8 平穏は望めないのか
「アスタ? ね、ねえしっかりして! アスタ、アスタ……っ」
上半身が痺れている。熱い。左腕が熱い。左側から何か撃たれたんだ。恐らく手持ち用の魔導砲だろう。幾度となく見たんだ。あの白い光の残像を。
崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、彼女の肩を借りる。鉄の味が滲んできて、咳をしたら彼女の左肩を血で汚してしまった。
「レイラ……。ハイノール、取らなきゃ……。沈んでる」
「そ、その前にあなたを治さなきゃ――」
「誰か、いるでしょ。取られる前に……早く」
右側では、魔導砲によって起きた波にハイノールがころんころと揺られている。
「アスタ、しっかり……」
「――手持ち用とはいえ、魔導砲を撃ったのに死なないとは驚いた。それに外傷もないとは。石を使っていたとしても相当だぞ」
不意に低く重たい声が響いた。
視界の端に見えたのは、黒い格好をした男達が何人か。ずっと僕達の後を付けてきていた者の正体だ。
「お、父様……」
彼女のうろたえる声。
彼が撃ったのか。やっぱり、ルスタル軍で合っていたんだ。撒けていなかったらしい。
「こんなところで出会えるとは思わなかった。お前にも、ハイノールにもな」
「……っお父様には渡しません!」
叫ぶ彼女の声は震えている。
息を整えるので精一杯な僕には、体を起こして彼の顔を見ることも難しい。
「渡しなさい」
ざぶざぶと彼が泉に入ってくる音がした。
僕はレイラに縋っていたのを苦しいながらもやめて、右腕を伸ばしハイノールを引き寄せる。左腕の感覚はないけれど、彼女のお守りのおかげで、まだ死なずに済んでいる。本当なら上半身が吹っ飛んでいてもおかしくない。
「レイラ、祈ろう……」
怯えていた彼女が僕の目を捉える。重いだろうに、僕が左腕を動かせないから一緒に持って、膝の上に乗せてくれる。それを見たルスタル軍がこちらに走り出した。
「女神様、お願いです。この戦争を終わらせてください。ただ、生きることを望んだら生きられる世界を、取り戻したいんです……」
レイラが心の底から振り絞った声。
それに応えるようにハイノールがひび割れる。
「っおい、シールドを張れ!」
「レイラ、待ちなさい!」
「国王様、早くシールドを!」
ルスタル軍の慌てる声。
――カッ!
と、一気に目の前が真っ白になった。
何が、起こったんだろう。
気が付くと真っ白な空間に僕は一人立っていた。
ハイノールは強大な力を持つ石だ。割れれば街一つが消し飛んでもおかしくない。
僕達は、その力でみんな仲良くこの世を去ったんだろうか。
……メーテ、君と目指したことを僕は達成出来なかった。君は僕を逃す為に囮になって命を落として……僕は君に頼まれたのに。これで何か変わるんだろうか。何か変わるのか、変わらないのか、僕には分からない……。
僕は最後に見つめたレイラの瞳を思い出した。
……レイラ、石が好きで世間知らずだった少女。無邪気で穏やかで、少し強気なところもあって……父親に監禁されて痛め付けられていたけれど、最後に彼女は反抗した。
名目上は僕達は夫婦だった。好きと言ったことはない。言っておけばよかった。
今になって、色々思う。五年も待たせておいて、危険な目に遭わせて、挙句の果てには……。
「手伝いたい」と彼女は言ってくれたけれど、巻き込んでしまって、ごめん。
「――困ったものですね」
「……⁉︎」
不意に聞こえた誰かの声に、俯いていた僕は顔を上げた。
「私はかつて、この世界をよりよく……暮らしやすくする為に魔法石を与えたんです」
尖った水晶のようでありながら、優しさを含んだ、凛とした女性の声がする。けれど辺りを見回してみても誰もいない。
「ソノワール国も、初めは上手くいっていました。しかしここ最近……数百年の内にどうしようもないことに使うようになって。やめてほしいからと石の力を弱めてみれば、均衡が崩れ戦争が始まり、多くの人が命を落とした……。私の望んでいた世界とは天と地程の差です」
再び振り返ったそこには、白銀の翼に水色の衣を身に纏った背の高い女性の姿があった。ふと左からの気配に目を向けると、僕と同じように何が起こっているのか分からずに戸惑うレイラが立っている。
「そもそも、誰かを従わせるのに力でねじ伏せるような方法をとったのが間違いだったのです。未熟な者に、それが出来得る力を与えた私も。そうは思いませんか? アスタ、レイラ」
くるりと振り返った彼女は、どんな水より鉱石より透明な、純粋な美しさを抱えていた。




