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飛べない鳥の唄  作者: ぴーくおっど
24/30

祝祭と死闘と超獣と。

 カゲの世界の伏見稲荷大社。

 色彩を持たない黒と白のコントラストだけの巨大な神社がおれの目の前に広がっている。

 空がまだ昼間だと言うのに墨を流した様な暗闇に覆われていた。いつもの白か灰色の空とは全く異なっていた。カゲの世界に何か起ころうとしている。まったく、なんだってこんな時にそんな事が起きようとしてるんだ。

 急がなくちゃ。


 最初の鳥居をくぐった先の参道には露店がたくさん出ていて、その内側ではもうもうと湯気が上がっている。何かが焼ける香ばしい匂いがする。

 だがここはカゲの世界。人の気配はしない。

 現実ではきっと、鉢巻きやバンダナを頭に巻いたおじさんかおばさんが忙しく屋台で働いているんだろう。ひょっとしたらガイドブックでチラ見した、すずめ焼きの屋台も出てるのかもしれない。

 ズラリと並んだ無人の屋台。やはりそれだけで不気味だ。『千と千尋の神隠し』の商店街を思い出した。お父さんとお母さんが豚になってしまう、人のいない屋台。

 あちらこちらに狐の石像がある。対になるように並べられた狐の石像。なるほど、稲荷神社の総本山なだけはある。壮観だ。

 だが、異様な光景が目の前には広がっていておれは景色を楽しめない。


 異様な墨の空の下、あちこちから小さな管弦楽器の音が聞こえて、蛾とも蝶ともつかない怪しげな翅を持つ昆虫のカゲが舞っている。透き通ったガラス細工みたいな赤や黄や青の花が鮮やかに足元一面に咲き乱れている。

 ステンドグラスの花畑。微かにぼんやりとした光を放ち、水晶がまき散らされているような透明な輝きだった。

 影法師もカゲもいないのに、カゲのパレードが辺り一帯で起きている。

 美しい、だからこそ不気味だった。


 手近な社の屋根に跳び乗って周囲を見渡す。一面が夜の闇に落ちたかのような世界。ざわめきを秘めた暗黒。左手、遥か先には白い光の塔、京都タワーがロウソクさながらに突き出ているのが見える。京都の碁盤の目をほとんど覆い尽くすカゲの力がこんなところから発生していた。ヨシュア、か。その力の大きさを思うと思わず緊張して息が少し浅くなる。深呼吸する。

 広がる闇の中心に目をやる。本殿のある、山側の空を渦を巻く黒い積乱雲が覆っている。雲の中にはあちこち白い稲光が見える。竜でも住んでいるような荒れ模様。雲の中からは時折、異形な鳥の形のカゲが生まれては不吉な声を上げて暗黒の空を弧を描いて飛んでいく。雲からゴウゴウと渦巻く風の音が聞こえる。雨の匂いはしないけれど、あの雲の下は嵐にでもなっているのかもしれない。

 って、マジかよ。

 影法師の親玉ってのは、天変地異まで起こす力でもあるってのか?

 参ったね、そりゃ。そんなのが相手でどーしろっての。愛の歌でも歌って説得か? イマジンか? 踊るポンポコリンか?

 いかん、ポンポコリンなのはおれの頭だ。

 人智を超えたのが相手になる、ってことは間違いない。おれの全部を賭けても歯が立たないようなヤツが出て来るのかも知れない。


 でも、負けないよ?

 だっておれは生きてる。

 父さんから、カイさんから、キノから、みんなから託された命がおれにはある。生きてさえいる限り、何が起こるか分からないんだ。野球と同じだ。最後まで、何が起こるか分からない。天変地異? 参るね。ヒャッハー!

 おれは自分が変なやる気に満ちている事に少し笑った。さっきのジュンさんの姿が目に焼き付いているというのもある。でも、カゲを知る前のおれは、野球が出来なくなって、大人たちを軽蔑して、世の中を舐めて、いつも横にいるシュートが眩しくて悔しくて、でも何もできなくて、そもそも目的も無くて、それがまた嫌で。

