6 ルスタル軍
レイラに会いたくて家に寄ったのは、間違いだったろうか。女神の泉に直行するべきだったろうか。そうすればレイスターは無事だった? いや、分からない。
ちらりとレイラを見る。怯えて、僕の服にしがみついている彼女の目は、じっとカーテンの向こうを見つめていた。床にはルスタル軍の侵攻のせいで石が散乱している。その僕の見覚えのない石はどれも平和や安全、祈りに関するものだ。僕のいない間、何もなかったにしても怖かったろう。不安だったろう。僕は彼女が幸せでいてくれることを願ったんだ。大切な人達が傷付かないでいてくれることを願ったんだ。そして共に誓った。世界を平和にしようと、メーテと。
「レイラ」
「……?」
こちらを見上げる綺麗な顔は不安そうで、僅かにその手が震えている。今彼女だけをここに置いていくのはとても不安だ。でも、待っていてもルスタル軍は帰ってくれない。早く終わらせなくては。
僕はもう一度覚悟を決めた。
「僕、行かないといけないんだ」
「行く? 行くってどこに?」
「……それは」
「アスタ、何か隠してるでしょ?」
不安そうな顔から打って変わって彼女が眉間にシワを寄せる。声が少し低い。明らかに怒っている。
「隠し事……それもとんでもないこと。わたしが気付いてないとでも思ったの? ハイノール、無くなったって騒ぎになってる。ソノワール国の端っこのここにまで、届いてるの。そして……」
レイラは僕からリュックへと目を移した。心臓の鼓動が速くなる。
「そのリュックの中からは、強い石の気配がする」
「……似た石じゃない?」
「わたしの力、アスタは分かってるでしょ? はぐらかさないで」
彼女はどんな石の特性もすぐに理解してしまう。気配や思いを感じ取って、その石の力を最大限引き出すことだって出来る。
気配を消す箱に入れて、布を何重にも巻いたのに、彼女の感覚は誤魔化せなかった。甘かった。もしかすると五年前より力が強くなっているかもしれない。
目を逸らしたいのに、じっと見つめてくる彼女から「教えて」という強い意思を感じてしまって目を逸らせない。
「アスタ、何を隠しているの? 何をしようとしているの?」
こういう時のレイラは、絶対に僕が口を開くまで問い続ける。それに、今の彼女はそれだけじゃなくて不安を抱えているのが分かった。固まった笑顔で彼女を見つめていたけど、ついに圧に耐えられなくなって僕はぽそりと呟く。
「……世界を牛耳りたくて、盗んだ訳じゃない」
「あなたはそんなことしないって分かってるわ」
レイラの表情が少し和らいだ。
僕はハイノールで、人を殺したい訳じゃない。王様になりたい訳でもない。ただ、メーテとの約束を果たしたい。戦争を終わらせたい。彼の望んだ方法で出来るかは分からないけど、世界を平和にしたい。それだけ。
「教えて。何があったのか」
「……分かったよ」
僕は深呼吸して、彼女に全てを打ち明けた。
この一年のこと。決行した理由も、起こった出来事も、僕がこれからやりたいことも。
そうして少しだけ心は軽くなって、でも恐る恐る反応を待っていると
「わたしも手伝うわ」
彼女は一言、そう言って微笑んだ。
「いいの?」
「いいも何も、わたし、アスタに助けてもらったお礼がずっとしたかったの」
「そんなの、ただいてくれるだけでいいのに」
「でも、一緒に背負いたいものもあるのよ」
彼女が僕の手を握る。
何故だかその瞬間、余分な力といらない緊張がふっと抜けて、安心したと同時に勇気が湧いてきた。レイラは僕を見つめる。海のように深い眼差しで。
「隠しててごめん。巻き込むべきじゃないって思ったんだ」
「いいの、きっと誰でもそう思うわ。さ、行きましょう」
侵攻の音も鳴り止んだ。今なら出れると、リュックを背負い僕は立ち上がる。
途端。白い光。轟音が耳をつんざいた。
「きゃあっ⁉︎」
思わず目を瞑る。
ガラガラと後から聞こえた音に再び目を開けると、ベランダが崩れているのが分かる。眩んだ目が回復してきた頃、そこに誰かが降り立った。
真っ黒い翼の……。
「レイラ様?」
「え……」




