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飛べない鳥の唄  作者: ぴーくおっど
28/30

圧倒と、孤独と、新しい二人と。

 何回、何十回、薙ぎ倒されたか、地面に転がされたか、分からなかった。


 ……黒い、麒麟。

 ヨシュアの力は、おれの想像の斜め上、遥か上空をシューマッハより速く飛んで行った。


 圧倒的、というより、あまりに絶望的な力の差が、あった。

 

 ……先手必勝、先に相手に細かいダメージを幾つも与え、その後は素早さで時間を稼ごうとしたおれは、戦闘開始と同時に白虎の脚力で一気に間を詰め、拳底の光を喰らわせようとした。


 が。

 その瞬間、右足と左の肩甲骨と左の脇腹、側頭部に、同時に貫かれた様な衝撃を受け、おれはその場で串刺しになったかの様に崩れ落ちた。

 ヨシュアは、両腕を優雅に振るいながら、漆黒の羽根を周囲に舞わせていた。

 そして、腕を振るうと、羽根から黒いオーラが放たれ、再度おれの全身を貫いた。

 

 時雨の、力。

 それの、何倍も上の、力。羽根を飛ばし、更に羽根の先からオーラをレーザーの様に飛ばし、攻撃して来る。

 そう気づいた時、その攻撃に気を取られ過ぎて、足元にカゲが伸びてきている事に、おれは気づいていなかった。


 影縛り。

 今度は、完全に動きを封じられた。

 これは、ジュンさんの兄さんの……!

 またしても、おれの対応は遅かった。


― ドッ!


 カゲの槍が、おれの腹部を深々と貫き、身体を宙に舞わせた。

 更に、ふわりと周辺を舞う触手が、宙に浮いた身体を、しとどに打ちつけてくる。そして、羽根の乱舞に貫かれる。

 それらが終わった後、為す術もなく、講じる策もなく、おれは漆黒の地面に叩きつけられていた。


 しかし、おれは麒麟の光で傷を回復させ、再び立ち上がっては突撃を繰り返した。

 そう、繰り返した。

 幾度となく立ちあがっては、同じように完膚なきまでに叩きのめされる。

 まるで、動画の繰り返し再生を見ているかのようだった。

 それでも、数回に一度、ヨシュアの懐に入れたが、こちらの攻撃が入ったかと思った矢先に、ヨシュアの全身を覆っていた強靭なカゲの結界が、おれの攻撃を弾いていた。そして、倍返しでは済まない、カウンターを受けた。何度も、幾度も。


 その間に、玄武甲は砕かれ、朱雀の羽根は千切られ、青龍の鱗は焼けただれ、白虎の脚はふらついて、立つ事もままならなくなった。

 数えきれないほど立ちあがっても尚、何も出来ない無力さが、次第におれの気力を削いで行き、立ち上がるのが……しんどく、なってきた。

 わりぃ、シュート……厳しい、かも、だ……。


― モウ、イイジャナイカ……

 十字路にいた、カゲの声が、再び頭をよぎった。


「どうした? 僕と同じ麒麟をもつ少年、せめてもう少し、歯ごたえを見せてほしかったな?」と、まるっきり余裕で両手を広げた構えで、ヨシュアはおれを挑発したが、おれはせき込んで両膝を突き、動けない。


「紛い物の日向とおなじだよ、それでは?」

「シュート馬鹿にすんじゃねぇよ」


 咄嗟に反論した。

 はは。こんな状態で、おれ。

 でも、そうだった、な。アイツは、今頃、狭間の世界で死に物狂いで戦っている。

 おれの、最高の親友。


 ……そう、だ。

 あいつは、いつだって、諦めなかった。どんなピンチも、捉え方一つでチャンスにしてきた。おれとの約束だって、ただの一度も破ろうとしなかった。だから。

 ヨシュアがしなる様な動きで飛び蹴りを浴びせ、おれは更に地面を転がる。


 だから。だか、ら、さ。


― あいつが、待って、いるんだ。


「あああああ゛あ゛あ゛っっ!」叫び、おらび、立ち上がろうと足掻く。

 頼むよ。おれの身体。もう少しだけ。父さんと、母さんから貰って、おれが鍛えて、カイさんに治された、おれの脚。

 そして、みんなに生かしてもらった、この身体。

 頼む。

 もう少しだけ、付き合って、くれ。


― シュォォォ……!


