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飛べない鳥の唄  作者: ぴーくおっど
22/30

宇宙と無常と川端。

  ヨシュアとやらの刺客を退けたおれ達は、ようやっと京都に着いた。


  京都。

 古の都。平安京として延歴十三年に都として遷都され、その後明治二年に再び遷都されて江戸に都が移るまで、日本の都としてあり続けた、世界遺産が数多く残る、歴史と伝統ある街。


……だが、駅は宇宙基地である。

 なんじゃこりゃ。

 ドカァン、と吹き抜け型に作られた、超巨大なホーム。天井は大きくアーチ型に膨らんでおり広大な空間を演出。

 中央のホームから見える大階段はゴージャスな駅ビル、伊勢丹を通り越して屋上まで一直線に続いている。その大階段は一段残らずツルピカの石が組み合わさったかのごとく様相でホームを見降ろす格好でデン! と鎮座ましましており、いやぁマーベラス、そこから更に左右を見ればホームから楕円の球体で遥か上まで覆っているアーチ型のガラス張り天井が視界に入り、透明なガラスには灰色の鉄骨が幾重にも組み上げられ、何と言うか……何と言うか……宇宙基地みたいだ。


 かなり宇宙基地だよコレ!


 ……さて、冷静になって、大階段とは反対方向を向いて、少し階段を登って見れば踊り場あり、そこを直角に曲がればオープンルーフの空中通路あり。ぐわぁ死角が無いぜ。逆に言えば死角が多過ぎて分からなくなってるぜ。その階段の先には高級そうなホテルが駅に直結しており、えええ、結婚式場の様なチャペルっぽいのまで駅にくっついてるぜ。駅で一生を終えられるんじゃないか。下手をしたら。

 そこのテラスに身を持たせて空を見上げてみる。巨大な鉄骨に、透明なチューブ状の空中通路が見える。……なんだ、この空中通路包囲網は。

 ひゅー。

 アメェイジィング。

 ……あ。全然冷静じゃないや、おれ。


 やべぇ。こんだけ広い人工的な空間が目の前に広がったら、それだけで非日常を満喫、何かがおれの中でエウレカ! と叫び出しそうだ。何かが開きかけてる気がする。頭のてっぺん辺りが。


 はっきり言って、京都駅と言う名の人工物は、おれの想像を完全にビヨンドだ。ビョーン。

 なんつって。

 ……うわぁツマラなさに寒気がする。軽く死にたくすらなった。ごめんなさい神様、飢餓や戦争で生きたくても死んでいく子どもたちがいるのに、物資も人も豊かな国で死にたがっているガキがいます。本当にごめんなさい。


 それにしても、いやぁ京都駅は大変に近未来チックで素晴らしい。

 なんて無駄に広大な造りをしてるんだ。こりゃ、特撮番組とかで舞台にされまくっちゃいそうじゃないか。ここを舞台に……コロッセオにして、何千人もの選ばれし騎士たちによるバトルロワイヤルなんていかかでしょう。いかかでしょうか東映様。

 おれの脳内では、主人公が一直線に河原やらデジタル文字が浮かんだ空間やら長すぎる階段やらを駆けていくオープニングまで即、浮かびましたが。くうぅドリーミィ。


 ……はっ。

 おれが阿呆な感想を頭で広げて軽くトリップ、妄想をオーバードライブさせている合間に…ゴウジがいない。おれが脳内妄想的に猪突猛進だとしたら、体力的に猪突猛進バカなあいつは、どこに行った?


 ……あ、いた。大階段をダッシュで駆け上がってる。

 間違いなく京都駅の名物の一つであろう大階段、しかしその階段を使う脳筋はアイツだけだ。他の利用客は、大人しく、かつ普通に横のエスカレーターを使っている。


 ……がっかり、うんざり、げんなり。

 リが三つ。ブルースリーだよ。

 あれ? それだと三つなのは青じゃんか。

 やれやれ。おれも阿呆が移ったらしい。

 うわ。もう階段を昇り切ったぞアイツ。何だよ、あの盛大に無駄な脚力は。

 ていうか、今は別にその脚力、披露しどきじゃねぇよ……あぁ……恥ずかしいから、こっちに大きく手を振らないでくれ。関係ない人の振りするぞコラ。

 おれは懸命にエスカレーターを使って、スローペースにゴウジの後を追った。


 

