宇津保物語 ~A made tale~
「ところでメイドについて語りたいんだが」
「ところでじゃねぇよ」
教室で、前の席に座っているクラスメイトの五月一日衣桜路にツッコミを素早く入れた。
「聞けよ井宇屋。昨日姉貴がメイド服を着せられそうになっていたんだ」
「聞くよ五月一日衣」
伏せていた顔を、僕は素早く上げる。
「あの天然記念物がどうしたんだ」
「いや……昨日何故か秋葉に買い物に行ったんだ、姉貴と。そしたらよ、姉貴を見れば解るだろ? あまりにもなにもかも小さ」
「小さくないやーぃ!」
途中で子供の声が入った。
そこに立っていたのは同じクラスの女子生徒で、五月一日衣が語ろうとしていた少女。
彼の双子の姉・五月一日衣小雪だった。
通称・天然記念物。とか、小動物とか。小さいし。僕より推定30センチくらい下だぞ。
頭に付けてるリボンが凄い揺れてる。
妹よりも確実に小さいな。
「桜路はもぅ……酷いよ! そっちも背伸ばそうとして頑張っていろいろやってるの知ってるんだからぁ!」
「小雪よりは背あるしな!」
「男子としてはちっちゃいよ!」
うん。弟も小さいな。クラスで一番前だもんな。
というか……双子か……。
2人を見ていると、昨日のことを思い出すぜ。
「やっぱお前ら、平和の象徴だな……。昨日、大変だったんだぜ……」
「……あぁ、藍上さんとデートしたこと?」
…………。
……ん?
後ろから聞き慣れた声。
男子の声で、ゆったりとしていて、だがかなり意地悪そうな。
「なんですと? ――ひめやん?」
僕がそう言いながら後ろを振り向くと、まぁ、1人の男子学生がいた。
一見、落ち着いている雰囲気の、笑顔の少年。
ただ1つ不自然なのは、夏真っ盛りの今、彼は長袖の制服。
白雪姫也だった。
白雪姫なり、ってな。
そう思ってニヤリとした途端、鉄拳が来たので避けた。姫也が笑顔で飛ばしてた。
「だからさ、名前、変な風に呼ぶのやめてって言っただろ?」
超笑顔。
「うんごめん。マジごめん。……って、姫…也、今何と?」
「昨日、井宇屋が、藍上さんとデートしたことー」
…………。
あれー。
「井宇屋! それは本当か?!」
「ダッシュだね!」
兄が叫んで、天然記念物の姉が走っていった。藍上を探しに行ったんだろうけど、残念だったな。あいつは委員会中だナウ。………古っ。
「え、嘘だよ?」
「井宇屋は嘘をつかないだろ」
なんだその信頼。
「俺は、しっかり、見たよ。昨日、日曜、藍上さんと街歩いてた」
そうなんだよな。
本当は火曜に図書館へ共に行くはずだったのに、何故か日曜に共に出かけたんだよな。
なぜかな。
「デートではないです」
棒読みだった。
「目反らすなよ」
「じゃあさ、井宇屋。藍上さん、どんな服着てた? ネタにする」
「姫也は……藍上いじめるの好きだよな」
「人聞き悪いよ」
まぁ、藍上は反応が面白いからな。
僕は言う。
「じゃあ放課後に話してやろう」
「何でなんだよ井宇屋」
「時間なんだよ五月一日衣」
3人が教室の教卓の上の方にある時計を見上げると、昼休みが終わる40秒前、午後の授業が始まる40秒前だった。
「……って、おい!」
教室には誰もいなかったので、皆はもう移動していたようだ。天然記念物も、藍上もいない。
3人はすぐさま教室を駆けだした。
五月一日衣は、小さいのに足が速い。
姫也は僕の隣を颯爽と、笑顔で抜いていった。
僕はというと、歩きながら、今日放課後に話すことの発端場面を考えており、そして、先程の五月一日衣の言葉で思い出した、その日曜、藍上と待ち合わせをしているときに出会ったメイドさんについて、回想していた。
***
「お兄さん、おおきにありがとー。今日の人は優しいなぁ。うち、大概道が見つからんくて」
「あーいえいえ、めっそうもございません」
と、僕はその人に言う。
パッと見、というかどう見てもメイドさんだった。
膝まで隠れた濃紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに、同じく白いフリルの付いたカチューシャという基本の姿。しかも三つ編みだった。なんか大人っぽい。
おおぅ。
実は僕はかなり戸惑っている。
……京都弁。
……京都弁?