 無気力と無力感と正体の分からない焦燥と自己嫌悪に包まれていた。

 おれにとっての青春は、一つの事に打ちこむでもなく異性に心揺さぶられるでも無く、ただ何をする事も出来ずに自分の身と心を焦がすだけのものでしかなかった。

 おれの人生は十七年にしてすでに失敗し、おれはおれを愛する事を忘れてしまっていた。「何をやってもやるだけ無駄だ」と、刷り込まれていた。

 なのに今、恐怖で身がすくむような状況を諦めるどころかむしろ燃えている自分がいる事に笑った。シュートと向き合うには、自分より絶対に強い相手に負ける覚悟と、それでも悔しさをバネに前を向く覚悟が必要なんだ。そして、それはシュート以外のあらゆる世界に対しても、だ。

 


 ゴウジ達と合流して先を急ぐ。四人で参道を歩く。映画『スタンドバイミー』ぽい。やがて無数の鳥居が見える。一列に並べられた、現実世界では鮮やかな朱塗りだがカゲの世界では骨のように白い鳥居が。その中を真っ黒な人影がゆらゆらと歩いている。白いキツネの面を被った浴衣の、手足と顔が真っ黒な人影が、大勢いる。色鮮やかなカゲの蝶もおびただしい数が飛んでいる。シャリンシャリンと風鈴や鈴の音がどこからともなく聞こえてきている。


「な、何だ…これ?」 光景の不気味さにおれは思わず言葉を漏らす。

「カゲが暴走してやがんだ」

 少し上ずった口調でサラが答えた。

「カゲが出てくる時って、周りにちっぽけなカゲがたくさん出てくんだろ? アレとおんなじだよ。でも、人型のカゲを生み出すなんてのは…やべぇ」

 サラの額にはうっすら汗が滲んでいる。

「そんなに、か?」

「かなりな」

 頬の辺りを手の甲で擦りながらサラは辺りを見渡す。ごくり、と唾を呑んだ音が聞こえた。

「あたしが東北にいた時、とんでもないカゲを、こんな風にチームで相手にした事があった。ヤマタノオロチのカゲさ。東北を仕切っていた影法師の元締めだった。そいつを六人がかりで何とか倒した。でも、その時もここまでの瘴気は……無かったな」

「そうか……」おれは少し、黙る。ひょっとしたら、取り返しのつかない事に足を突っ込んでしまっているのかもしれない、と言う恐怖は、無いわけではない。けど。「それでも、進むしかない。ジュンさんの為にも、止まるわけにはいかないんだ」

 あえて、そう口に出し、自分に言い聞かせ、前に進んだ。


 やがて道は二股に別れるところに来た。両方の道に幾千もの鳥居が並んでいる。どっちだ?そう思った時。


― ボッ!

 右手の無数の鳥居、その中に急に灯りが燈った。提灯の灯りだ。白黒の世界に灯されたぼんやりとした橙の灯り。なんとなく昭和レトロ。三丁目の夕日チック。

― ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボボボボボボッ!

 幾千もの鳥居に燈りだした、幾千もの提灯の灯り。

 幻想卿。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 不気味すぎる。なんて楽しくないワンダーランドなんだ。

「ふん」ゴウジが鼻息を大きく鳴らした。「呼んどる、っちゅうわけじゃの!」ゴキゴキと指を鳴らしている。

 カナメは不安なのか、おれの手を後ろからきゅっと握り締めてくる。握り返す。

「乗るか、マヒロ?」

 サラに問われて、おれは少し考える。罠かもしれない。ていうかクリティカルに罠だろう。

 それでも。

「行こう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ」

「おぅ! ワン・オア・エイト! やっちゃろうでぇ! おれの血が騒ぐでぇ!」お前、口だけじゃなくて血もやかましいのか。

「わんおあ……? んだぁ、それ?」

「一か八か、って言いたいんじゃないのか?」

 おれの解説にクス、とカナメが笑う。

「なんじゃ、英語使うた方がかっこええ時もあるじゃろ?!」色々アウトな英語だけどな。

「あー、もう良いからさ、行くぞ」

 先に立ち、歩き出す。まったく、この状況でいつものノリとか。頼もし過ぎだろ、ゴウジ。

 

 橙の灯りの元、無数の鳥居を抜けた先には提灯の明かりにぼんやりと照らし出された社があり、その下に少年が一人、立っていた。

 こちらを見つけ、大きく全身を使って両手を振り始めた銀髪の少年。真冬でも半袖半ズボンの、小麦色に焼けた細い体躯。


「早かったねー!」上げる声には緊張感などまるで無い。「秀人さんにみんな、やられちゃったかなーって心配してたんだ! 良かったぁ!」

「そいつぁ悪かったね、アタシら、そんなにヤワじゃねぇからさ」

 歯ぎしりしそうな勢いでサラが答える。

「んー? でもさ、君たち……?」額に手を当ててこちらを覗く姿勢。「あ、そっか、おねぇさんが身代わりになったんだね? 仲間を置いてこっちに来たんだ! 良いね! そういう冷酷さ、ぼく大っ好き!」

