昭和歌謡と超特急。
― 長いトンネルを抜けると、熱海であった。
……いやいやいや。
そんな小説、川端康成は書いていない。
っていうか誰も書いてない。
おれとゴウジが乗り込んだ新幹線こだまは各駅停車なので、小田原の次に熱海に止まる。その間に長いトンネルがあった。そういうことだ。
今回の京都行きで、各駅停車の新幹線というモノに初めて乗った。
そもそも、新幹線に各駅停車があるなんて事も、新幹線が止まる駅がこんなにたくさんあるだなんてことも、トンネルに入る度に景色ががらりと変わる、なんて当たり前の事も、初めて知った。
世の中は知らないことだらけだ。
面白い事もあれば、つまらない事も、くだらない事も辛い事も理不尽な事もあるだろう。
面白いのもつまらないのも、全部くっついてるのが、世の中なんだ。きっと。
次々と移り変わって行く景色を見ていたら、ふとそんなセンチメンタルな気持ちになった。
が。
「うぉぉお~お~おおおお~♪」
……。
さっきからおれの横の席で、ゴウジがバカでかい声でコブシの効きすぎた昭和歌謡を延々繰り返し、リピート掛け過ぎだよオイ、ってくらい歌いまくっているので、おれの脳内にも、古き良き時代の歌詞と曲調がフジツボのようにこびりついてしまった。
なんで京都に向かう新幹線の中で、酔ったおっさんがパブで歌う様な昭和歌謡を、とびきりのダミ声で、プレイリストリピートでエンドレスに聞かされなきゃならないんだ。
何の因果でこうなった。
どうやら因果ってのは様々な運命が絡み合って生まれるらしいが、おれの因果は真夏の道路で干からびて死んでいるミミズのような形をしているに違いない。
しかし、なんか、昔の歌って、聞いてると……泣けてくるな。
いや、感動して、ってんじゃなくてさ。
特に子供向けの唄が凄いね。
なんでヒーローの名をひたすら連呼するんだとか、そういうたくさんの突っ込みが続々と頭に浮かんでくるんだけど、それでもなんか、こう、アップテンポのノリノリトランペットとか聞いてると……突っ込んだら負けだ、って雰囲気が、ザックザック……して来てさ。
歪んだ方向に、やる気出るな!っていうかさ。
出だしにいきなり「ゴゴッゴー!」なんて叫ばれてもさ。どうして良いか分からなくなりすぎて、明後日の方向に走り出したくなるね。うん。
「……そろそろ、勘弁してもらっても良いですか?」
おれは横にいるおれを意にも介さず、今度は延々と昭和の子ども向けソングをコブシを効かせに効かせて歌い続けていたゴウジに話しかけた。ほとんど願った。
「うぉっぅううぉっう、ゼロッワン!」
嗚呼、絶好調。
全く聞こえていないらしい。
「ゴウジ!」
「ん、どげした、マヒロ?」涼しい顔ですね。
「……いや、新幹線の車内で歌うって……周りの人に迷惑、だろ?」
なるべくオブラートに包んで、ショックアブソーバーをガンガンに効かせて言葉を選ぶ。
「はぁん? 何いっとるんだおんどりゃ? 誰も乗っとりゃせんがな! おんどれの眼ェ、ガラス玉か?」
確かにそうだった。平日の昼間、新幹線こだまは、自由席といえどガラガラだった。
「や、今はそうだけど、人が途中で乗って来るとか……」
「なぁに、こまけぇこたぁ気にすんな! むしろ俺の美声を聞けてラッキーと思うわ!」
「……でもほら、お前もさ、そんな、今から全力で飛ばしてたら、京都着く前にくたびれちゃうだろ?」
「むっはー! 気遣い無用! 今こそ鍛え上げた無限のスタミナと、俺の漢を見せちゃる!」
……ぶちぃっ。俺の中で何かが切れた。
堪忍袋の緒か、血管が。
「あぁぁ。もぉぉお…」大きく息を吸った。
「じゃぁストレートに言ってやるよ! うるせぇの! 疲れんの! お前のそのテンション! なに、お前車内で誰からもノーサンクスなリサイタル開いちゃってんの? しかも超弩級に下手だし! アレか、お前ジャイアン目指してんのか? お前のモノは俺のモノか? 殺人音波でも出せるようになりたいのか? 誰得だ! ああもう、ホントに死んだらどーすんだよ。お前の殺人音波で死んじゃうだろおれ! 京都着く前に! そんなんで誰も死にたくねェっつの! っていうかアレだぞ、おれ死んだら絶対化けて出るかんな、下手すりゃゾンビみたいな状態で出てくるかんな。怖いぞお前、怖いしキモいぞ、もう何オハザードだか分かんない状態で出て来るからな!!」
……あー、言ったった。慣れない叫び声をあげて、喉が痛い。
ゴウジは眼を、ビー玉のようにクリクリとしている。
……なんだ、今のおれの、この不思議な満足感は。
あ、そうか。おれ、今まで、頭だかお腹に詰め込んだ、たくさんの言いたい言葉をこんなにまでストレートにさらけ出した事、無かった。
喋ることと、伝えることは別物だって、ずっとずっと思ってきたから、こんなこと、初めてなんだ。
だから、間違った事をしちゃったんじゃ、ないのか? 言いたい事だけ言って、何も伝わらないんじゃ、意味が、無い。
ゴウジは眼を見開いている。
……まるっきり感動している。
え?
