炎の王とドリアード
以前何かに寄稿したモノ。何かあれば消しますが、とりあえず供養。
炎。それが我を一言で表す言葉だ。
人の形をし、少しばかりツノが鋭く生えている。
そこまでならば人族とそう変わりないが、この全身には常に烈火が駆け回り、背からは爆煙が放たれている。
近づけば火傷、触れれば瞬く間に相手の肉体は炭化する。
その為に周囲は焦土となり、我の近くには人族も何者も寄りつかぬ。
何も我が他の存在が憎く、焼き尽くしたいと考える訳でもない。
どちらかといえば、我は命というものが好ましい。
美しく、次に向けて共存を続ける種族達を見ていると嫉妬に近く、憧憬にも近い感情を抱く。
ただ何もせずともこの身が焼けて、周囲を燃やしてしまっている。
ただそれだけなのだ。
だからこうして何者も焼けぬよう、人里離れた大山の頂上に陣取り、強風に吹かれて火を散らしている。
我の火の粉も風に散り、麓の森までは届かない。
焼け野原の山頂とは対照に、麓の森は多くの命が暮らしている。
獣、耳長族、精霊や妖精。
魔獣という我のような混ざりモノは存在せず、純粋に積み上げられてきた歴史。
なんと美しいことか。
我はその景色を遠巻きに眺める。
魔獣としての性質か、私にはか細く遠く離れた声も聞くことができる。
日々の唯一の楽しみであり、日課のようなものだ。
木々の隙間から見える動物達の姿、狩を終えた人族の他愛ない会話。
「……あぁ、その中でも一際抜けて美しい」
我は木々の合間に、一人の女性を見つける。
しかし、ヒトにしては色素が薄い。
その上弱竹のような肌、青々とした木の葉のような緑の透き通る長髪。
隣には小動物が静かに眠り、小鳥が囀る穏やかな世界を作り出している。
彼此数年になる。
ある日木のそばで眠る彼女を見かけてから、気づけば目で追い、またある日には木々の合間を探し、我は彼女の虜となっていた。
初めは森に薬草を摘みに来た村娘と思った。
しかし、彼女が手を翳すと木々の傷みは和らぎ、歩いた道の草木はより一層生命力を増す。
人が持つには過ぎた力、神の奇跡と言っても過言ではなかった。
しかし、日々眺める内に風の噂の見聞から謎は解消する。
彼女はドリアード、長寿の木から生まれる上位精霊だ。
自然が求め、自然に作られ、自然と共に生きる命。
人間が真似て作ろうとした、究極体。
その人間が真似てどうにか作ったのは、人を殺め、不要になれば処分する、人間から恐れられる我のような魔獣だ。
言わば正反対。善と悪、天と地。
自然から必要とされる彼女に対し、世界から私は一切必要とされない。
「……ふふ」
鳥を手に乗せ、小さく笑みを浮かべる彼女。
その小さな声は、我の荒んだ心に染み入るような優しいものだ。
動物達も安らかな顔で眠り、周囲の木々も小さく木の葉を鳴らしている。
今の外の世では国同士の争いがあるらしいが、あの森には一切関係なく、常に平和な時間が流れている。
「……あの森だけでも、平和なら良いのだ」
我のいる山を見回すと、土に染み入って乾いた血の跡が夥しい量存在している。
それらは全て隣国の兵士のモノだ。
事の発端は、研究所での事故。
それにより四匹の魔獣が逃げ出した。
一匹は海へ、
一匹は都市へ、
一匹は山へ、
一匹は森へ逃げ出した。
海の魔獣は雷に撃たれて死に、
都市の魔獣は銃に撃たれて死に、
森へ逃げた魔獣は樹々の怒りを買って死に、
山へ逃げた魔獣は……今もこうして追っ手を殺して生き永らえている、私自身だ。
隣国の者達は未だ森へ逃げた魔獣は存命と考えており、この山を挟んだ麓の森へ向けて日々兵を派遣している。
火炎を操り、血脈を荒らし、樹々を枯らす魔術師。
そんなモノを森へ向かわせれば、彼女の森は消えてしまう。
たかだか数年の魔道技術で、数百年以上も積み上げられた歴史を破壊するのは許されない。
山を通る兵は焼き払い、武具は溶かして鉄塊に変えて隣国の僻地へと投げ返す。
山を避けて通る兵は遠距離から炎弾で狙い撃ち、自然の成長の妨げにならないよう夜間に回収する。