「っ! てっめ!」突っ込もうとするサラを右手で制する。

「落ち着いて、サラ。あいつ、強いよ。力押しで挑んで勝てる相手じゃない」

「そうかよ……」 サラは一瞬項垂(うなだ)れた。が。

「っからって、引っ込むアタシじゃ! ないんだよっ!」

 一瞬でカゲを憑依させ、飛びかかった。風圧。少年に躍りかかる狼のカゲ。


― ガギィっ!!


「おめでとー!」片手でサラの突進を受け止めた少年の歓声が上がる。「今日の僕は本気モード、だよ?」

 背後から噴水の様に巨大なカゲが噴き上がり、少年の全身を覆った。全身を墨流しの黒で覆われた人型、鋭い眼光だけがやけに白く妖しく光る。推理アニメの犯罪者みたい。

「メロメロにしちゃうよぉ?」ニイッと笑うと、もう片方の手をゆっくりとサラに向けた。

 巨大なハンマーの様な衝撃音。

「がぁっ!」


 一撃で弾き飛ばされるサラ。刹那、おれは虎徹を構え駆け出している。カナメのカゲが触手となってサラを空中で受け止め、ゴウジは玄武の鎧で身を固めた。

 ニィ、と再び少年が笑うと辺りに旋風が巻き起こり、少年の全身が紫の水晶で覆われたと思うやヒビ割れ、沸き上がったカゲは巨大な獣の形をとった。


 その巨体が放つ不吉さは、覚悟を決めて駆けだしたおれが急停止してバックステップするのに十分な禍々しさを備えていた。

 全身から立ち昇っている瘴気。一本が象の脚四本分になりそうな太さの強靭な脚、全身を覆う灰色の鱗に金色の尖った毛並み。肩までの高さで十メートルはあるだろうか。いつだったか上野の博物館で見た巨大生物の化石が可愛く見えるほどの巨大さ。そして巨躯の割に俊敏に鞭打つ尾。そして禍々しい光を湛えた瞳に、シュウシュウと不吉な音を上げる、巨大な牙を備えた顎。

 史上最強の恐竜と呼ばれる獣脚類のティラノサウルスレックス。恐竜の王と称される連中が可愛く見えるくらいだ。だってカゲを倒したもん。化石の、だけどね。


― グボァァァァァッ!!

 山一つが丸ごと震える、凄まじい猛り声が上がる。

 咆哮と同時に、全身から放たれた衝撃波で辺りを飛んでいた小さな蝶のカゲが粉微塵に散った。

 災厄の、獣。

 そんな言葉が頭をよぎった。

 ぬる、獣の顔の下にもう一つ、顔が生える。眼だけが光る、黒に染まった少年の顔が。心底から楽しげな笑顔を浮かべて。


「獣の王、キングベヘモス。強いよ?」


 ざわ、と全身が総毛だった。

 瞬間。

 獣が口をカパッと開いた。

 はい? 口臭検査?


― ボゥッ!!

 獣の口から目も眩む赤色の光線が放たれた。

 反応。ほとんど反射。

 超速のサイドステップ。ついで身体を捻じった。


― ッバ!


 すぐ横を凄まじい閃光が走る。


― ジュゥゥウウウッ!!


 音が後から聞こえた。おれの身体を掠めた光線が背後の木々も鳥居も跡形も無く消し去って行った。

 鬱蒼とした森に光線が一閃し、後には焼け焦げた一本の道が出来ていた。

 胡散臭い外人が出演するクリーナーのCMに使えるぞ。

 少年の顔からは尚も、笑い声が溢れる。

 ったく、前回はこんな技、無かったじゃん。単純な筋肉クリーチャーだったじゃん。隠し玉ですよ。巨神兵の光線かっての。やれやれ。少年の朗らかな笑い声がまだ聞こえる。子どものお守に付き合ってられるかよ。

 で、どうする。


 たたかう

 にげる

 さくせん

 どうぐ?