何に?
「マヒロ……」俯いたマッチョにガシ、と両肩を摑まれた。
「お前は……お前は……」
何やら声が震えている。
「素晴らしい決意じゃ!」
……はぁ?
「死んでも影法師を討つ……そこまでの覚悟があったんか! いや、見上げたもんじゃ! よし! こうなりゃワシも協力は惜しまん! 免許皆伝! 見上げた男じゃ! 新月マヒロ!」
伝えたかったことは何一つ伝わっていなかったと確信したおれは、モウイイヤ、と思い、横で勝手に納得してフンフン頷いているゴウジを尻目に、フテ寝を決め込んだ。
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……プシュウゥゥ……。
どれくらい経ったのか、乗降口の扉が開く音で、ふて寝から目覚める。各駅停車の新幹線は、飽きることなく次の駅へと止まる。律義だね。さっきから誰も乗ってこないし、少しくらい飛ばしちゃってもいいんじゃないの? 日暮里と西日暮里って間いらなくねぇ? ぐらいの。あーあ。
などと自分勝手な想像をしていたら、この豊橋駅で、久々に乗客が乗り込んできた。珍しいね。
っていうか……出で立ちも珍しいな?
シュイン、と自動扉が開き、前の入り口から車両に乗り込んできた三人組の乗客は、全身が黒ずくめだった。
黒いコートに黒いカーゴパンツ。黒いネックウォーマーに黒いベースボールキャップに黒い革靴。
……黒い三連星? ガイアと、マッシュと……鈴木尚だっけ。
違う、それ、横浜のマシンガン打線。
……しかし、酷い服装だ。ピーコにファッションチェックをお願いしたら、凄まじい酷評をされそうな組み合わせ。
おれはあまりに訝しげな格好と、三人が発するただならぬ侠気に、思わず身構えた。
まだ、ゴウジはおれの横で高鼾をかいて寝ている。
三人組はツツツと歩いてくると、やはり俺たちの座席のところでヒタ、止まった。
「君たち、ぺんぎんず、なんだな」
ぬぼぉっとした声で話しかけてきた。三人組のうち、先頭の黒子A。
「ぺんぎんずだろ、と言いたい」
ドスの効いた低音ボイス、真ん中の黒子B。
「おいらたち、知ってるよ」
プロパンガスでも吸ったかの如き甲高い声、最後尾の黒子C。
……何だ、こいつら。まるきり違う口調で、でも畳み掛けるように言葉を発した。ネックウォーマーに隠された顔は、それぞれ目しか見えない。
「どなた、ですか……?」
がた、と席を立ちあがる。どう考えたって良い予感はしない。立ち上がり際に肩を揺すってゴウジを起こす。ふが、という不格好な声を上げ、ゴウジは眼を覚ます。
「来たんだな、京都に。向かおうとしてるんだな」A。
「しかし好事魔多し、と言いたい」B。何が好事だ。
「おいらたちにね、気づかれちゃったしね」C。
「あんたら……」ポケットで携帯が鳴っている。アラーム、遅い。こんな時に限って。ゴウジも覚醒するや、身構えた。
「ぼくら、京都からの刺客、なんだな」帽子をかぶり直すA。
「我ら、蟷螂三人衆と言いたい」ネックウォーマーを上げるB。
「蟷螂の学名はね、マンティスね」何もしないC。
……下手なマトリョーシカかよ。
ていうか、刺客にしちゃ目立ち過ぎ。刺客、失格。
じゃなくて。
目の前に暗黒の渦が広がる。
「来い、ソウルオーガ!」
「玄武、今がその時じゃ!」
変、身。
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― ギャン!