「……ふぅ」
思わず溜息を漏らす。
噂をすれば影、今も遠方には出撃用意をしている兵達が見える。
思えば、昨日今日とまだ兵どもは来ていなかった。
兵達は日が増すごとに武装は固く、激しくなっていく。
我を突破するためだけに、国のヨサンとやらを全てつぎ込むかのように。
しかし対照的に、兵の練度は下がる一方。
正規の兵でなく、傭兵や奴隷崩れ、果てには少年兵。
罪無き民を駆り出す程、魔獣に対する執着が強いのか、それとも他の理由があるのか。
しかしそれも我には微塵も関係なく。
向かい来る敵を、彼女の為とは言えず、己の中の小さな正義のために殺めるのみ。
兵の大半を失い、群の頭を失った人間達は、散り散りに国へと戻っていく。
いつにも増して兵の連携は無く、個々の能力も劣っていた。
炎弾を適当に撃つだけで、大抵の兵は直撃し、炭化して地へ伏せる。
しかし、その中に一際強く逞しいモノがいた。
炎弾は避け、熱波は凌いだ。
肉薄された故に首を掴んで焼き切り殺したが、それでも最後にこの身に刃を突き立てた。
炎の衣を貫いて、我の肩から青い血液が溢れた。
強かった。ただ、その一言に尽きる。
いつぶりだろうか、己の血を見たのは。
炎で傷を焼き塞ぎ、国を見やる。
下らないことに熱を入れ、落ちる一方の国にも英雄の素質を持つ者は産まれる。
しかしそれも無能な国によって犬死する。
「……醜いな。まだよっぽど、この若人の方が美しい」
我は足元に転がる亡骸を抱える。
我の炎でもはや表面は焼き焦げ、人型の何かと成り果てたそれを掘っておいた墓穴に横たえ、土の山を崩して埋めていく。
山の一区画は、我の供養した兵の墓で埋め尽くされている。
もはや小国一つを作れる量の死人がここには眠っている。
自分が殺した人間、その怨念に祟り殺される日も近いかもしれない。
ふと麓の森を見やると、変わらず彼女の姿があった。こちらでの戦いを知らずか、静かに目を閉じて眠っている。
しかし、獣達は私の方を睨みながら、彼女を囲んで守っていた。
我も、森からすれば侵略者であり脅威であり、敵。
我に対して恨みこそすれ、感謝するものなどこの世界にはいない。
それでも構わないのだ。彼女を、彼女の笑顔と世界を守れるならば。
雨が降っている。激しい雨に炎は弱まり、全身を締め付けられるような苦しさが襲う。
並大抵の雨雲ならば森を通って、この山を通る時点で消え、隣国に着く頃には無くなっているものだ。
それが原因で我を殺そうと躍起になっているのだが。
可笑しな話だ、我の能力を造った者達が、我の能力に困憊して兵を差し向ける。
自分達が生み出した力を制御する術を持たないなど、稚拙な笑い話でしかない。
此度の雲は非常に強く、一切弱まらずにそのまま山を通っていく。
豪雨と雷を齎し、我に牙を剥く。
我の炎も弱まり、炎の衣は剥ぎ取られ、本来の肉体が僅かに露出してしまっている。
急増の焼き土の屋根も水を吸って崩れてしまった。
今や先日の兵士の武具を溶かして作った鉄板を屋根にして、雨を軽く凌いでいる始末だ。
この身が焼けていなければ、人のように家を作るなりするのだが。
我は屋根の下から森を見る。
この雨だ、流石に彼女はどこにもいない。
動物達も巣に帰り、森は雨が木々に落ちる音だけが響いている。
その方が我としても良い。
今日を終えて明日になって、彼女が森の獣達と平穏に過ごし、何も変わらぬ日々を過ごす為に今日は見えぬ場所にいてくれた方が。
人間達の国から、無数の群れがこちらへと進んできている。
それは近国の兵士全てを集めた、我一人を討伐するための群。
独り身の女、年老いて身を引いた者に至るまで兵役に駆り立て、我を殺す為に向かってきている。
国のかつての活気は無くなり、今ではもはやどれほど努力しようと、国として歴史を紡ぐことも、あの状況から周囲の国々の侵略を防ぐことも不可能。
ならばせめて、国としての体裁を保っているうちに我を殺し、功績を残そうという話らしい。
下らない。
己が命を投げてまで手に入れる功績に価値があるのか。