 京都駅の屋上は、ちょっとした公園くらいの広さがあった。

 中央付近は芝生が植えられ、その周辺に細い竹がポイントマーカーのようにいくつも配置されていた。

 竹の下にはベンチがいくつも並べられ、今、平日の昼間は疲れたサラリーマンが空を見上げて唖然としているか、学生カップルが肩を寄せ合ってチュッチュしているか、お婆さんが魔法瓶に入れて持ってきたお茶を静かにすすっているか、していた。

 せわしない巨大なターミナル駅の中にポツンと設けられた、時の止まった場所。


 屋上の周囲は、少し色の入ったガラス壁で覆われ、吹きっ晒しではないし、ガラスだから遠くまで見渡せる。北の方には比叡山なんかの峰が雄々しく見えている。北の方は山に囲まれているけれど、都市部のほぼ全てが見渡せる。

 ヒュオオオルルル。山からまっしぐらに下りてくる冷たい風が、音を立てて耳に入って来る。陽が当っているし、完全な吹きっ晒しではないとはいえ、やはり寒い。

 が。ここからなら、京都が一望できる。

 都会的なビルディングと、伝統ある巨大な神社仏閣。そして都合良く展望写真の案内があり、それによると北東にあるのは市内を貫く巨大な鴨川、北に見えるは比叡山。


 ……これが、京都か。

 ポケットの中の、ガラスのおはじきをぎゅ、と握り締める。

 ……来たよ。キノ。カイさん。ここまで、来たんですよ。

 すぅ、と一つ大きく息を吸う。冷たく澄んだ空気が、肺の隅々まで入って行く。身体じゅうの神経が、冷たさにキリリと研ぎ澄まされていくみたいだ。

 ゴウジはガラス壁に張り付くように屹立し、何やら彼方を睨みつけている。スタスタと近づいて横に立つ。


「遂に……」ゴウジが感極まった、と言うような声を上げた。「来たんじゃな、おれら」

「ああ、そう……だな」おんなじこと、おれも考えてたよ。

「なんじゃおんどりゃ、やる気のない声!」

「いや」そうじゃない。ゆっくりと首を振って答える。ポケットのおはじきの表面を指の腹で撫でる。

「そんなこと、ないよ。もう……多過ぎる人が、死んだ。死ぬ理由なんかこれっぽっちも無い人達ばかりが。だから……こんなこと……止めなきゃ。たとえ一時しのぎであろうと」

「そうじゃの! おれらは平和の使者じゃ!」

「それも多分……違うよ、ゴウジ」そう。たぶん、違う。ずっと考えていたことだ。

「なあん?!」 

「平和のために闘うって、おかしいんだよ、たぶん。力で力を抑えつけたら、結局生まれるのは、抑え込まれた側からの反発だ。だから、きっとおれ達は平和の使者なんかじゃないんだ。たぶん……」そこまで言って、おれは口をつぐんでしまう。たぶん、本当の事は、言葉では表せないんだ。おれの言の葉には、茎や、幹や、根が無い。


 十六歳のおれには、そこまでを語る資格が……無い。そう思えてしまう。

 今まではそんなこと、考えもしなかった。おれの知ってる全てが、世の中の全部だと思っていた。でも、それはたぶん……違うんだ。


「……」


 あれ? ゴウジも黙ったまま、睨むように京都の街並みを見つめている。てっきり即答で罵られると思っていたおれは、少し拍子抜けしてゴウジを見た。

「わかっちょる」

 風の音にかき消されてしまうような、ゴウジらしくない小声で、そう呟いた。

「わかっちょるんじゃ。おれ達に、そんな大袈裟な事はできん、それはな。しかしな、おれにはそれしかできん」

 そう言っておれの方を向いた。穏やかで、冷静な、覚悟を決めた眼をしていた。

「マヒロ、おれは、おんどれのように圧倒的なカゲや、どんな時でも冷静にモノを考える頭を持っておらん。ヨシヤのようにあらゆる事物に通じてもおらん。ジュンやサラのように器用なマネもできん。カナメのように真っ直ぐ貫く想いも無い。なんもない。ガタイが少し良いだけじゃ」言って、ゴウジはほんの僅か、口を歪めた。