 さくせん、だ。「ゴウジ!」狙いをつけられないようにジグザグに走りながらゴウジに合図を送る。ゴウジが頷くのが見える。

 たぶん、この中でヤツの光線に反応できるのはおれだけだ。おれが囮になって、その隙にゴウジかサラに攻撃してもらう。カナメの触手で止められる相手じゃない。

 虎徹を取り出す。斜に構える。いかにも攻撃しそうな体勢を作る。

 巨大な顎がこちらを向く。瞳がおれを捉える。

 ウボォォァァァッ!!

 咆哮。威嚇、か。

 そうだ。それでいい。おれを狙え。

 口が再び開く。

― カッ!

 もう一度閃光。でも、かわせる! が。

 光線はおれの前でグニャリと曲がった。

 ビームが、曲がる?! マズイ、そっちは! サラ!!


― ズビャゥゥゥッ!!


「サラぁぁっ!!」絶叫が影の社に空しく木霊した。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ピクリとも動かない狼が横たわっている。カナメが側で跪き、抱きかかえるようにして動かない身体を揺すっている。

 光線はサラの右半身を直撃したらしく、右腕から太腿までがズタズタに焼け焦げ、無残な有様になっていた。


「……サラ?」まさか。

「だいじょう、ぶ…まだ、息は、ある…でも、でも…」カナメは自分の上着でサラの傷跡を包んだ。ポーチから愁凛丸を取り出してサラに呑みこませようとしている。しかし口が開かない。無理に押し込むようにしている。

 背後では轟音と笑い声が響いている。


 ……なんで、おれはヒーローじゃないんだろ。

 ヒーローなら、こういう仲間のピンチに、摩訶不思議な力が爆発してみんなを助けられるじゃないか。なのに、おれは。


 なぁんて。おネガな思考はここまでだ。

「カナメ」座り込んでいる彼女の両肩を抱く。「サラを連れて逃げて、なるべく遠くまで」

「マヒロ…でも、わたし…」

「あいつはおれが倒す。必ず。それにさっきの約束、破らないよ、おれは」灰色の瞳から零れる涙を指ですくう。「ね。大丈夫だから……頼んだよ、カナメ」


 そう言って、何か告げようとする彼女から離れ、ゴウジのもとへ風を切って駆け出した。

 カナメ。君は、おれが守る。命と引き換える事になっても、必ず。


 怪物が暴れまわった社は、おいおい本能寺の変かよ、と言いたくなるほど無残に焼け落ちていた。ゆらめく炎に照らされた、邪悪な巨獣。どう庇っても怪獣映画のワンシーン。グルル、と低い声で唸りながら、ゆっくりと辺りを見回している。

 勝ち誇っているのか、視力が悪いのか。

 後者であってくれ。

 

 距離を取って巨大な木の洞に隠れていたゴウジを見つけ、駆け寄る。


「良かった、大丈夫か、ゴウジ?」

「直撃はされちょらんからの。お前もよく無事じゃった、マヒロ」

「あれだけの火力、正面突破は厳しいな。おれが囮になるから、ゴウジ、お前その間に陰鉄甲を纏って体当たりとか、できるか? 一撃離脱を繰り返して、弱らせられれば、何とかなるかも知れない」

「いや」ゴウジは目をつぶって首を振った。「囮は、俺がなる。マヒロ、一撃の力はお前の方が数段上じゃ」

「でも、お前じゃかわしきれないだろ?」予期してなかった提案に慌てて口を挟む。

「はっは。ボケとるか、マヒロ。おれの陰鉄甲、あの程度の火力なんぞ防いでみせるわ」そう言うと両手に籠手の様に装備した、黒光りする玄武の盾を構えた。「どうじゃい!」

「でも、お前……」

 空元気だろ、そんなの。

「サラがやられちゃろ。時間が惜しい。行くで、マヒロ! お前の最高の見せ場じゃ! 気合、入れろぉ!?」立ちあがると、おれの肩をガシ、と摑んだ。

「……決めろよ、相棒」小さく呟き、おれの背を強く押した。


「……死ぬなよ」そう言って、おれは闇に紛れた。


「やいやいやいやい! そこのヘチャムクレ!」 

 木々の隙間から姿を現したゴウジの一際大きな声が響く。

「おれはここじゃい! 貴様のヘタレビーム程度で参ると思ったか? あぁ? 甘い甘い、キャンデーバーよりなぁ!」


― グォォアァァ!!


