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飛べない鳥の唄  作者: ぴーくおっど
23/30

夕陽と大社と宿業と。

  怒っている阿修羅の様な顔のゴウジが目の前にいる。

 つまりは三倍怒っている様な顔をしている。


「いや、ちゅうかソレ、絶対騙されとるやろ」 


 コーヒーのカップを指で弄びながら、ゴウジは呟いた。

 わざとらしく胸元をはだけさせ、誰にだか知らないが思いっきり見せつけているシャツには『沼人』とプリントされている。

 海人とかじゃないのか。沼の人って、なんじゃいそりゃ。どういうセンスだ。こいつのファッションセンスは流行を三回転半ほど先回りしている。渋り顔の早過ぎたセンスの持ち主は続けた。

「ありえんぞ、敵がわざわざ、我んとこの本拠地教えるなんぞ」


 おれは自分の分をお茶を注いでいる。こぽぽ、ポットから注ぎ込まれるお湯が緑茶のティーパックをゆっくりと濡らしていく。


「いや、おれも、そうは思うんだけどさ」

「あったり前じゃ! アホかおんどれは!」コブシを効かせた演歌歌手のような顔でズビビ、と勢いよくホットコーヒーを飲みほして ― 牛飲馬食という四字熟語がおれの頭に浮かんだ ― ゴウジは叫ぶ。そして無言で舌を押さえている。

 ため息をつきながら、おれは冷蔵庫からコンビニで買ってきたミネラルウォーターを取り出し、渡す。

 どうしてこいつはアホなんだ。ある種の男性は、我慢が男のロマンだと思い込んでいる。コイツはその典型だ。でも火傷するくらいなら、男は熱いものに耐えられるっていう見栄なんか、窓から投げ捨てろっての。

 むむっ、窓から投げ捨てろっていう表現はロックだね。どんな時でもロック魂を忘れるなって誰かが言ってたよ。ロケンロール。


「ふぉんふぁやふのいうふぉふぉなんふぇ」

「良いから、火傷冷めてからで」


 ふぐぐ、と言って黙ったゴウジをよそに、おれは窓際まで歩いて行って外を見渡す。ヨシヤさんのツテでとても見晴らしのいいホテルに泊まる事が出来た。見晴らしのいいホテルとは、良いホテルの条件の一つだ。


 ……夕陽が、京都の街一面、を染めている。


 その光景を見てると、気分はとってもセンチメンタルジャーニー。

 ひゅー。

 行き場を失ったおれ達は、とりあえずの拠点として、予約していたホテルに荷物を降ろしに来ていた。そのまま作戦会議と言うか、さっき金髪が言った事をかい摘んでゴウジに説明した。


 が、そしたらごらんの有様である。

 まぁ、ゴウジの方が、今回は正論なんだけど。セイロン島なんだけど。

 しかし、おれ達に他に現実的な手段があるかって言ったら……ナッシング。参っちんぐ。マチコ先生。

 と言うか、おれはたとえ罠だとしてもそこに行くつもりだった。影法師にとって、おれたちは間違いなく邪魔な存在だ。それも、わざわざ刺客なんて送りこんでくるぐらいに。てことは、おれ達は十分にヤツらにとって脅威だってことじゃないか。

 でも、おれ達はたった二人だ。

 だからこそ、今ならヤツらは油断する。今ならば簡単に倒せる相手だと高をくくる、だろう。太古の昔から存在していたカゲを操る、とんでも無い連中が安心して己の脇を緩める。

 そこが、おそらくは唯一、おれ達の勝機だ。油断させて喉元に飛び込み、牙を突き立てる。

 影法師の親玉を、潰す。

 そうすれば、きっとシュートだって自由になれる、自分を取り戻せる、はずだ。

 そんなか細い理屈、理屈なんてレベルじゃ全然無い、微かな、凍った湖に空いたワカサギ釣りの穴くらい小さな希望的観測を、縫って縫って辿り着いた、僅かな望み。それくらいにしか、おれがシュートの為にできることなんて、思いつけなかった。