「だが、それで何が出来るんじゃ? ちょっと腕力があったくらいじゃ、プロレスラーも倒せん。そんなんで何が出来る? はっは、何も出来やせん。頭が悪くて、理屈や御託を並べる事も出来ん。じゃけども」そこで角ばった顎と唇をギュッと結んだ。

「それだからって、黙ってる事もおれには出来ん。打たれると分かっていても直球を投げることしか出来ん。じゃが、打たれるその球を、もうエエわと適当に投げるか、全力で投げるかを決めることは出来る。それだけじゃ」

 そう言って、諦めたように少し、笑った。


「笑うがええ、こんな阿呆なおれを」

 

 ……こいつは。

 こいつは。こいつはこれだから困るんだ。

 ただの脳筋と見せかけて、言葉の端々に良いやつ、しかも悲しいことを背負った匂いを、嗅ぐわせてきやがるんだ。

 ……ったくよぉ。


「ダブルチョォップ!」ベチ、と両手で勢いよく、額を叩いた。

「ごぶべ?!」目をパチクリさせたゴウジが詰め寄って来る。「何すんじゃおんどりゃ!!」

「腑抜けたお前には、おれが渇を入れてやる! って、言ってたのは誰だっけ?」

「ぬが。し、しかし今のは空気を……」

「元祖空気クラッシャーのお前に言われたきゃ、ないね。安心しろよゴウジ、そんななぁ、何も持たないノーガード戦法なの、お前だけじゃねぇからさ」

「マヒロ……」

「おれだって、なにも大層なことなんてできやしない。おれだけが出来る事、なんてのもない。そんな特別な奴じゃないんだ。おれが出来る事を、やっと見つけたそれを、懸命にやるだけだ」

「おんどれ……?」

「あー。アホくせぇから聞き返すなよ」視線を切って遠方の山を見た。実に恥ずい。

「そうか……まぁ、ええわい」ゴウジも柄にもなく照れて視線を逸らした。

 珍しく、おれ達の間には沈黙が流れた。

 でも、居心地が悪い様なものでは無かった。


「ってっかさ、こっから見たらどの辺なんだ?」ふいに、ここまで来た目的を思い出したおれは尋ねた。

「何がじゃ?」

「いや、目的地。『ヨシュア』がいるところ、お前が雑誌で見つけたところ、さ」

「おお、よっしゃ。あの雑誌、もっぺん出せや」クイックイッと手で示すゴウジ。


「……は?」二度見ならぬ二度聞き。

「出せや、あの雑誌。もっかい探ってみたるで」

「……も、持ってないんだけど」

「はぁぁ?! アホか己は?!」

「えっあっ嘘っマジかよ」おれは激しく狼狽した。「ってっか、だって、お前の変な探知能力で分かるんじゃなかったの?!」

「モノに宿ったカゲを探る、言うたろ! 手品師じゃあるまいし、感知なんぞできんわ! 雑誌が無いと、探りようがないわ!」


 ぴー、ひょろろろ……。

 上空でトンビが鳴いていた。


 ……この期に及んで、凡ミス? しかも命取りの。

 おれはヨロヨロと壁にもたれかかった。

 ゴウジは両手で頭を掻き毟っている。

 

 ごぉぉぉん。

 祇園精舎の鐘が鳴り。

 京都で迷う、馬鹿が二匹。

 いや、迷った、ですね。確定事項ですから過去形で話さねば。日本語は難しいですね。アイ、ケイム、フロム、カントー。ははは。

 あはははは。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 途方に暮れまくったおれたちは、京都は川端通りを越え、静かに流れる高瀬川を渡った先、滔々と水の流れる鴨川のほとりに降りた。

 頭の中がハッピィエンドな馬鹿野郎二匹が黄昏るには、うってつけの場所だった。

 ……ハズだったのに。

 この時期、鴨川の周辺は修学旅行生が割と多かった。

 ……のは、いいんだ、別に。普通だよ。

 あの。一つ、疑問を呈してもよろしいでしょうか。

 なぜにカップルが多いのだ?