 おれの願いに呼応するように、麒麟が、再びおれの身体を、纏う。


「わからないな」

 ヨシュアが立ちあがったおれを見下ろし、言った。

「君は、なぜ立ち上がる? そこまでして、何を守りたい? そこまでして守ったものは、君に何も与えやしない。むしろ、君は現実に帰れば、日向の七光を失った、ただの影だ。誰からも歓迎されないし、見向きもされない。それなのに、君は……」

 心底、不思議がっている声に、聞こえた。

「もう少し自分を大事にした方が、良いんじゃないか?」


 見下すと言うより、むしろ、気の毒がっているようだった。哀れな死者への手向けの様な。


「……大切に、してるさ」

 麒麟の力がおれの身体を、僅かだが徐々に、回復させていく。

「だから、自分の大切な物、守りたいだけだ。おれと、あんたは、考えが違うだけだ。あんたはもう、この世界に何の期待もしていない。おれは、まだしている。おれが生きるのは、今の、この世界しかない。それだけだ」

「君は……」

 ヨシュアが一瞬、言葉を失った。

「全く、僕と同じだ。そうだ。僕も、かつては君と同じだった。兄さんに憧れ、君の様に世界を愛し、期待していた」

 ヨシュアの手に、漆黒の刃が生えていく。紫色の、妖しい輝きを持つ刃が。


「……だが!」


 生成した刃で瞬時に斬りつけて来る、おれはそれを麒麟の光の拳で受け止める。チェーンソーのような音が辺りに響く。


「その想いも大学までだ。人が大人になり、持っていたエゴイズムを隠さなくなった時、己の可愛さがなによりも大切になって行くのを目の当たりにした時、僕は、悟った!」賢者にでも、なったか。


