繰り返せばどうにかなると思ったら大間違いだ!
「ティナ様、おはようございます。お時間ですよ」
柔らかな声に呼び掛けられ、私は眠りから目を覚ました。
ポケーっとしながら手を伸ばすが……傍らにいるはずのウィルに手が触れない。
「ウィル……?」
先に起きてどこかに行ってしまったんだろうか。
薄情な……二人で迎えた初めての朝だと言うのに。
腹立ちまぎれにパン!とシーツを叩き、その手を天井に掲げてーー目を見開いた。
ちっさ?!
え、何この手、子どもの手みたいな??
周りに誰か子どもがいるのかと慌てて起き上がったが、誰もいなかった。
……待って、ここどこ?どこって言うか、実家?
え、実家?もう戻ってきたとか??
いや待て、確かに実家の私の部屋だが……なんか大きくない?
「うえ?」
咄嗟に発した声がやたら高くて、慌てて口を塞ぐ。
何これナニ、何が起きてる??
辺りを見回していると、視界の端に姿見があった。
慌てて駆け寄ろうとして、寝台の高さに驚いて、よたよた姿見の前に立つとーー小さな女の子がいた。
10歳よりは確実に下の、フワフワな金の髪を乱れさせ、桃色の目を大きく見開いている。
恐らく8歳の頃のーー私。
「なんじゃこりゃーーーー!!!」
大絶叫してしまった。
★★★
「ウィルーーー!」
「ティナ!」
涙ながらに駆け寄ると、同じく8歳の姿をしたウィルが抱き締めてくれる。
向こうも涙目である。
引き合わせた両家の親達は「こんなに仲良しだったのかしら……?」「なぜ二人とも感動の再会みたいな抱擁を??」と疑問を抱いてるようだが、そんなことは気にしない!
私達は文字通り、『感動の再会』を果たしているのだ。
……18歳で学園を卒業すると同時に籍を入れ、念願の式を挙げ、初夜も無事に済んだ!と思っていたのに、何故か夜が明けたら8歳の頃に戻っていた。
そりゃ泣いた。わんわん泣いた。
何が起きてるか分からず、ようやく結ばれた愛しの夫と引き離され、心細いなんてもんじゃない。
突然大泣きする娘に途方に暮れていた両親だが、私があまりに「ウィル、ウィルー」と泣くので、「ティナや、それはどこの誰なんだい?」と聞いてくれた。
そう聞かれるとちょっと落ち着いて、「……アレルファン伯爵家の、ウィルフレッド様」と答えた。
父も母もさらにハテナが浮かぶ。
それはそうだろう。アレルファン伯爵家はうちと真逆の西に領地を持つ名門で、付き合いは一切ないのだ。
私達が学園で知り合うまで、名をかろうじて知ってたくらい。
兎にも角にも手紙を送ってくれると言うので、少し安心した。
日々返事を待ってソワソワするーー間もなく、向こうから手紙が届いた。
どうやら同じタイミングで送り合ってたらしい。
『当家のウィルフレッドが、クリスティナ嬢にお会いしたいと願っております』とあり、ウィルだ!と確信した。
まだ不思議そうな親に必死になってお願いし、今日の再会に漕ぎ着けたのである。
「ウィル、ウィル〜、会いたかった〜!」
「ティナ、良かった、俺だけおかしくなったのかと……!」
ギリ子ども枠なので二人にしてもらい、言いたかったことを吐露し合った。
キスの落とし方は子どもではないけど、そこは大目に見てもらおう。
なんてったって、私達は新婚夫婦!だったのだから(涙)。
「ううぅ、式の翌日に過去に戻るなんてあんまりだ〜。あんなに頑張って式の用意したのに!」
「ティナ、ひとまず式は挙げられたんだから良しとしよう。それより俺は念願の朝チュンがお預けになったことが悔しい……これ、10年後まで待つんだよな?」
「……煩悩残ったまま子どもになるって、エグいね……」
ちょっと引いた。
「と言うかこれ、過去に戻った……てことでいいのよね?」
涙を拭いてもらいながら尋ねると、「たぶん」と言われた。
「俺達だけ戻ったのか、皆戻って俺達だけ記憶が残ってるのか分からないが。実家は覚えてた通りに変わらないし、他の誰も10年後のことを知らないのは確かだ」
「だよね……」
はぁ、とため息をついてしまう。
「……これ、誰の仕業?ウィル?」
疑いの目を向けると、憮然とされた。
「俺が戻す訳ないだろう?初夜だけじゃ満足出来ないし、戻したとしても10年も前には戻さん!いいとこ1年が限度だろう?!忍耐力が切れるぞ!」