 なぜに君らは旅行先でキャッキャウフフしているのだ。

 風紀委員はどこに行った。

 生活指導教員はどこに行った。

 ここは京都なるぞ。神社仏閣、数知れず。神聖な御釈迦様の見ている前で、己の煩悩を払うどころか増大させるとは、何たる不埒者。

 天誅!


 ……なんて、心の中でだけ声高なおれの叫びはどこ吹く風、健全なる高校生or中学生は未踏の地に踏み入った瞬間、何かのスイッチが入ったかのごとく己の欲望を開花させ、カップル増大。

 寒波の六甲おろし吹きすさぶ川面なぞどこ知れず、いや、と言うかその寒さのせいで、むしろ

「寒いー」

「こっち来いよ」

「……あっ」

 ……なんて、思わず呪いたくなる様な三連コンボを完成させて手を絡ませ、或いは肩を組み、と言った輩が続出。ほっくほっくのカップル様達が、鴨川に溢れていた。

 

 その渦中に、ニンニク臭く、おまけに枯れ果てた野郎の二人組。

 正直、しんどい。

 新幹線でゴウジが延々歌ってた昭和歌謡でも歌いながら河川敷を爆走したい気分だった。

 冒頭から「ぱーぱぱっぱーぱぱっぱー」とスキャットする、良い意味で、どうかしてるような歌を、だ。


 ぱーぱぱっぱーぱらーぱららららー。

 頭の中がそんな感じ。

 だいたいいつもそんな感じ。


 ……にがじょっぱい。


 そんな見ていると苦々しい景色、衛星軌道上からレーザーで薙ぎ払いたくなる景色を、飢えた狼の様な視線で見つめていると、何かが視界にロックオンされた。

 この、喩えて言うなら、何か新しい知識を得たことで、見慣れた景色が名前と言う意味を持ち出して、初めて視界にピントが入って、はっきり見えたような感覚。


 そうだ。おれはカップル集団の中に、影法師を見つけたのだ。


 中高生の若いカップル集団の中に一組、明らかにアダルティな二人。

 河川敷の上、柵の付いた歩道の端に、金髪ポニーテールの白タキシード。

 何度もおれに襲いかかって来た、あのガチゲイが、見知らぬ女性の腰に手を回して歩いていた。


 ……ええええ?!

 なんじゃいそりゃ。

 なんですかソレは。

 ていうか誰ですかソレは。

 突っ込みどころが多過ぎてクラッと来た。

 おれの横で、おれと同じか、それ以上にフキゲンな顔をしていたゴウジを置いて、おれは駈け出す。

 カイさんの白虎を吸収してから、また走れるようになった、悲しいこの脚で。

「ぬぁ?!」とか、声にならない声を上げたゴウジを尻目に、駆ける。人ごみを避けるようにジグザグ、つま先に体重をかけ、体重移動を滅茶苦茶に繰り返して、秋口のサケが河を遡上するように、人の流れの中を突っ走る。



「おやおや……何と、これは。奇遇だな。少年」


 意外な場所で、意外な場面で出会ったはずのおれを前にしても、金髪はなぜか、平生だった。

 横に立つ女性、落ち着いた色の茶髪をふわっと緩いパーマにして、肩の前のあたりに流し、白いニットセーターの上に、クリーム色のコートを羽織っている、いかにも落ち着いた大人の女性が、息せき切って駆けつけた見知らぬ少年、おれを前にして、明らかに戸惑った顔色になっていても、ガチゲイは動じない。

 おれは何か言おうとして、言えない。

 予想に反して、全く冷静な相手に面食らったのも事実だ。『この地で会えるとは……まさしく運命の相手だ!』みたいなことを叫ぶと想定していたから。

 言いたい事が山のように積み重なりすぎて、何から言ったらいいのやらで、やっぱり言葉が出てこない。

 そんな様子を見て取ったのか、金髪が先に口を開いた。


「ふむ。雪菜、すまない……この少年とは少し縁ある身なのだ。少し席を外してくれるか?」

 傍らに立つ女性にそう声をかけ、一瞬不安げな表情をした相手に優しく微笑みかけると、おもむろにキスをして相手を送り出した。

「あとで私の部屋に来てくれ。すまない」紳士的に、そう言って。

 女性は、丁度向き合うように立っていたおれに、軽く頭を下げるとそのまま小走りで去っていった。


 ……何だ、この大人の関係。

 えっ?! 何でこんなに冷静なの?!