 上段切りを身体を逸らして避ける、途中で止まった刃が横払いをかける、後ろに飛びのいて避ける。


「たとえ誰かに期待しても、人は己を守る事で精一杯で、他人を想うことなど、到底できないのだとっ!」

「んなの、アンタの中の世界でだけだろっ!」


 麒麟の拳と刃が再度、ぶつかり合う。


 そして。

 おれは幻燈に吸い込まれていった。



  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



 教室。西日差し込む、放課後らしき、誰もいない教室に、男女が机の上に二人、並んで座り、話し合っている。


 俯き加減の女の子と、その子が肩を持たせかけている、肌のきれいな男の子。

「やっぱり、私じゃダメなんだよ……」

「そんなこと、ないよ」

「だって、ヨシヤさん、私が『好きです』って言っても、全然……」

「ダメ、かもね」

「え」女の子の顔が引きつる。「や、やっぱり……?」

「ミナミちゃんがそんな顔のままだったら、兄貴が会いに来た時、『悪いことしちまった』って思って、お互い気まずくて、結局、離れ離れになる。そうじゃない?」

「キ、キリシマ君……?」

「兄貴、慣れてないんだよ、女の子に」

 そう言うと少年は立ちあがり、女の子の真正面に立ち、肩に手を置いた。

「大丈夫。自分の気持ちに整理がついてないだけだから。待っててあげて。アイツ、必ず言いに来るから」

 そう言って、二カッと笑った。

「その時、ミナミちゃんがそんな顔だったら、アイツ戸惑っちゃうって」

「ど、どうすれば……」

「実は僕、好きな子が出来たんだ」

「え!? キリシマ君に?! 誰?! 誰?!」前かがみになる女の子。

「冗談。ブリティッシュジョーク」

 つんのめる女の子。慌てて支えた少年の胸を、ポカポカと叩く。

「ちょ、もー、やめてよこんな時にー!」

「その顔、だよ」

「え?」

「その笑顔。僕が知ってる、一番可愛いミナミちゃん。大丈夫。その顔してたら、兄貴なんかイチコロだから」そう言って笑った。

 女の子はしばし、少年の意図が摑めず、眼をはためかせていたが、やがてくすくすと笑いだした。

「あっはは、やだ、もう、キリシマ君てば。うふふ、でも、元気出ちゃった。そっか。そうだね。何も言われてないのに、あたしが一人で変な顔してたら、ヨシヤさん、見てくれないもんね」

 思い直したように机から身軽に飛び降りた女の子。にこっと笑うと、スカートをはたいた。

「ありがとう。いっつも、相談に乗ってくれて。あたし、本当、感謝してる!」

「良いんだよ。ミナミちゃんが笑顔じゃないと、僕も嫌だから。さ、行ってきな。今のミナミちゃんなら、きっと兄貴は笑顔で迎えてくれるから」

「うん、ありがとう!」


 そう言うと女の子は駆けだした、が、教室の出口で立ち止まると戻ってきて、男の子と握手をした。

「ありがとね! 本当に! 大好きだよ、キリシマ君! 行ってきます!」


 そう言って、今度は振り返らずに教室を出て行った。


 残された男の子は、女の子が完全に居なくなってから、握手された右手に、左手を重ねて、愛おしそうに撫でた。


「大好き……そう、好き。僕は、好きなんだよ……」

 眼を閉じ、慈しむように右手を包んで、その場に座り込んだ。

「でも、君の好き、は……」

 男の子は座り込んだまま、震えていた。



  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



 夜の歩道橋。

 高校生と思しき二人の男女がいる。

 少女は少年の胸で涙を零し、少年は少女の背中を擦っている。

 

「彼はね、彼は……やっぱり、別れたいって言うの、大会に、集中したいから、って……」

 少女はしゃくりあげながら、言葉を少年に、ぶつけるように話す。

「うん」

 少年はただ、聞いている。

「私、どうしたら……ずっと、ずっと好きなのに……」

「うん。マナミちゃんは悪くない。何も」

 途端に顔を上げる少女。

「そうでしょ?! なのに、どうして……どうして……」

「潮の満ち引き、と同じだよ」

「え?」

「僕らは、生き物だ。バイオリズム、という者を誰でも、持っている」

 少女は小首をかしげながら、少年の言葉を聞いている。

「人の心は遷りにけり、なんていうけど、今度のは違う。君とガイトは、心の奥底でしっかりと結びついてる。よくある赤い糸とかじゃない、もっと強いもので」

 少年は少女の肩を強く抱く。

「大切な試験や大会の前には、誰だってナーバスになる。だから、今はガイトがその時期に当たってるだけだよ。必ず、また君の所に戻ってくる。心配、要らないよ」


 少女はますます激しく泣く。

 が、先ほどの悲観の涙から、優しさに打たれた感動で、泣いている。

 それを見つめる少年の顔には、少女のモノより更に深い悲しみが刻み込まれている。それは決して表に出る事のない、深い、何処へも行けない悲しみだった。


  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 そうした場面を、数えきれないほど、おれは見た。

 どれも、女性が青年に愛についての相談をしている場面だった。あるいは、同性の友達からの、金の無心。

 青年は女性たちの心の傷を癒す為、寄り添い、相手の痛みを分け合い、心を尽くしていた。そして、幾らでもお金と協力を惜しまなかった。

 そして、最期には相手を立ち直らせ、ふさわしい相手の元へと去らせていた。


 ……だから青年は、常に独りだった。

 いつしか、希望をその眼に宿さなく、なって行った。

 

― モウ、イヤダァ……

 