我は炎を燃やして武器を作る。
降り注ぐ豪雨は我から火を奪い、力を削ぎ、活量を失わせる。
それでも我は武器を手にしなくてはならない。この背の向こうには、彼女が作り上げたもう一つの国が、我の生きる理由がある。
それを守る為にも、ここで我が武器を持たねばならない。
焦げた掌から武器を落とし、我の前でようやく最後の一人が倒れる。
周囲には、焼け焦げた人型が大量に倒れている。
従来の倍以上の数。
以前ならば恐れ、慄いて逃げ出す者達が言葉も感情もなく、我に刃を向けてきた。
此度の兵は、僅かに魔術の匂いがしていた。
恐らく、国の民の過半数を動員した作戦。
魔術による催眠で恐怖を消し去り、操り人形と化した民は、最後の一人になるまで我に立ち向かった。
国を捨てた進軍。
その甲斐はあっただろう、我の本体は切られ、刺され、撃たれて最早再生出来る状態ではない。
炎はいくら切られようと元に戻るが、種火を潰されれば再び燃えることはない。
我は先に作った屋根の下に戻り、座り込む。
「ぐっ……」
座り込むはずが、片足を失った状態では座れずに倒れてしまう。
受け身を取る為に伸ばした腕も、半ばで切れて機能せず、地面に倒れ臥す。
この豪雨は我の力を大きく削いだ。
炎の天敵と言える水が常に我が身に降り注ぐ。
並の炎の魔獣なら消える状況、本来の力も出せず、ほぼ半分以下の力で、今まで以上の相手を殲滅した。
まだこの身が動くこと自体が奇跡なのだ。
最早私の炎は、間も無く消える。
今も、揺れる灯火のように視界がフラつく。
風前の灯火、とはよく言ったものだ。
いつもなら再び勢いが増した炎に包まれ、再生を始める体だが、雨に濡れた体は、再び焔に包まれることはなく、ただ静かに勢いを失っていく。
その中、我以外存在しない高原に、枯れ土を踏み締める音。
機能を失いつつある頭でもそれが誰なのか、容易に予測できた。
「……もう、長くないのですね」
「そうか。来て、くれたのか。やはり、綺麗な声だ…間近で聞けば、尚のことだ」
「……ごめんなさい」
「なぜ、謝る?君は、何も悪く無い」
「私は、貴方が守ってくれていることを知っていました。」
「なのに、私は自分が燃えることが怖くて…貴方を避けていました」
「当然だろう。我も、水は怖いさ」
「……こうして、貴方の炎が消える寸前に、ようやく来るような、最低な女です」
「何を言うか。君は、毎日、我に笑顔をくれた。安らぎを、くれたじゃないか。それだけで、我には十二分だ」
「私は…」
「…あぁ、もっと、多くを話したかったが、炎は、待ってくれん」
「そん…………!………まだ……!………」
「ぁ、耳………?…ふ、声も、出な、なるか…」
「………………!…………!…………ゃ…!
「……我も、誰かの為、生きる事が……できた……な」
「……さようなら」
火は消え、静かに炭となりました。
炭は語らず、風に乗って塵となり彼方へと運ばれていきます。
後悔から自然と私が伸ばした手は、届くことなく。
私が流した涙は、塵と共に風に散ります。
きっと彼は、世界に散って、安らかに眠ることでしょう。
灰を残すのみとなった場に、一つの小さな種火が落ちていました。
小さく、弱々しい、今にも消えそうな。
私は、なぜか躊躇せず、我が身が燃えることも厭わずに触れました。
触れたのです。木の体である私は、燃えるはず。
なのに、この炎は私を焼くことはない。
両手で掬い上げ、抱き締める。暖かい。
炎の熱ではない。誰かの、優しさの火。
木々から感じられる暖かさではない。
動物達が分けてくれる木の実にも、共に眠る時にもない暖かさ。
優しいその暖かさは、私の心に染み入るようにして、すーっと炎は消えてしまった。
けれど、私の胸には炎が灯りました。
木の精霊には相応しくないかもしれない。
けれど。
この炎は、この暖かさは私が引き継ぎます。
炎の王として、この世界を救った貴方を伝えるために。
そして、一人の男として伝えるため。
こんな私を、愛した方として。
「……ずるい女で、ごめんなさい。」