カゲの世界に飛び込んだ瞬間、黒光りする鎌が目の前を一閃した。
瞬時、しかし虎徹で受けた。
疾い。
刹那、寒気がして距離をとる。
― シバッ!
二本目の鎌が頭上から降ろされている。
……ドッ! 後ろに跳んだおれは壁に詰まった。やば、これ以上は避けきれない……!
その状態に、三本目が飛びかかって来る。
……っ、まずった。
― ドゥッ!
三本目の鎌が、横っ跳びに吹っ飛んだ。
「玄武ぅ、超級弾んんっ! しっかと味わえぃ!」
そう叫びながら、実際はただのタックルをかましたゴウジは、上半身を玄武のカゲ、陰鉄甲で覆っている。
「おんどれら、俺らに手ェ出したからにゃぁ、楽に死ねると……思うなや?」ぐふふ、と笑って見栄を切る。うわぁ……ノリノリだ……。
「や、やるんだな」先頭に立つA。
「我らの三本槍を捌くとは」Aの後ろに立つB。
「槍じゃないけどね。鎌だけどね」自分で言うなよ。二人の後ろから、C。
「仕方ないんだな」
「ご覧に入れよう、我らが秘技」
「見せるってね、ルックって言うね」
三人は一列を乱さぬまま、ザッと車両の最前列まで移動した。
……あの。Cは喋らなくて……良いんじゃないかな。
距離を取ると、三人組はどこかのダンスグループのように、腰を渦状に動かし始めた。
ぐるぐるぐるぐる……。
……な、なんて珍妙な光景なんだ。
ダメだ、笑いたい。けど。
三人が起こした渦から、大量の瘴気が沸き上がり、三人を繭のように包んだ後、弾けた。
黒いコートが変貌、人間大のカマキリが三匹、腰の動きで渦を描いている。
うわぁ。エグイ。さっきまでの珍妙さに、エグさが加わってるぞ。
だけど。
……来る。
「下がれ、ゴウジ!!」叫んだおれは、低い体勢になって三人組が作る不様な竜巻に突っ込む。
が。
三つの黒いカゲが三方に跳んだ。白黒の車体を突き破り、外へと消えた。
……バカな。ここ、新幹線だぞ? 唖然としたが、ゴウジはヤツらが天井に開けた穴から、決然と外へと飛び出して行った。
……もっとバカな。
頭を抱えつつも、大慌てで後を追い、新幹線の天井に這い上がると、時速270KMが起こす凄まじい風圧の中、ゴウジが三方向から切り刻まれていた。
「ゴウジィッ!!」
色彩を奪われ、雪に覆われたかのように真っ白の田園風景の中、カマキリのカゲは凄まじい速度で走る車両の周りを、障子紙の様な翅を使って車両と同じか、或いはそれ以上の速度で旋回し、規則的にゴウジに斬りつけている。
ゴウジは陰鉄甲でスッポリと身を覆い、上下左右から切り刻んでくる鎌を何とか防いではいるが、ガードの上からでもおかまいなく突撃してくる三体のカマキリに風見鶏のように翻弄されている。
「逃れられないんだな」
「これぞ我らが秘儀、螺旋嵐、と言いたいっ!」
「おいら達、無敵ぃ」
……今、鋭い一撃が、ゴウジのガードを遂に割った。
「くそっ!」
虎徹を逆手に構え、暴風雨の様な渦の中心に突っ込み、鎌を抑える。
― ギャキ! 金属音、火花が散る。間一髪、抑えた!
すかさず、抑えた相手に蹴りを入れる。
ドカッ! 昆虫特有の軟い腹に、渾身の蹴撃を喰らったカマキリが弾け飛んだ。
旋回を続けていた、残りの二匹の複眼がおれを捉える。
「よえぇよ、お前ら! 何が無敵だ!」
挑発の言葉を叫んで走り出す。車両の先頭まで。背後に羽音。三匹分。よし。狙いをおれに向けさせる事は、成功した。
こだまの先頭、丸っこい先端が見える。
はは。ここなら、追い込んだって思うだろ? お前ら。
そして振り返る。三匹の黒いカマキリが螺旋を描いて旋回している。
やはり、襲いかかるタイミングを計っている。あの攻撃は、三人でタイミングを合わせる必要があるはずだ。
おれは虎徹を構え、集中する。青白い光が立ち昇る。
超特急が走る轟音に紛れ、シャシャシャシャシャシャ……翅が空気を斬る音が聞こえる。
そして、その時が来る。
右に飛んでいたヤツが一直線に突っ込んで来た……のはフェイントで、本命、上空のヤツがおれの視界の外から襲ってくる。
ああ……分かる、さ!