  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 幻燈が終わった時、おれは現実に回帰していた。おれの拳とヨシュアの刃が弾き合って、互いに飛びのいたところだった。


「カゲの、共鳴、か」

 ヨシュアは低く呟いた。

「互いの心の闇に触れる……。知ってはいたが、身に起こった現象としては、初めてだ。改めて驚嘆するよ、新月マヒロ。カゲを超越した僕の攻撃をここまで受け、尚、耐えて向かってくる君の精神力が何処から来るのか。分からない」ため息をつくように言うと、自分の周囲に張り巡らせていたカゲの結界を緩めた。


「……新月君。君には無理だ。カゲ使いとしての力は超一流でも、人であり続けたいと願い限り、その闇を解放できない。いずれ、僕と同じく、人に期待する事に疲れ果てるだろう。だが、君は人を見捨てる事も出来ず、愛される事も出来ない。そして影法師からは敵として命を狙われる。君の理解者は何処にもいなくなる。永遠に光と影の狭間でもがき、自分を摩耗して行くだけだ」

「違う、アンタは、結論を急ぎすぎてるだけだ!」

「人は、君が思うほど万能ではない。一度や二度ならば、絶望、死に至る病に打ち勝つ事も可能だろう。だが、それが重なればどうだ? 君は、いずれ一人になった時に、それでも、と言い切れるか? 言いきれない。人は寂しさには勝てないからだ。寂しさは、人を簡単に闇に陥らせ、やがて死に至る。絶望への入り口だ。だから」

 ヨシュアは黒い麒麟の力を弱めた。

「そうなる前に、僕と共に来るんだ。僕ならば、君を救える。この力で」

 おれへむけ、ゆっくりと手招きをした。


 おれは。

「……違う、よ」

 

 モノトーンの世界の奇妙な塔は、おれ達の凄まじい攻防を受けても全く荒果てる事無く、ただただ整然とその奇妙なゴシック調の形を、さながら闇に浮かぶ白亜の城の様に、闇に浮かんでいた。


「何が違う? どう違う? 君は他人にかまけすぎた。自分をすり減らして、他人に尽くし、報酬は何も受け取らなかった。僕と同じに。それで君に何が残った? 何も残りはしなかった。君の心だけが傷つき、すり減り、疲れて行っただけだ。報いには報いを。君は欲しがるのを諦め、報酬を大切にする事を忘れている。もっと、自分を大切にした方が良い」

「違うんだよ」

 おれは、重い首を振った。

「違うのは、おれの事じゃない。アンタの事だ、ヨシュア……さん。確かに、おれとアンタは良く似てる。アンタが感じてた惨めさや悲しみ、虚しさは良く、本当によく分かった、いや、分かる気がしたから。でも、でも違うんだ」

 

 知らず、おれは涙を流していた。


「アンタは、真っ直ぐ過ぎたんだ。昔、おれがヨシュアさんに言われた……自分の器を超えた事を、やり過ぎたんだ! アンタは、間違って無い。アンタは確かに、何人もの人を救ったんだ! でも、受け取らなかった……それは、間違って無いんだ……」


 止め処なく溢れる涙は、何のためか、誰の為かは分からなかった。


「アンタがいつからか感じてしまった惨めさは、おれと同じ、でも、その惨めさは、『自分も誰かに特別扱いして欲しい』っていう、尽くした分は相手からも見返りが欲しいっていう、普通の感情から来ているものなんだ! アンタが今さっき言った、己の可愛さを、アンタだって持ってる……! そうだ、普通なんだ、おれもアンタも、ただ偶然に、カゲの力が強かったから、特別なんだって錯覚しただけだ。おれも、アンタも普通の人間なんだ、人間、なんだよ……」



― 貴方にしかできない事、みつけたなら、みっともなくてもしがみついてやり遂げなさい?