 えっこいつガチゲイなのに、世界ではそれがオールオッケーなの?!

 ……バカな。

 何か、自分がとんでもない間違いをしている気分になってきた。て言うか間違いだったんじゃないのか?

 いやいや違う。ちゃうねん。正々堂々と振舞われただけだ。それだけで揺らぐなよ、おれの価値観。

 おれはなけなしの知恵をフル動員して、脳内メモリを最大稼働、何とか言葉をひねくり出そうとした。


「どうした、少年。私に何か用があったのではないか? 良ければそこの喫茶店にでも入らないか? 外で語り合うにはあまりに寒すぎる。そう思わないか?」

「あ、あんた」干からびた喉から不協和音の様な声がやっと出た。

「あんた、影法師……だろ」

「そうだが?」金髪は全く意に介さないと言った感じで涼しい顔をしている。涼しい。寒いのに。

「あ、あんた、ゲイ……なんじゃ、なかったのか? おれに変な事……言ってたじゃないか」

「もちろんだ。私の運命の相手……それは少年、君を置いて並び立つものなどいるはずが無い!」

 顔色一つ変えず、こっ恥ずかしい台詞を叫んだ。側を通り過ぎた女子高生が奇異な目でおれ達を見ている。冤罪です。おれは。

「だったらさっきの女の人は何だよ?! 妹か、友だちとでも言うつもりか?!」

 ……ちょっと待て、なんでおれ、男同士でこんな痴情のもつれみたいな会話してんだ?

「いや。付き合っている。同棲もしている。そういう関係だ。別に、誰に隠しだてするつもりもない」

「なっ……」

 おれはまたしても言葉を失った。どうしてこいつはこんなことを平然とした顔で言い放てるんだ? 全自動ポーカーフェイス生成マシーンでも内蔵してるのか?

「もちろん、君が相手をしてくれるというのであれば……すぐにでも別れるつもりだが?」

「あんた何言ってんだ?!」 ダメだ。こいつは言動も行動も、存在そのものがおれの理解を超えすぎている。ビヨンド過ぎる。意識が虹の彼方まで行ってしまいそうだ。

「そもそも、おかしいだろ、どうして、そんな平然と、男が男を好きだなんて言えるんだ?」

「甘いな少年! 恋愛に性別など関係ないっ!」

「いや、ありまくりだろ!?」

 『ストップ! ひばりくん』の頃から、いや『はいからさんが通る』の頃からそうだっつの!

「君は、世界中の同性愛者や、性同一性障害者を敵に回す気か?」

「違う!」

 くそっ。こいつのペースに乗せられちゃダメだ。

「それが、仕方なくってんなら……仕方ないさ。でも、あんたは違う! あんたは、それをまるで武器のように都合よく振りかざしてる。どうして、どうして簡単に恋人と別れるとか、言っちゃえるんだよ? どうして平気な顔して、普通の人と付き合ってるんだよ? 影法師じゃないか。人間であることを自分からやめたのに、都合のいい時だけ人間のふりをして……おかしいよ!」


 おれはそこまで言って、往来がふと気になった。

 残念な話を、残念な奴がしていて、周囲から奇異なものを見る視線で囲まれてやしないかと思った。が、そんな事は無かった。どこかで一瞥くれていたり、多少はあったのかもしれないが、周囲の恋人達は、おおむね二人の世界に入っていて、おれたちに関心を向けるのは、全くいなかった。

 ……それもまた、少し悲しい気がした。


「おかしい、か」

 金髪は細く尖った顎のあたりを撫でながら、そう呟いた。

「少年。君は正解を探し過ぎているな」

「はぁ?!」

 金髪の口から発された言葉に、おれは軽くキレかかった。

「あの時にこうしていれば、という理想に常に引きずられているのではないか? 間違いをしたくないと思っているのではないか? だが、それが間違いだ。正しい意見がいつでも通る世界など、どこにも存在しない」


 その言葉に、おれは少なからず混乱した。

 コイツハ、ナニヲイッテイルノダ?