「式は学園卒業後です〜、10年後までお待ちください〜」
「くそ!」
本気で悔しがるとか、子どもらしくないわー。
ふふ、とこんな時なのに笑ってしまった。
「ティナ?」
「気が抜けた。8歳のウィル、肖像画でしか見たことなかったけど可愛いね」
頭を撫でると、ウィルもニコッと笑った。
「ティナも可愛い。食べちゃいたい」
「10年後までお待ちください〜」
「……飛び級しねぇ?」
「結婚可能年齢は18歳からです〜」
「くそ!」
18歳の煩悩を持って8歳に戻るとか、可哀想〜。
とにかく、一人で戻った訳じゃないことは安心した。
ウィルと再会するまで物凄く心細かったのだ。
嬉しくて擦り寄ると、ギュッと抱き締められた。
「……ひとまず父上達に言って、婚約してもらおう。そうすれば王都のタウンハウスに来た時には会わせてもらえる」
「うん……」
「んで、なるべく早く式を挙げよう。卒業式の次の日とか!あ、俺の誕生日の方が遅いからその日に籍を入れたら最速?!」
「……その煩悩、10年間持ち続ける気?」
妙な根性持ちなのは、子どもの頃からだったのか。
★★★
親を説得して婚約に至り、年に何回か王都のタウンハウスでウィルと会う。
その度に前の流れとの差異を確認し合い、お互いの振る舞い方を検討した。
学園に入学して再会した時にはホッとした。
手紙は欠かさず送り合ってたけど、やはり実物に会うのとは違う。
気の緩みからか関係を早めるのが加速し、結局10年は待てなかった。ウィルが。
まあもうすぐ結婚するしね……と諦めモードで親に報告の手紙を書く。
後ろから抱き締めてキスしてくるウィルは少しウザい。
字を書く邪魔になったら、遠慮なくどつくことにしよう。
そうしてウィルの主張の通り彼の誕生日に籍を入れ、学園卒業と同時に一緒に住み始め、新婚生活を満喫していたところーー
ーーまた8歳に戻った。
「なんでーーーーー?!」
起きて部屋の様子を見て、絶叫である。
侍女が驚いて部屋に入ってきたので、「手紙!手紙を書く!お父様にお願いして!」とパニックになりながらも最短でウィルに会えるように手配してもらった。
「なんでまたこの歳に……」
「念願の朝チュンは叶えたでしょう?」
「まだ足りないだろう!」
今回涙目なのはウィルだけだ。
新婚モードが切り替えられないらしく、膝の上に乗せられて頭を擦りつけられてる。
うーん、侍女もメイドも見てるんだけどなぁ。
まあ、最速で婚約の取り決めもしてもらってるから良いんだけど。
「ウィル。今回が戻るの2回目。ひとつだけ分かったことがあるの」
「分かったこと?」
「日付よ。前回もその前も、戻ったのは同じ日が最後だった」
初めて戻った時、私達は初夜を迎えた。
あの時は特別な一日だったけど、今回戻る前は既に初夜を終え夫婦二人で日常生活を送っていたのだ。
「つまり、その日に何かがある?」
ウィルが後ろから覗き込んでくる。
「たぶんね。私達じゃない、繰り返しの原因となる『誰か』に『何か』があったんだと思う。今度はそれを突き詰めないと、また繰り返すかもしれないわ」
「断固阻止してやる……!」
闘志に燃えてるウィルが、力を込めて抱き締めてくる。
「言っとくけど、今回は早めないからね」
「……なんのことかな?」
「卒業するまでお触りなしにするよ?」
「そんな殺生な!ティナ愛してる!」
そこで必死になるの、本当どうなの。
★★★
8歳スタート2回目、最初の8歳を合わせると3回も子ども時代を過ごすと、どうにも熟れてくる。
すなわち、座学は程々に受けて体に染み込ませる作法やマナーなどを重点的に取り組んだ。
おかげで早いうちに入学準備が完了したので、空いた時間を繰り返しの原因を探ることに充てた。
これはウィルも同じらしく、体を鍛えながら色々調べてると手紙にあった。
学園には飛び級があるので、早めに入学早めに卒業と言う案もあるのだが、前回断念した。
脳筋気味のウィルは、深く考えずに18歳の知識で家庭教師の教える8歳の授業に対応したのだ。
結果ーー不正疑惑でたっぷり絞られたそうだ。
まあ、人生を賭けた壮大なカンニングと言えばそうだろう。