― 人生は、一度きりの失敗なんかじゃ、なんにもダメになりはしないんだって


― マヒロ? わるいこと、しちゃったの? へいきだよ? キノがね、ゆるしてあげるから!


― 闇を背負って進め、新月、マヒロ……


 おれは、沢山の人から、生き物から、受け取っている。生まれた時から、ずっと。

 『ぺんぎんず』に出会うまで気づけなかったそれは、血肉となって、身体に、カゲに、流れている……!


「そう、そうだ! アンタだって人間だ! 寂しくって、ちょっと道を間違えただけの、ただの人間だ! 時に間違い、時に正しく、時にサボり、時に頑張り、時にへこたれ、時に笑う、ただの人間なんだ! アンタが忌み嫌った、ただの人間だ! それを受け入れずに、いつだって被害者ぶって、世界の方を変えようとするなんて、おかしいよ!」


「被害者……人間……」

 ヨシュアは、暫時黙って聞いていた。

「そうか。君は……僕の理解者、同じ側の人間になれる器をもっていたのに……」そう呟き、顔を下からするりと撫で上げた。「残念だ、新月マヒロ」


 ヨシュアの麒麟が、鋭く鳴いた。


「受け入れられぬなら、死ぬしかないな! 小僧っ!」

 再び、妖しい輝きを放つ刃が凄まじい速さで弧を描いて襲ってくる。

 ……そんな。

「やめ……!」


 その刃を、切り裂く ― 斬撃。


 上空から、真一文字の。

 闇の世界を切り裂いて現れた、獅子王と村雨が合わさり生まれた、最強の刀。

 虹色の輝きを静かにたたえた、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ


「なん……だと……日向ぁぁっ!?」


 ヨシュアの右腕を斬り落としたシュートは、全身を柔らかな光で包まれている。

 麒麟と、同じ、暖かで柔らかい光。

 碧い宝石があちこちに埋め込まれ、金の紋様で縁取った、白金色の鎧を身に纏っていた。


「マヒロ、君の予想通りだった。おれにもできたんだ、四神の合一……『黄龍』が」



  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 シュートが開いてくれた、闇の道に入る前だった。


「要するに、この奥の『闇の扉』ってのが解放されるのを、防げばいいんだな?」

 念を押す様に、おれは聞く。失敗は、許されないから。

「うん。今、ヨシュアさんは扉を開く為の力を蓄えている。でも、周りにこれだけのカゲが溢れてるって事は、もうかなり、開きかけているってことだ。一分一秒が惜しい」

「そうか……」


 おれは、黙って、一つの決意をする。


「シュート、お前が今は……これを持ってくれ」言いながらおれは、胸から四つのカゲを取り出す。


 白虎、青龍、朱雀、玄武の四つを。


「どうして?! マヒロはそれが無いと……て言うより、闇に染まったおれが、それを持つ資格は、もう……」

「あるよ。お前には。資格、というより義務だ。おれ達二人の為に、多くの人が死んだ。立派で、優しくて、暖かくて、強い人たちが。でも、おれ達はその人たちの死に報いる事なんて、全然できやしない。だから、せめて、やらなきゃならないんだ」