「人間は誰かを見下し、嘘をつき、他人を騙し、傷つけ、自分を蔑む。好きでもない相手と寝たり、キスをする。深くも考えずにな。君は私をおかしいといったが、ならば、この世の人間全てが、どこかしらおかしい。そういう事になるのではないか?」


 ガッ。

 衝動的に、おれは歩道の鉄柵を殴りつけていた。

「ちげぇよ」

 衝撃を受けた鉄パイプは低い音を僅かに上げて揺れ、おれの拳に痛みが走る。

「全然、ちげぇ。あんたは……あんたは、間違ってる」

「ほう。ならば、どうする? 私を倒すか? だとしたら、ずいぶんと簡単な道を進むのだな、少年。自分と異なる意見を持つ者を排していけば、後に残るのは、君が認める物だけの、君が認めるものしかいない世界だ!」

「俺が……認めるだけの……世界……?」


 川端の道を、風は休むことなく吹き抜けていく。修学旅行中の女子高生たちが、短すぎるスカートを押さえて歩いて行く。別に誰も見ちゃいないのに。でも、男の視線がある無しに関わらず、そういう格好をしないと、女の子の社会でナメられるんだよな。ジュンさんが言ってた。そんなことを思い出しながら、痛みが引かない拳を、もう片方の手で押さえる。


「……そうかも、知んねぇ。でも、おれもそんな薄気味悪い世界は嫌いだ。だからといって、あんたが正しいとは全然思えない。アンタは自分の歪みに甘えている。おかしさを、おかしさのままでいいと。それは違う。完全に正しく、なんて風にはなれやしないけど、歪んだままで良い、なんて事には、ならない。それにおれは、あんたを放っておいて、あんたがたくさんの女の人を泣かせるのを、黙って見ていられるほど我慢強くない」こめかみのあたり、熱いものが流れるのを感じる。


「……だから、だからさぁっ……!」

 ポケットのカゲを取り出す。


「待ちたまえ」

「はぁ?!」身体がガクっ、と、つんのめった。

「待て、と言っている。少年。君がわざわざ、この地に来た理由は察しがつく。討ちに来たのであろう、ヨシュアを」

「あ」

 びく、と身体が止まった。

「ふふふ。良い反応だ。嬉しいぞ。だが、今は受けるわけにはいかん。君とて、本懐を遂げる前に万一の事故があっては……困るのではないか?」

「何が……言いたい?」

「伏見稲荷神社」

「はぁ?」……何か今日のおれ、この言葉を出すの、多くない?

「良いか。ヨシュアはそこにいる。カゲの世界をこじ開けようと目論んで、な。住所は京都府京都市伏見区深草藪之内町68だ」いや、神社の住所言われてもな。

 あっ。

 それだけ言うと金髪はくるりと踵を返した。


「止めたければ、急ぐと良い。彼は本気だ。放っておけば、この世の理がひっくり返る。決して君たちが望まない方向にな。だから、行くがいい」

 そう言うと男は胸からメモ帳を取り出し、住所を書きつけ、紙飛行機を折り、おれに投げて寄こした。一連の動作は、手早かった。

「私との決着は、その後が良かろう。何、心配せずともまた会えるさ。私と君は運命の糸で結ばれている……それも赤いのでな!」

 親指をクイクイといやらしく動かすと、ガチゲイはあっという間に、人ごみの中に消えて行ってしまった。

 ……後には、唖然と立ち尽くすしかなかった、阿呆なおれだけが残った。


……伏見稲荷神社。

 そこに、影法師のラスボスがいる。


 どこかで、カラスの鳴く、低い涸れた声が聞こえた。


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