18歳の頭脳があれば8歳の授業なんて楽勝だけど、そこで調子に乗って天才!とか神童!とか言われても、学園を卒業する頃には通用しなくなる。
オマケに変に目立って目を付けられたりしたら、二人の最終目標である『新婚夫婦生活を続行!』に支障を来たすかもしれない。
なので、私達は最初の人生をなぞるように事を進めた。
合間に調べていたのは、『時の巻き戻し』について。
人の力ではなし得ない現象なのだから、神話や伝承を中心に探した。
学園に入るまではそれほど文献を当たれず、結局入学してから二人で図書館を巡りひたすら本を探していた。
二人で手分けをすると、役割分担も出来るのでだいぶ捗る。
そして。
「あった……!」
「いた……」
「「ん?」」
同時に声を発し、同時に見合わせる。
「あったのか?ティナ」
「うん、たぶんこれだと思う。今はもう別の部族に取り込まれてしまった昔の一族が崇めてた、『時を司る女神』の御業」
該当のページを見せると、ウィルは「……なるほど」と呟く。
「ウィルは?何がいたの?」
「アレックス」
「ん?」
「アレックス・イーヴァン」
「……が、どこに?」
「この本の貸出に」
「んん?」
ウィルが開いたのは、本の裏表紙だった。
歴代の借りた人の名前が書かれている一覧に、確かに同じクラスのアレックス様のお名前がある。
「……だから?」
「アイツもたぶん、記憶を持ってる」
「え?!」
大きな声が出てしまい、慌てて抑えた。
「……どういうこと?」
「前回の学園生活で、どうも目が合う気がしたんだよ。ティナ狙いかと思ったが、ティナがいなくても見てた。今回もそうなんだが、この図書館で見掛けることが多くてさ。俺達の読む本にも、気付いたらアイツの名前がある。同じことを調べてるんじゃないかな、と思って」
「……早く言ってよ!」
他の人がいる可能性!それは考えてなかった!
ていうか、前回から気にしてたなら繰り返した時点で普通言わない?!
抗議の目を向けると、ウィルは口を尖らせた。
「なんでわざわざ、ティナの意識を他の男に向けなきゃならないんだ」
……こんな時にもブレないなウィル。
顔が赤くなってしまったので、私の負けだ。
赤面したままだと迫られるので、早々にアレックス様にコンタクトを取ることにした。
★★★
「……気付いてたなら早く言ってよ!」
アレックス様が脱力して叫んだ。
うん、気持ちはよくわかる。
ここはカフェだから、声を潜めなくていいしね。
「2回目の時にウィルとクリスティナ嬢の仲が早いとは思ってたんだよ……でも普通にバカップルなだけかもしれないし、確信が持てずにウジウジしてたらまた戻っちゃったから」
「「バカップル言うな」」
「そういうところがバカップルなんだよ……。とにかく、僕とウィルとクリスティナ嬢が記憶を持つということは、三人に何か共通点があるんだね。ちなみに聞くけど、この現象は二人が引き起こしてる訳ではない?」
ジト目で見られ、二人して首を振った。
「学園生活なんて一度で充分だもの。早く終わらせたいわ」
「せっかくティナと結ばれたってのに、またガキから始めるなんて嫌だ!もっと熱烈な夜を過ごしたい!グハ!」
「……ティナ嬢のフックは相変わらず強烈だね……」
「何かしら?アレックス様」
「なんでもありません……」
男二人が黙ったので、先程借りた本を広げる。
「『時を司る女神』の祠、行ったよね?」
「え?」
「行ったな」
「え?いつ?」
「最初の学園生活の時だよ。覚えてない?歴史の授業のレポートで、班を決められてグループで調査したの」
「……覚えてない」
ウィルを見ると、「俺は覚えてるぞ」と言われた。
「なにせ、初めてティナと手を繋いだ日だからな!あの時からティナが輝き出したんだ!」
「……そう」
「だからウィル、バカップルは後で二人きりの時にして。今は祠の話。共通点はたぶんこれだけど、そうすると同じ班の奴らも記憶を持ってるのかな?」
「どうかな。前回、学園で目についたのはアレックスだけだ。グループにいたのはあと三人だったか?気になる動きは見えなかったと思う」
「……だとすると、さらに私達だけの共通点があるのかしら?」
首を傾げてしまう。ウィルとアレックス様なら何かあるかもしれないけど、私とアレックス様に共通点があるだろうか?
