『GLアイドル』外伝「彼女の理由」
どれだけの時間を、絶望の中で過ごしたと思う?
ベッドに入ったのは、昨日の夜の十一時頃。
それから寝付けずに、ぐるぐると頭の中を回る、怒りと悔しさと……到底言葉にできないぐらいのストレス。
興奮とうつ的な気持ちがまざっている。
目覚まし時計の針は、朝の四時頃をさしていた。
あたしの名前は、林理央。
この間まで、人気アイドルグループ『ラビッツ』のメンバーとして、華やかに芸能活動をしてきた。
異変が起きたのは、メンバーの不純異性交遊、ようするにスキャンダルが発覚してからだ。
最初にバレた子は、泣きながらあたしたちに謝ってきた。
『ごめん……ごめんね。ずっと、かっこいいなって思ってた人だったから。雲の上の人だと思ってたから。誘われて、夢みたいで、断ることなんか、考えられなかった』
涙をぽろぽろ流すあの子の気持ちが、わからない訳じゃなかった。
アイドルという職業の人間が、どれだけいい楽曲を出したって、いい演技をしたって、結局は、「疑似恋愛相手」としての需要があるから、人気を獲得できる。
あたしたちにお金を払ってくれるお客さんは、あたしたちが女の子として普通に幸せになることは許してくれない。
普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に、普通に……。
それを求めるなら、アイドルとしての価値を大きく下げる覚悟と、アイドルとは別のタレント性を身に付ける必要がある。「ママタレント」とかね。
二十代にもなれば、その道もありだろうけど、十代のあたしたちにとっては、スキャンダル発覚は死活問題だ。
そんなことは百も承知。
だけど。
あたしたちだって人間なんだ。
きれいな姿をグラビアで披露したって、お人形のようなスマイルを作ったって、心の中は、欲望も、葛藤も、苦悩も、嫌悪も抱えている。
めまぐるしい日々の中で、憧れていた人に、誘われたら。
一生に一度のチャンスかもって思ったら。
あたしは、週刊誌に撮られてしまった彼女のことを、ひとごとと切り離す気持ちにはなれないし、自分にだって、起きない話じゃないと思ってる。
けど、わかってるけど。
いくらなんでも、立て続けのスキャンダル発覚は、悪い夢であってほしかった。
最初の彼女の発覚からそう日も経たないうちに、二人目、三人目とメンバーが次々にすっぱ抜かれた。
『ラビッツ』の人気の急落ぶりは、笑うしかないほどだった。
もちろん、事務所の大人たちは、笑って済ませてはくれなかったけど。
結局、堪忍袋の緒が切れた事務所が下した決断は、『ラビッツ』の代わりとなるアイドルグループを結成して推すことだった。
それも、スキャンダルとは無縁の仕組みを織り込んだグループ。
冗談じゃなかった。
あたしたちが、地道に努力して頑張って積み上げてきたことが、こんなにもあっさりと崩れ落ちるなんて。
人間の心は、なんて虚しいものなんだろう。
好きって言ってたのに、応援するって言ってたのに……あたしたちが普通の女の子の幸せを掴んだら、てのひらを返す。
言いたいことはわかるよ。
普通の幸せを掴みたいなら、普通の女の子に戻りなってさ。
華やかに見える世界で、普通以上に稼ぎたいなら、「普通」は我慢しろって言うんでしょ。
たぶんあたしは、まだこの世界に未練がある。
だから、今のところはスキャンダルを起こしていないのだろうと思う。
だからこそ、まだ諦められない。
だからこそ、結成される新グループのことを聞いたとき、本気でムカついたんだ。
人気が上がっていった時には持ち上げて、人気が落ちれば用済みとばかりに捨てる。
大人たちも、ファンとかいう輩たちも、新グループとやらも、何もかも、許せない。
疲れているのに、いっこうに睡魔が訪れないあたしの脳内は、真っ暗闇で衝動的で、怒りの炎が燃えさかっていた。
カーテンを開けると、夜の刻はすっかり過ぎていた。
「このまま、終わったりしない……」
怒気を帯びた一言を、白む空に向かって吐いた。