 窓際を離れてポットの側に戻り、出来あがったお茶をすする。

「あ、美味い」思わず言葉が漏れた。

「りゃろ?」まだ呂律が上手く回らないゴウジが言う。

 ゴウジから教わった淹れ方 ― 絶対ジュンさんの受け売りだ ― ティーバッグのお茶を淹れる時は百度近いお湯を、カップに蓋をしながら注ぐこと。味がしっかり出るまで二、三分待つこと。パックは搾らないこと。これを守るだけで。

「美味いな……」

「俺を信じろ」うっせえ。

 あ。おれの脳内HDが起動する。今の言葉。拾え。


「分かった……おれはお前を、信じる」

「ムムッ! そうか?」

「だって、ほかならぬゴウジの言葉だからな」

「ぬふふ……マヒロ、おんどれもようやく成長してきたの! 俺は、俺は感無量じゃ!」

 鼻息が荒い。仁義、忠義、男気が大好きなゴウジに信じるという言葉は『こうかは ばつぐんだ!』

「うん、信じるよ」そう言ってベッドに腰掛けていたゴウジと向かい合わせに座り、ゴウジの眼を見つめる。「だからさ、お前もおれを、信じてくれるだろ?」

「うぐ。そ、それは……」

「おれ達、心の友って書いて心友、だろ?」

「むうう……そう、だがの……ぐぅ」口元が悪だくみを思いついた少年のようにニヤけだした。もうひと押しってとこか?

「頼む。ゴウジ、お前が、いや、お前だけが頼りなんだ」

 すぽーん、とジェット噴射のような鼻息が聞こえた。

「しっかたないのぅ! おれらはもう、血を分けた兄弟みたいなもんじゃけ! 信じたる!」

 え、そんな設定は無いぞ。

「マヒロはおれの心友義弟だからの!」

 四字熟語を勝手にねつ造してはいかんよ。しかもおれが弟?

 まぁ、いいや。サンキュー。

 そして……すまない。

 こんなことに付き合わせて。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 京都駅からJR奈良線で一駅。

 翌朝、稲荷駅の前におれたちは立った。目の前には『伏見稲荷大社』の石碑が。

 え、近すぎじゃないか?

 いや、アクセス便利で速くて良いんですけどね。

 なんて言うか、仮にも悪の本拠地なんでしょう? もっとこう……壮大さというか、大袈裟っぽくてもよいのではないでしょうか。山脈だとか海溝みたいな……そういう、人が行きづらいところに構えてしかるべき、というかですね。ゲームとかでラスボスが道端に出てきたりしないじゃないですか。腰が低いラスボスってなぁ。地域密着型かよ。

 すぐ顔をあげれば参道が見え、朱塗りの大きな鳥居が見える。その奥には社屋が見える。冬の平日の朝早く、観光の人だかりはほとんどない。むしろ此処に住んでいる人たちが通勤通学の為に駅に向かう姿がパラパラと見える。総じて、ガラガラだ。


「おぅ、なんじゃマヒロ! ここまで来て尻込みか?! はよういくでぇ!!」

 影法師に対して分けのわからんツンデレーションを起こして頭を抱えているおれを放ってゴウジはズンズカ先へ進もうとする。

「あ、ああ、すまない。今、行くよ」 

 重たさを増した様な足をあげようとした、その時だった。


「私達もね」

「へぁっ!?」

 瀕死のウルトラマンみたいな声をあげて振り返ったおれの視線の先には、ジュンさん、カナメ、サラが立っていた。

 全員、仁王立ち。

 ……は、してないけど。

「な、何で…ここが?」小学生並の感想。

「あら、やだ。あなたみたいな童貞ちゃんの考えなんかお見通しよ」

「んな、バカな」

「バカはお前だろ?!」ズカズカと威勢良く、サラがおれに詰め寄って来る。「おっまえ、こんな殴り込みにアタシ達を置いてくとか、ガチでありえねぇぞ?!」人差し指でグリグリと額を押してくる。

 や、その、それは」

「ごめん、なさい…ヨシヤが…教えてくれて、それで…」

 おれ達の乱雑なやりとりを見て両手をあわあわと宙で泳がせたカナメが釈明するように言う。

 マジか……あのヒゲモジャ。サングラス割るぞ? 無事、帰れたら。


「ホント、考え方が童貞なんだから。何でも自分達だけで解決できるなんて思っちゃ、ダメよぉ?」柔和な、けれど凄みのある笑顔でジュンさんは言う。そんな、いちいち童貞って。いや、あってるけどさ。あってるけどさ。