 挑発に乗るように巨獣は炎で橙に染まった景色の中で咆哮、一直線にゴウジへと突っ込んで行く。一歩毎に地面に衝撃が走る。凄まじい質量。

 巨躯に似合わない俊敏な動きでゴウジとの間合いを一気に詰めた巨獣はゴウジに向け右手を振りかぶると風を切るシュバッという音と共に振り下ろした。

― ガボォ!

 何とか両手で受け止めたゴウジだが、苦悶の表情を浮かべ、歯を食いしばって必死に潰されまいと堪えるのが精いっぱいだ。

― ウゴァァァッ!!

 右腕一本では、この尋常では無い意志を秘めた相手は倒せないと悟ったか、巨獣は攻撃を連打に切り替えた。叫び声と打撃音が、交互に響く。

 ドゴ!

 ゴァァァッ!

 ドガ!

 アアァァッ!

 ドン!

 

 ガード越しでも十分なダメージが蓄積され、ゴウジの身体が動かなくなってくる。

 そして巨獣は口を開く。止めを刺そうと悠々、狙いをつける。

 口内から眩しい赤い閃光が見え。

 虎徹の打突が上空から突き刺さる。


― ギャアァァァ!!


 白刃が突き刺さった顔面から、夥しいカゲが噴き出して獣は後ずさる。痛みに悶え、唸り声を上げてのたうつ。

 ゴウジの捨て身のおかげで完全にヤツの不意を突く事が出来た。ジャンプして加速も重心もたっぷりと乗せた、会心の一撃だった。

 どう、だ?


― グァァォオオ!!

 四肢をバタつかせた巨獣は修羅の形相となって、打突を放った相手、おれを見据えた。鋭い眼光は、消えてない。

 まだ、か!

― アァァアアァッ!

 怒りのままに拳を振りおろしてくる。

 当たるかよ! かわしてクイックダッシュ、距離を詰め、顎を蹴り上げる。素早く最短距離を描く蹴りを、何度も。ゴウジ直伝。連打を受けた相手がよろめいた瞬間、相手の顔めがけ跳ぶ。刺さったままの虎徹を摑み、顔面への蹴撃と共に横に斬り裂きつつ抜き去る。


― ギィィヤァァァッ!!

 どう、だよ。とんでもないスプラッタだぜ?

 巨獣は大きく仰け反り、苦しげなうめき声を上げると、横にドウッと倒れ込んだ。

 巨大なカゲが、シュウシュウと音を立て、ドライアイスが溶けるように消えていく。


 やった、のか?


 後には積乱雲が起こす落雷の音と風切り音だけが響く。

 巨獣は、完全に沈黙した。


「や、やった? やった。やったぞ! ゴウジ!」


 いや、ぶっちゃけダメかと思ってた。勝つのは厳しいって思ってた。ゴウジ、お前のおかげだ、良い仕事した、グッドジョブゴウジ。そう思って小走りに駆けよる。


「ゴウジ?!」


 仁王立ちしたゴウジを観ておれは慌てた。

 身に纏った陰鉄甲はくまなくヒビが入り、ところどころは砕けている。生身の身体の、左肩と右わき腹にドッジボール大の黒い穴が空いている。そんな。こんなんになるまで耐えてたってのか。お前。


「ゴウジ……」こんなの、満身創痍も良いとこだ。「すまない……」

「いいんじゃ」

 ゴホ、と苦しげな咳をして振り絞るようにゴウジは喋った。

「ま、ちいとばかり、気張りすぎたかのぉ……」

「よせ、もう喋るな! 待ってろ、すぐにカナメを呼んでくる」

「いい、言うとるじゃろ……」

「何言ってんだ、お前、そんな傷」

 ニ、と笑みを浮かべ、ゴウジはカゲを解き、球体にした。


 ……まさか。


「受け取れ。鍛え上げた玄武。おれの、全部じゃ」

「何、言ってんだ……お前……?」

「本当はとっくに渡すと決めとった、お前が影法師の大元を倒す、そう言った時からな」ゴボ、なおも苦しげな咳が漏れる。「覚悟はしとったけどな、俺じゃここまでじゃ。上の位の影法師には太刀打ちできん。じゃが、マヒロ、他のカゲを喰らって強くなるお前なら勝てる、かも知れん」

「違う、違うよゴウジ。おれは、みんながいたから」

「カイの白虎と、俺は良くコンビを組んだ。白虎と玄武、刃と盾。ええコンビじゃった。その二つを、マヒロが持つんじゃ」

「お前、死んじまってどうすんだよ!? 死んじまったら何にもならないだろ?! おれはいいよ、お前が、だよ! こんなところで死んじまったら、何にも、何にもならないだろ!?」

