【短編小説】アン不安テリブル
駅舎を出ると、薄い紫紺の空に白い穴が空いていた。
あの月が銃口ならよかったのに、そう思いながらぼんやりしていると女が満面の笑みをおれに向けた。
「素敵な式だったね」
女は改めて、しみじみと言った口ぶりだった。おれは曖昧に相槌を打ちながら、女のハイヒールがアスファルトにがつがつと傷をつけていくのを後ろから見ていた。
早寝の商店街はアーケードの灯りこそついているものの、誰もいない通りはまるで舞台のセットみたいだった。
アーケードの天井から下がる雑なピンスポットに照らされた女が振り向いた。
「あの人たちの子供はどんな風に成長するんだろうね」
女は目を輝かせている。
他人の明るい未来を信じている目だ。
おれはその視線から身を捩るようにして視線を外した。
「普通だろ」
そう、普通だ。
普通のガキが産まれて、普通に育つ。
そこに夢は無い。
現実的なことを言えば、肉体的には美形を望む事はできないし強靭さも平均かそれ以下だろう。
それはあの二人を見ればわかる話だ。
お世辞にも美男美女とは言えない。それは遺伝子と言う事実でしかない。
女はおれが話に乗らなかった事にいじけたのか、また背中を向けて歩き始めた。
その背中に向かって声を投げる。
「お前のそれは、単なる呪いだよ」
精神の健やかさを求めるのであれば、親はともかく外野は過度な期待をしない事だ。
どう育とうがそのガキの勝手だ。
親にどんな才能があろうと、精神だけはその通りに育たない。
むしろ肉体と言う煉獄の附属物でしか無い精神が成長過程でどうなるのか。
例えばおれはどう育った?
後ろを振り向くとシャッターの閉まったアーケード商店街が続いているのが見える。
そこには誰もいない。
何かあると信じていた人生みたいに、一見は賑やかな虚がそこに伸びている。
「呪い?どこが?」
女の声がその虚に響く。
そうだろうな、お前には分からないだろ。
それは武豊に子どもを望む事だとか、大谷翔平の嫁を不安視する事とか、つまる所が優生思想みたいなものだ。
お前には、わからないだろうがな。
おれはこの商店街が賑やかだった頃を知っている気もするし、そうじゃない気もしている。
並んだ店は全てチェーン店だった気もするし、いや個人商店だった気もする。
それは呪いだ。日本と言う風景の。
「全部だよ」
おれはその死んだ呪いを見ながら言った。
その中に曖昧なピンスポットを受けて立つ女がいる。
他人の子どもだから、そうやって勝手に期待したり呪ったりできる。
生きて死ぬ、それだけ良い。
どう生きようがどう死のうがそいつの勝手だ。どんな才能があろうとも、無かろうとも、そいつを活かそうが殺そうが。
「おれたちには関係無いからな」
おれたちもその期待とか呪いとかを一身に受けて、いまここにいる。そうだろ?
「そうだけどさ」
女は口を尖らせた。
「そうだけど、別にいいじゃん」
構わないさ、結局は他人だからな。呪いの責任だって取らない立場だ。
奴ら──これから産まれてくるガキ共──に必要なのは呪いでも期待でも無い。
適度な関心と無関心だ。
死なない程度に色々とやりゃあ良い。
いや、その過程やその果てに死ぬこともある。それも仕方ない。何だっていい。
そうか、別に何だっていいんだよな。
女だって本気でそう思ってる訳じゃない。明日の天気くらいどうでも良いと思ってる。
だから適当なことが言える。
「そうだな。まぁ、別にいいわな」
アーケード商店街を抜けて出る。
おれも女も虚無だ。だからどうした?
「ゴムまだあったっけ」
「さぁな」
おれは欠伸を噛み殺す。
「産まれて困るのはそっちでしょ」
女がまた口を尖らせる。
「そうかもな」
群青色の空に白い穴が空いている。
おれたちの幸福であった瞬間を思い出す。
「大きいぬいぐるみ買うか」
「邪魔だから要らない」
そうだな。
そうだった。
あの月が銃口ならよかったのにな。