喰らってろ!
― ジャギィ!
おれがフェイントにひっかかったと思い込んだ敵は、思いっきりおれの懐まで呼び込まれていた。
だから、斬り上げが凄まじいカウンターになり、カゲを両断、のみならず敵の自慢であったろう鎌をも、完全に破砕した。
……そう、戦いながら、おれは分かった。
新幹線よりも速く飛翔するカゲ。だがおれは、それを視界で捉え、それよりも速く、ソウルオーガは反応出来るようになっている、ということを。
斬撃を受けたカマキリは、真っ二つに裂かれ、ガラス細工のように全身にヒビが入ったかと思うと、黒曜石の様な破片に砕け、跡形もなく宙に消えていった。
その有様を目の当たりにして、一匹が、僅かだが怯んだのを、視界の端で捉えた。
……なぁ、知ってたか。
お前らみたいなヤツらの強さは、完全に統制のとれた連携。
そして、弱さは、連携ができなくなった時。
おれはカマキリ特有の三角形の顔を真っ直ぐに見据え、跳ぶ。
距離は一瞬で詰まる。
ヤツの両腕の鎌が開き、怒りが込められた十字の閃光が、鋭く奔る。
しかし空を切る。おれは喰らっていない。
直線に跳んだように見せて反転、上空へ。
さらに空中でもう一度反転し、更なる上空へ飛んでいる。
……そうだ。おれが狙ったのは、怯んでいなかった、もう一匹の方だ。
カマキリの複眼が、おれを驚きに満ちた視線で見つめた時、虎徹は既に二匹目を斬り裂いている。
斬りつけた反動で下へ跳び、再び車両の上に降り立つ。
最後のカマキリも突風の中、静かに新幹線の車上に舞い降りた。
「強いな、と言いたい」
静かに、だが強い感情が込められた口調だった。
欺かれた怒り、それよりも仲間を倒された、強い、強い怒りを感じる。背後のカゲが濃くなっていき、キリキリと三角形の首が回る。
「我が兄弟を二人、一瞬で斬り伏せたとは。幾多のカゲ使いを葬って来た、我が兄弟を、貴様は瞬く間に倒した」
両鎌を胸の前で抱えたアレは、威嚇のポーズか。
「ヨシュア様が警戒するわけだ、と言いたい」
……へぇ。てことは、おれ達の動向は何でか、そいつにバレてるってことだ。
「へぇ。おれ達を警戒? 強いのかな、その……よしゅあって?」
「語る為に来たのではない、と言いたい」
あっそ。……っち。
― ドギャ!
翅を広げ、最後の一匹が飛びかかって来る。
薙ぎ払ってくるのを、相手の懐に飛びこむようにスライディング。かわす。そのまま相手の背後まで突っ込む。
しかし速い、前髪が少し、斬られた。
振り返る。同時に振り返った相手と視線が合う。殺気を、憎悪を感じる。
……そうだ。おれは、アンタの兄弟を殺した……鬼だ。
上から、満身の力が込められた鎌が、振り下ろされる。虎徹で受ける。お互いの息がかかる距離に、顔がある。ギリリ、昆虫の首が憎々しげに鳴る。
ソウルオーガが、嗤う。闘いを、喜んで。
おれの力が、増していく。
虎徹を、相手の鎌を、右手のみで押さえる。そして、
渾身の左フックを、相手の鳩尾に。
ギィィ、呻いて怯んだ相手が、後ずさった。
……終わり、だ。
― シャキィ!
虎徹の一閃で、相手の首は宙に舞った。
残った胴体は、風に吹かれた砂柱の様にサラサラと消えて行った。
……ふぅ。
「ゴウジ、無事か?」
全部が終わった事を確認してから、ため息をつき、おれは尋ねた。
「無事じゃないわけあるか、アホ」唸るようにゴウジは答える。「大勝利やないけ、アホ」
……大勝利、ね。
おれは自分の拳を黙って見つめる。そうかも……知れない。
いや、確信に近いものは、ある。
「おんどれ、強く……ホンマに強く……なっとるぞ」
ゴウジの、感嘆し、痺れているような声が、モノトーンの世界に流れた。
でも。
おれは好きにはなれないよ。誰かを斬ったり殴ったりする行為も、感触も。
― ソウルオーガはまだ、嗤っていた。