 でも。


「でも、ダメです!」

 額に指先を受けながら、おれは叫ぶ。

「おれたちは仲間です、『ぺんぎんず』の、大切な……仲間です。でも、それでもダメなんです! 今までは良かった。影法師と闘う仲間。それで良かった。でも、ここから先はもう、闘いとかの言葉の衣は剥がれる。ただの、ただの殺し合いになります」

 サラがおれから身体を離した。みんなの視線が集まっているのを感じる。どこかで猫がじゃれてあげる鳴き声が聞こえる。

「おれか、影法師の親玉か、どっちかが、死にます。ココから先は、そういう闘い、殺し合いになります。手加減とか、憐みとか、そういうの、無くなります。手段も理想も尊厳も無くなる。どちらかが、どちらかを殺す……そんなところに、女の人を巻き込む。そんなの、そんなの、絶対ダメです」

 どこからか飛んできた鳩がおれの足元に降りようとして、気配を察して再び上昇するのが見えた。

 あばよ、平和の使者。


「マヒロ…は…」

 小さな沈黙を破ったのは、カナメの震えた声だった。「マヒロは、私たちの事が…大切じゃ、ないの…?」

「違う、違うよカナメ。大切で、大好きだ。でも、だから、だからさ」

「嘘! それならどうして黙って行っちゃうの?! 行くとは教えてくれた。命懸けだっても、言ってくれた。だから私、絶対、あなたについて行くって、決めたのに、大事な時に、どうして遠ざけようとするの?!」

「っ……それは……」

 慌てた。カナメの口調が、いつもと全く違った。淀みなく、そして激しい感情があらわになっている姿を初めて見た。「違う……違うんだよ……カナメ」

 「違わないもん! そう言う事だもん…いつも、マヒロは先に行っちゃうんだもん…わ、私…行ってらっしゃいだって、言えてないもん…」


 震える声で叫んだカナメはそれきり、肩を小さく振るわせて涙を零して黙ってしまった。サラがそっと近寄り、肩を優しく抱いた。

 黙ってくるべきだった、おれは後悔した。

 あの星が奇麗な晩、カナメにシュートを取り戻しに行くって決意、言わなきゃ良かった。おれは、カナメに傷ついて欲しくなかったのに。傷つけるくらいなら、言うべきじゃなかったのかもしれない。


 俯いたおれの側にジュンさんがツカツカと歩み寄り、耳元で囁くように言った。「マヒロくん?」あの、吐息が耳に当たるんですけど。

「あなたは間違っていないわ。大切な人を傷つけたくない、その想いはね。でも、愛情の形に正しさは無いの。恋愛はね、その人の一番柔くて脆い部分を、自分以外の誰かに見てもらわなきゃならないの。強い部分だけを相手に見て貰うんじゃないの。喜びも痛みも、二人だから分かち合える。人は孤独だけど、孤独なのは一人じゃない。そう分かるために、人は手を繋ぐんでしょう? だから、良い? 覚えておきなさい」

 そこで言葉を区切り、耳元から顔を離した。栗色の瞳が真っ直ぐおれを射抜いた。そうして、ジュンさんは両手でおれの両頬を、そっと包み込んだ。

「優しさだけでも、強さだけでも、愛は守れない。愛情は、我がままなの。一生を壊してしまうほどにね。それでも、愛が欲しいなら、あなたは強くならなくちゃ、ダメよ?」

 そう言うとおれの顔から手を離し、カナメの方に歩いて行った。「大丈夫? カナメ?」腰を落とし、屈みこんでゆっくりと、尋ねている。


 少し、たまげていた。

 カナメの語気と、ジュンさんが語った言葉の重さに。


 そっか。おれ、ここまで来て、見栄、張ってたのか。

 一番、大切にしたい相手に対しても?

 

 信じがたいアホだなぁ。

 でも、そのアホを好きだって言ってくれる人を、裏切るなよ。おれ。


 だから、顔をあげた。

 『人生老い易く学成り難し』

 こんなことわざがある。何もしなければ人生は長いが、何事かを為そうとすれば人生は短いなんて言葉もある。おれは変われるんだろうか? 変わる事は、できたんだろうか?