……京美人だ!
京メイドだ!
はんなり!
……落ち着け僕。
「申し遅れました~。うち、宇津保コトハいいます。コトハでえぇよ。以後、よろしゅう」
深々とお辞儀をする、コトハさん。おお、なんか京都って感じ。
「あぁ、僕は井宇屋と申します」
「ぃ……ぃぅ……難儀やなぁ。ゆーやんでも、えぇ?」
すとらーいくっ。
「どうぞ」
うわ。メイドさんと知り合いになっちゃった。ただ道案内しただけなのに。
ということで、その日、土曜日、藍上と待ち合わせしたところから少々離れたところに、僕とそのコトハさんは居た。
なんでも、買い物に来たは良いがまだ上京したばかりで慣れていないためか、リアルで迷っていたらしい。
僕は何故か1時間以上早く来てしまったので、時間的には大丈夫である。
「ゆーやん、お礼に、なんかおもろいお話したげる~」
と、にこにこしているコトハさん。
おもろい話ってなんですか!
「そんな、大層なことしてませんって」
何で僕敬語。微妙に京弁っ。
「すみません。失礼ですが、コトハさんは高校生ですか?」
「音大生やぇ」
大学生メイド!
な!
「なにか楽器をやっているんですか?」
「邦楽……お琴とかやな」
「凄いですね」
やばいぜ和むぜ。
京都弁可愛すぎる。
京都弁が。
「ほな、そろそろ、ごめんやす」
「?」
「うち、こちで買い物あるから」
あぁ、失礼しますっていう意味ね。
…………。
えぇー。
「ほんまありがとうな、ゆーやん。道案内してくれただけやけど、これあげる~」
と言って、コトハさんは持っていた、なんかメイドさんっぽいバッグから――1つのお守りを取り出した。日本式の普通のお守り。そこから、長く紐が伸びていて、首にかけるような形になっている。
「このお守り凄いんや~。あっちゅう間に心も身体も身軽んなんよ~。うちの幼馴染みのお墨付き~」
「へぇー……って、いいんですか……?」
「もらえるもんは、もらっとけ~」
「おおぅ……あ、ありがとうございます」
とりあえず胸ポケットに入れておこう。ん、中に何か入ってるな。なんだろうな。まあいいか。
「コトハさん、帰りは大丈夫なんですか?」
「帰りはな、上がってって、あこの丘を目指すさかい、ばっちりや!」
「本当ですか?」
からかってみた。
「うー、“言葉は言霊”って言いはるから――ばっちりや!」
両手をグッと握り、意気込むコトハさん。うん、応援したくなっちゃう。
「はあ、そうですか」
「まぁー、また会えるかは謎やねー。白檀が怒っとるー」
「誰ですか?」
「妖精や妖精っ。ふふっ、ほな、ゆーやん、おおきにー」
「あ……はーい……」
行っちゃった。
謎残して行っちゃった。
妖精?
……まぁまぁ。
……目の前にあるデパートの中に入って行っちゃった。店員さんもびっくりだな。
コトハさんか。不思議な――女性だったな。
あぁー……。
…………。
あ。
…………藍上ー!
僕は、先程1時間前には立っていた場所に、猛ダッシュした。
***
先程の、天然記念物のように。
む。
気がついたら僕は科学室にいた。
時計を見るため教室を覗く。
授業開始から10分ほど経過していた。
おおぅ。
僕はまた、猛ダッシュした。