んー、と三人とも腕組みをして考え込むが、答えは出なかった。
「……女神の御業か。祠の前で切なる祈りと血を捧げれば、『巻き戻し』の御業が顕れる、だと」
「血を捧げるって……」
「まあ、死ぬことを覚悟して捧げるんだろうね」
アレックス様は肩を竦める。
「……アレックス様は、命を犠牲にしてまで巻き戻したい出来事はありました?」
「ん?あぁ、僕が引き起こしてることでもないよ。むしろ迷惑してる。せっかく希望の役職についてさぁこれから!て時に8歳に戻されるとか、マジ勘弁」
「「ですよねー」」
心の底から同意。
「とりあえず、祠に行ってみるか?何かヒントがあるかもしれないし」
ウィルが軽く言うので、ひとまず様子を見に行くことにした。
★★★
あー、なんか来たことあるかも。
景色に見覚えがある。
グループ調査自体は覚えてたけど、実際どこで何をしたかは全く記憶になかった。
たぶん、ウィルのせい。
あの日初めて手を握った、と本人が言ってた通り、足元の悪い道でバランスを崩したところを助けてもらったのだ。
そのまま、舗装された道まで手を繋いでたので、ドキドキした記憶しか残らなかったんだなーたぶん。
3回目は初っ端から手を握って歩く婚約者を見上げつつ、そんなことを思い出した。
「おーここだここだ。来たなぁ最初の時。でも2回目は俺達違うところに行ったぞ?」
ウィルがなぁ、と聞いてくるので頷いた。
前回は入学当初から婚約者だったので、グループ調査も婚約者同士の班に入れられたのだ。
「僕も前回は違うところに行った。と言うことは、初回の時に起きた何かかな?」
とにかく入ってみよう、と祠周りの森に入る。
ヒンヤリとした空気は、確かにグループ調査で感じたものだった。
しばらく歩くと小さな祠に辿り着く。
「……ここで祈りと血を捧げろって?」
「血ってどれくらいの量なのかしら……」
「少量で巻き戻されたりしたら、たまったもんじゃないよ」
忌々しげにアレックス様が呟く。
うん、それも同感だけど、女神様の祠の前だと不敬じゃないかな?
ちょっと目が泳いでしまう。
ふと、隣の石台に帳面が置かれているのを見付けた。
「こんな屋外に、帳面?」
ウィルの手を引いて石台に向かうと、彼が「あっ」と声をあげた。
「これだよアレックス!」
ウィルもアレックス様を手招く。
三人で帳面を開くと、最初のページに書いた覚えのない名前があった。
アレックス・イーヴァン
ウィルフレッド・アレルファン
クリスティナ・アレルファン
「「……クリスティナ・アレルファン……?」」
私とアレックス様の声が重なり、ウィルを凝視する。
照れ臭そうに頬を掻いてるウィルは、歯切れ悪く話した。
「その……まあ、アレだな。記念に書いておこうってアレックスが言ったから一緒に書きに行って、出来心でティナの名字をアレルファンに」
「バカップル……」
呆れたように呟かれた。
これはバカップルと言われても仕方ない……。
ただ、帳面には他のメンバーの名前もある。
この人たちも記憶を持ってるの??
