう、と息を整え汗をぬぐった。

編集部には自分の他に編集長、取材班の立嶋、それにバイトの大学生である甲佐君がいたが、皆の視線が彼女に集まっていた。


「椎名と申します、突然すみません。ちょっと困った事がありまして、知り合いから高岡さんを訪ねるように言われたのですが。」


清楚な客人は汗を浮かべながらも、この残暑には相応しくない出で立ちだ。

随分と重ね着をしているようだ、暑くない筈はない。奇妙だというよりも、異常にも思える。

それに自分を名指しで訪ねてくるということは、きっとあの類の相談に違いない。

どこから聞きつけたのか毎度毎度彼らは決まって妙なものばかりを自分に押しつけに来る。


「困った事というのは?」


「これを見て頂きたいのですが・・・」


清楚な客人は抱えていたボストンバッグを床に置き、ファスナを開けた。

途端、井草の腐ったような、何とも言えない不快な臭いが漏れ出す。


「今度は何なんスか~?こないだのアレ、河童のなんとかっていう冗談みたいなヤツの友達スか?」


「黙ってろ甲佐」


鼻をつまみながら興味津々で覗き込んでくるバイト君を押しやり、バッグの中身を慎重に取り出す。


「市松・・・人形?」


取り出されたのは、赤い着物を纏った市松人形だった。

手に取ってみて直ぐにある異変に気がついた。

これまで様々な人形を見てきたが、こんなものは記憶に無い。


高岡洋一という人間は怪異収集家として近年アンダーグラウンドな世界で取り上げられている所謂オカルトオタクであるが、その実、出版社のお荷物オカルト系雑誌で取材班や一般投稿による記事を編集し、ごく稀に持ち込まれる奇妙な物を自社の備品室に保管しているだけだ。保管と言ってしまえば聞こえはいいが、適当にお祓いをしてもらってぶちこんでいるだけというのが実際のところだ。

元より怪異だとかオカルトなんぞに興味はなかった。出版社に入ったのもスポーツ雑誌の製作に携わりたかったからであって、決してこんな眉唾世界に傾倒したかったからではない。

ただ実際に奇妙ことを何度か経験したことがある。先日河童の木乃伊が持ち込まれた時や、蟷螂地蔵の調査に

立嶋と赴いた時には常識では計れぬそれを体験した。

初心とは裏腹、居酒屋での話のネタには困らないが。


そういった中で市松人形という対象にも何度か邂逅した。

やれ夜中に髪が伸びるだの、表情が変わるだの。

見てくれは皆可愛らしいものだ。子供たちが遊ぶ着せ替え人形と何ら変わらないじゃないか。


「なんか気味悪いスね、それ。」


その市松人形は下腹部が異常に突出していた。妊婦のそれを思わせるものだ。

着物の下にタオルでも挟み込んでいるのだろうか。そもそも意図が分からない。

何が、とは言えないが、眩暈に似たような不快な気分がする。


「どうしてこれを?」


椎名と名乗る客人は言葉を選びながら事の経緯を話しはじめた。


「元々家にあったんでしょうか、私・・・実は妊娠しているんです。今ちょうど5か月になるんですが、妊娠したのが分かった頃と同じ時期でしょうか。押入れから見つかったんです。」


「見つけた時にはこのような状態で?」


「いえ・・・。その時には普通の人形でした。ですが徐々に、その、そうなっていって・・・。」


参ったな。不快感の原因が分かった。

悪質としか言いようがない、この女は一体何のつもりでこんなことを?

興味深そうにのぞき込んでいた立嶋と目が合い、開いてみろよ、と促された。


「着物を開いてみたことは?」


女は不安そうな表情で首を横に振った。

立嶋は遠目から、早くやれよとおどけてみせた。

やれやれ。


「それでは失礼」


着物の帯を解き、着物をはだけた。

すぐに人形の腹部が現れ、よくこんな気味の悪いものを作ったものだと感心した瞬間、人形の腹部が皮を裂いたような音と共に割れた。

椎名と名乗る女が膝から崩れ落ちたのは、それと同時だった。







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