 でもそうだ、『男子三日会わざれば刮目して見よ』こんなことわざもある。

 だから、日本語にはリミテッドがある。

 おれは、変わるんだ。変わるんだよ。

 顔を上げ、みんなを順番に見ていく。ゆっくりと口を開く。

「ごめん、カナメ。それに、ジュンさん、サラ。おれが、悪かった……ごめんなさい」何度間違えれば、おれは気が済むんだろうか。いや、間違いはいつになっても犯してしまうんだろう。それでも。少しでも、減らしたいとは、思う。願う。

「おれは、もう誰も……失いたく、ない。だから、だから」

 ポケットの中のカゲを握り締め、取り出す。仄かに青白く光っている。

「だから、お願いします。一緒に……行こう。そして、誓います。この先、何があっても、どんな事が起きても、おれが守るって。おれは強くなんかないけど、みんながいてくれれば、強くなれる、きっと」 

 空いている手をみんなの方にス、と手を差し出す。

「そんな情けないことしか言えないけど……来て、くれますか?」


 諦めたように頭を振ったサラが近寄ってきて、バチ! 手を叩いてきた。

 ってぇ!

「面倒なんだよ、お前は! あと、色々と、遅い!」

「ごめん。いやでも、ありがとう」叩かれた手が、本気で痛い。

 

 ゆったりとした足取りでジュンさんが歩み揺って、うやうやしく手を重ねた。

「そうね。女の子の扱い、まだまだ知らないものね。チェリーボーイはね、おねぇさんに任せなさい?」

「全力で遠慮します」


 そして、まだ少ししゃくり上げているカナメにゆっくりと近づく。

 冷たい掌を、そっと取る。白く細い指。


「一緒に、行こう」

「…うん…」


「残念だけど、それは無理かなぁ」

 背後から不意に聞こえた、聞き覚えのある声に、おれはさっと辺りを見渡した。

 凛とした、どこにいても聞きとれる声。

 教室で、体育館で、校庭で、朝礼で全校集会で体育祭で文化祭で球技大会で臨海学校で……二人で並んで、いつも隣で聞いていた、その声。


「シュート……!」


 蜃気楼のように、どこからともなく現れたシュートが、参道の方からゆったりとした足取りで歩いてくる。


 ここで来る、かよ。

 最ッ悪のタイミングだな。


 さて、シュートを倒さず、抑えつつ、ヨシュアのところまで辿り着く?

 センター二次試験で満点を取るより難問じゃねぇのか?


「マヒロ。ははっ、久しぶり。元気にさ、してたかい?」

 シュートは大仰に両手を広げると、悠然とした笑みを浮かべた。マントともコートとも取れない裾の広がった黒い布が、風など吹いていないのに、はためく。

「おれさ、もう会いたくて会いたくて、おかしくなっちゃいそうだったよぉ……おっ!!」

 シュートの身体からカゲが吹き出し、あっという間にカゲの世界に引き込まれる。おれたち全員を飲み込むほどの巨大なカゲ。

 

 再び目を開けると、目の前に青白い刃を振りかざしたシュートが飛びかかってきていた。

 ― やられる?!


 が、紅蓮の炎を纏った鳥が間に割って来た。

「ジュンさん?!」

 さすが年の功、とか言ったらどんな拷問が待っているか分からないので喉元で留めたけど。

「私がくいとめるから。先、行きなさい」

 実体化させた円月輪を、クルクルと器用に指で回転させながらジュンさんは告げる。

「そんな」

「早くしなさい!」

 こちらに背中を向けた亜麻色の髪の乙女は猛り狂っているようなカゲ、シュートから視線を外さない。


「行きなさい。あなたにしかできない事、ようやく見つかったんだから。わき目なんか振らないで、必死にしがみついて、追いついて追い越して、そしてきっと、成し遂げて」


 サラが唇を噛み締めながらおれの肩に手を置く。

 カナメは既に走っている。

 ゴウジもだ。

 覚悟、してたのか、みんな。

 おれが言うまでもなく。

「ありがとうございます……ジュンさん」


 おれは走り出した。顔を歪めて。そして去り際、確かに聞いた。


「良いのよ……ヨシヤに、よろしくね?」


 優しい大人の女性の声を。


 おれは走った。

「守る」と言ったのに守られている自分に、どうしようもない怒りを覚えながら。


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