「……いや、たぶん持ってない」
「そう?」
「メンバーのうち、令嬢二人は卒業後にすぐ結婚して名字が変わってるんだ。クリスティナ嬢の逆だよ」
「なら、もう一人の方は?ご令息だけど、養子にでも行かれた?」
「これ、書いたのウィルだろ」
「ん?」
アレックス様が帳面の箇所を示す。
「ーーそうだな、俺の字だ。確か周りを見てくるって言ってたから、代わりに書いたんだ」
「スペルが違うよ……」
「マジ?」
ウィルは驚いた顔をした。
私の名前の綴りは合ってるのに、友達の名前を間違うとは……。
「でもこれでひとつ解決したね。この帳面に名前を書かれた者は、『巻き戻し』が起きても記憶を失わないんだ」
……もしウィルが私の名前を旧姓(この時は旧姓でもないけど)で書いていたら、私も他の令嬢と同じく記憶を持っていなかった。
ウィル一人に心細い思いをさせなくて良かった。
そう思ったら、自然と抱きついてしまった。
「お?ティナ、どうした?」
「……なんでもない」
「ここでは始めらんないから、もうちょっと我慢してくれー」
何を始めると言うのか。
気持ちが引いたので離れようとしたが、抱き締められてしまい離れられなかった。
「あーもうバカップル。今はそんな場合じゃないでしょ?『巻き戻し』をどうやって止めようか考えてよ!」
アレックス様に怒られた。すみません。
「そりゃ、祠の前で血を流させなきゃいいんだろ?」
脳筋ウィルが簡単そうに言う。
「……ウィル、『巻き戻し』が起こるのってたぶん夜中よ」
「ん?」
「その……ほら、最初の時って初夜は出来たけどウィルの望む朝チュンは出来なかった訳でしょう?だから私達が寝入ってる間に起きたんじゃないかと」
「クリスティナ嬢、あまり生々しいこと言わないでほしいなー」
ごめんなさいアレックス様。でもこう言わないとウィルに伝わらないわ。
「そうか。てことは、初夜の時の持久力を「ウィル!生々しいこと言うなっての!」……夜中は回ってたぞ。そんな時間に血を捧げた奴がいるってことか」
「……そうだね。こんなところに夜中に来て血を流すような人、絶対訳ありでしょう。僕らがいたところで止められるかどうか」
私もウィルもアレックス様も、人生3回目とは言えまだ学生なのだ。
夜中の森に来るのも怖いし、願掛けの為に血を流すほど追い詰められた人と対峙するのも怖い。
うーん、と考えているとウィルが力を緩めた。
「ティナ、ちょっと離れててくれる?」
「?うん」
私とアレックス様を石台の前で留め置き、ウィルはスタスタと祠の前に向かう。
「……?」
見守っていると、ウィルは息を深く吸って声を張った。
「時を司る女神!あんたがどんな奴かは知らないが、ひとつだけ言っておく!繰り返せばどうにかなると思ったら大間違いだ!」
ガゴっ!!
「「……うえ?!」」
私とアレックス様は同時に叫んだ。
なんと、ウィルが足を振り上げ、女神様の祠を蹴り抜いたのだ!