「なるさ……俺は、お前に夢を見て、死ねる」

「カッコつけんな、バカ」

「カッコいい男ってのは、死に際が見事なんだよ」

「っバカ野郎……っ」こんな時に、笑わすな。

「すまんの、そろそろ……ダメらしい。さぁ、持ってけ」


 そう言って、涙を拭いていたおれの手にカゲを押し付けた。ソウルオーガが嗤う声が聞こえた。おれの元で二つのカゲが一つになり、黒曜石の様だった球体から青白く燃える炎のような輝きを放ちだした。静かで、力強い輝き。それを観たゴウジは穏やかな顔つきになり、言った。


「闇を背負いながら進め、新月……マヒロ」


 (おとこ)北方剛璽(きたかたごうじ)

 これにて、今生の幕引きであった。

 義経を逃がすため、全身に矢を受けながら立ったまま死んだ武蔵坊弁慶の如き最期だった。



― グボォォアァァ!!


 静寂を、咆哮が破った。

 巨獣は生きていた。いや。その大元の少年は、死んだ。だから、強大過ぎる意思、カゲだけが残されて、暴走した。最早、瞳は白濁し色は無い。四方に紅蓮の炎を撒き散らし、強靭な四肢で木を薙ぎ払って。ただただ破壊の意思のみが暴れ狂っている。先ほどよりも強く、凶暴に。


 ……だからなんだ、と。

 お前が巨獣なら、おれは。

 白虎と玄武。二つが合わさりゃ。


「超獣だべ?」


― グァァァッ!

 猛り声、次いで光線が放たれる。

「玄武」呟き、左手を翳す。

 バシュウウウ!!

 左手に生成された手甲で光線を防ぐ。

 玄武と白虎が合わさって出来た武具。黒い鉄を磨き抜いて生まれ変わらせた、白鋼。山を削り、樹を焼き払った光線を弾く程の防御力。

 んでもって、虎徹は。

 白き鋼の太刀に変わってる。青白い瞬き、星の輝きを纏いつつ、力強い刀に。

 名づけよう。なぁ、ゴウジ。やっぱ、昔の名刀から。

 『獅子王』ってな。

 最初はバットだったんだけどね、コレ。

 キ、キ、キ、キキキキキ。

 何やら共鳴して音が鳴ってる。

 白虎と、玄武が、か。

 カイさんと、ゴウジが。


― ガァァァァォァッ!!

 光線を弾かれた巨獣が、猛り狂って突っ込んでくる。

 武具を装備したおれは、更に纏ったカゲの力を解放する。

 白黒の世界に、青白い光が射す。


 はは、相手の動きが、見える、見える。思考が圧縮され、意識が加速しているのが分かる。

 手に負えないほど俊敏だった巨獣の動きが、まるでスローモーションだ。

 おれはス、と腰を落とし、巨獣が飛びかかって来たところに、照準を合わせる。そして。


 一刀。

 両断。

 

 垂直に斬り上げた。

 斬撃は、一撃で巨体を割り、ガラスを砕くようにカゲが砕けて散って行く。


 今度こそ、止めだ。

 おれは心の中でゴウジに詫びる。だがもう下は向かない。託された想いを、命を、胸を張って生きる。



 ……パン、パン、パン。


 鳥居の下から拍手が聞こえる。

 笑顔を浮かべたシュートが、満足そうに頷きながらゆっくり参道を登って来る。

「さすがだよね、マヒロは」

 くくく、と口を大きく曲げて笑う。時雨そっくりの、歪んだ笑みで。

「やっぱさ、さっすが、おれの親友だよね。メロって、ヨシュアの秘蔵っ子だったんだよ。おれよりも強かったんだ。さっきまでは」

 そう言うと、おれの足元に何かを投げて寄こした。屈んで拾う。「そう、か……」パシパシと軽く叩いて汚れを掃う。

「お前、そうだったな。おれとお前は、同じカゲを持ってるんだよなぁ……」

 シュートの口元が鋭利な刃物のような笑いを浮かべる。おれは投げられたカチューシャを握り締める。「ジュンさん……」

 

「さぁ、始めよう? 白虎と玄武を手にした『超獣』の君と、青龍と朱雀を手にした『神龍』のおれとの、死闘ってのをさ?」


 そう叫んだシュートは、翼の生えた龍へと姿を変えた。

 


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