 シュートは暫し、俯いて考えていた。だが、やがて頷いて、受け取った。

「でも、おれがこれを持っても……マヒロの様には、なれないよ」

「なれるさ。っていうか、なって見せろ。おれ達の希望、日向秀人なら」


 シュートは、少し悲しそうに、でもはにかんで、笑った。そして、表情を引き締めた。

 途端にイケメン完成。カップ麺より速い。


「そうか。そうだね。いけないな。さっき君に言われたばかりだものね。まだ、おれにはやらなきゃいけない事が、ある」

 そう言って、おれの獅子王と村雨を重ねた。まだ、共鳴はしない。二刀のままだ。

「でも、何でおれ、なの? マヒロの方が、カゲの力は上だと思うよ」

「たぶん……おれ達は、ここから先は、二手に別れる……別れさせられる、と思う。その時、なるべく派手に、ヨシュアにこちらの、ニセの策を知らせる。それは出来るか?」


 おれは、漆黒の空を見上げた。夜明けの無い空を。

 でも、どんな夜にも夜明けは来るし、夜にだって星が瞬いている。

 命が、それだ。

 闇に押しつぶされそうでも、それでも光ろうとする、それが……生命だ。


「それは、そうだな、念話を使おう。おれが思いついた様に喋れば、ヨシュアさんには筒抜けになる。でも、そんなの、どうして?」

「たぶんな、ヨシュアは、おれを……闇の側に引き込もうとすると思うんだ」

「! ……そんな、分かってるなら、君一人を、そんな危険な目に」

「良いんだ。おそらく、おれ達が真正面からぶつかっても、ヨシュアには万に一つの勝ち目もない。シュートが、ここまでやられたくらいだから。でも、そこがチャンスなんだ。影法師の大半を失い、残ったシュートに目もくれなかったヤツは、自分の勝ちを確信した時、悠々と、随一の力を持つおれを影法師へと勧誘する」

 シュートは、固唾をのむって言葉の見本みたいに黙って、おれの話に耳を傾けていた。

「その時さ。お前の、その二刀が一つになる……。四神は、麒麟ともう一つ……『黄龍』てのが、いる。お前は、それになるんだ、シュート。その力で、ヨシュアを討ってくれ」


 シュートはいよいよ歎息した。

 おれだって、そんな事を託されたら、胃の中のモノを戻しかねない。でも。


「できる、出来ないじゃないんだね。わかった。たとえ成れなくても」

 シュートはおれの眼を見て、そう言った。

「ああ。でも、お前は、なれるさ。お前をずっと見て来たおれが、保障する」

「はは。そっか。うん。心強い。心強いよ……本当に」

「お前が『黄龍』になったら、二人でヨシュアを討ち、二人で闇の扉を閉める。そうだ、おれ達、二人で、だ」

「……うん。分かった。一緒に行こう、マヒロ」


 ……そうだ。おれ達は、二人で、一緒に。


  □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「馬鹿な、ばぁかなぁぁぁ……! なぜ、貴様がここにいる?! 新月を捨て、闇の扉を壊すのが、貴様の、貴様らの唯一の勝ち目だったはずではないのか!?」


 ヨシュアは痛みと驚愕に打ち震えた表情に変わっていた。先程までの余裕が無くなっている。

 その目の前に、おれとシュートは、並び立つ。同じ場所に。


「やっぱり、念話は聞かれてたんだな……言ったろ。たった一人で前へ突き進んだアンタは凄い。でも、おれ達は、親愛が憎しみに変わる事は無い。アンタの世代で出来なかった事は、おれ達がやってみせる! おれ達はもう、アンタとは違う!」

 

 だから、とおれは言いたかった。『もう、良いんだよ』と。

 だが。


「違う、だと……? 貴様らごときが、生ぬるい凡人どもが、僕の邪魔を……? ふざ、ける、なぁぁぁっ!」


 ヨシュアは、おれ達が身体で感じるほどの怒気と共に、凄まじいカゲを解放しだした。片腕を失っても、全く力が弱まる気配がない。

 いや、むしろ、これは。


 畜生……ダメなのか。話しあうのは、分かり合うのは……!

 おれが立てた作戦が、裏目に出た……!

 せっかく、ヨシュアさんの苦しみの元が分かったのに、この人は、それを拒むのか……どう、したら……!


「貴様ら、貴様ら凡人風情が、無自覚に世界を腐らせるんだ! なのに、この僕に……!」


「おぉ、そうだ。ヨシュア。お前は、勘違いしてんだわ。これで、凡人、人間の素晴らしさ、少しは分かったかぁ?」


 声がして、振り返ると、見慣れたサングラスのヒゲモジャがいた。


「兄……さん!?」


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