小さな祠は一撃で吹っ飛んだ。
「えええぇぇえ?!ウィルお前何やってんの?!」
アレックス様が慌ててウィルのところへ駆け寄る。
「血を流すのを止められないなら、祠がなくなればいいと思ったんだが?」
「だからって蹴り飛ばす?!」
「道具がないなら靴底が一番硬いだろ」
「一番不敬だよ!」
アレックス様とウィルがギャーギャー騒ぐ間に、空気が変わった気がした。
なんだかピリピリする。
「ウィル、アレックス様、なんか空気がおかしくないですか?!」
慌てて呼び掛けると、二人も気付いたらしい。
「急いで森を出よう!ウィル、荷物は持つからクリスティナ嬢を!」
「あぁ!」
アレックス様に荷物を押し付けると、ウィルは私を横抱きにして走り出した。
「ティナ、首に手を回して!舌を噛むから喋るな!」
言われた通りに首に手を回し、ギュッと目も閉じる。
空気がざわついて落ち着かないのだ。
どうにか森を駆け抜けた時、背後でドーン!と破裂音がして、突風が私達を襲った。
咄嗟に身を屈めたウィルに守られる。
長い時間ウィルにしがみつき、風が止む頃ようやく目を開ける。
森に変化はない……けど、ヒンヤリした空気は感じられない。
たぶんウィルが蹴り抜いた祠が爆発したのだろう……本当に不敬だ。
「ティナ、大丈夫か?」
見上げると、体を張って守ってくれた婚約者が心配そうに見ている。
「平気よ。ウィルが守ってくれたもの」
少し体を伸ばしてキスをすると、嬉しそうにウィルがお返しをしようとしてーーアレックス様に止められた。
「さっさとここから逃げるよバカップル。それとも、祠爆破犯として取り調べと賠償を受けたい訳?」
犯人(と言うか共犯)ではあるけど、御免こうむる。
私達はコソコソと来た道を戻り、さっさと帰路についた。
★★★
祠爆破犯は捕まらず、原因不明のまま捜査を終了したらしい。すみません。
その後、2回目の主張と同じくウィルの誕生日に籍を入れ、卒業と同時に式を挙げた。
問題の日はアレックス様を新居にお呼びし、夜を徹して話そうとなった。
「『巻き戻し』を考えようにも祠がない訳だから、また8歳に戻ることはないと思うけどね。念の為」
アレックス様はここまでの記録を書き出し、少なくとも学園入学時の自分には伝えられるよう準備してたらしい。偉い。
「そりゃ、僕は巻き戻ったら一人でスタートだもの。毎回二人でいる君達とは覚悟が違うよ」
呆れた目で見られたのは、ウィルが私にピッタリくっついてるからだろう。
「……せめて巻き戻った時にティナが隣にいられたらいいのに」
「8歳には無理ね」
「まして、君ら領地離れてるしね」
「まだアレックス様の方が近いかしら?」
「次戻ったら、僕にもコンタクトよろしく」
「俺がティナに再会してからだ!」
そんなことを三人で話し、ワイワイ騒ぎながら飲み食いをしーー
ーー翌朝を迎えた。
「よぉっしゃあああ!ティナ、愛してる〜〜〜!」
「きゃああぁぁ!」
「朝から騒がないでよバカップル……」
感激のあまり私を抱き上げたままクルクル回るウィルに、二日酔いのアレックス様が文句を言う。
ここから新しい日々が始まるのだと思うと、少し涙が出た。
それからは『巻き戻し』など起こることもなく、念願の新婚夫婦生活を満喫している。
後から知ったことだが、あの夜さる高位貴族の間で離縁騒動があったらしく、祠があった森で女性が一人亡くなったそうだ。
「……この人かしらね」
「たぶん?」
薄々勘付いてはいるものの、私達には無縁の話なので確かめようがない。
あれ以来遊びに来るアレックス様も、女性の元夫と浮気相手が罪に問われたところまでしか把握出来てないと言った。
「思うに、あの『巻き戻し』は帳面に名前を書いて記憶を持ったまま行うのが本来の手法なんだよ。最初の人生で失敗したことを忘れて繰り返しても、結局また失敗するのは当たり前だよね。この女性がそのことを知らなかったのか、そもそも巻き戻すつもりがあったのかどうかも分からないけど」
アレックス様の言葉に、脳筋気味の夫は呆れたように言った。
「女神にも言ったがな。繰り返せばどうにかなると思うのが間違いだ。失敗したことをなかったことにして、成功体験だけ経験して人が育つか?本当に人間の為を思うなら、失敗しても立ち上がる手伝いをするべきだ」
おお、ウィルがなんかいいこと言ってる!
「聞いた?お父様がいいこと仰ったわ」
お腹に向かって話し掛けると、ウィルは一瞬でデレッとした。
「お前は何も心配しなくていいぞ〜、お父様が全てどうにかしてやるからな!安心して出て来い〜」
「バカップルがバカ親になってる……」
繰り返しを抜け出た先にやってきた幸福。
この子に会えるその時を、私達は心待ちにしている。




