第57話
ここはウエス国の森の中。
エルフのフィーネと女神のイブは、ロッキングチェアに座って昼寝をしていた。
リリィやハクたちは遊び疲れて丸太小屋の二階の部屋で寝ている。
穏やかな時間が流れていた。
森には爽やかな風が吹き、木々がざわめいている。空は青く澄み渡り、雲一つない。
そんな静かな午後のひと時の静寂を破るように、突然、沢山の人々が町からやってきた。
「ここが例の温泉か。」
「楽しみだな。」
「こんなところに温泉が出るなんてね。」
ガヤガヤと町の人々の話し声がする。
数十人は居るだろうか?
「う...うーん。五月蝿いわね、いったい何事?」
あまりの喧騒にフィーネが目を覚ました。
露天風呂の方に、沢山の人々がたむろしている。
更衣室に勝手に人が入ろうとしているのを見て、慌ててフィーネは立ち上がった。
「ちょっと!あなた達!何してるの!」
フィーネが町の人々に向かって叫んだ。
一斉に町の人々がフィーネの方を振り向く。その中からリーダーのような男性が出て来た。
「突然、大人数ですみません。フィーネさん。私はトムと言います。」
人当たりの良さそうな穏和な性格が滲み出ている人物だ。
「それで、トムさん。この騒ぎは何事なの?」
フィーネがトムに聞く。
「実は、オルガから温泉の話を聞きまして。町の皆んなが温泉に入りたいと言い出して...私は止めたんですが、抑えきれませんでした。それでこんなことに。」
トムが申し訳なさそうな顔で話す。
フィーネは、やれやれという表情で町の人々を見た。
とにかく、この人たちを何とかしないといけない。
「リリィ!ハク!イブ!起きて!」
フィーネは、町の人々を捌くために皆んなを起こした。
「どうしたの?フィーネ。」
「おいら、まだ眠いぞ。」
リリィとハクが眠そうな顔で出て来た。
「この大騒ぎは、何事だ?」
イブも起き出してくる。
「この人達は、露天風呂に入りに来たの。皆んなで何とかしましょう。」
フィーネの指示で、町の人々が一列に並ばされた。リリィとハクは、男湯と女湯の空き具合を調整しながら、1人ずつ中に案内していく。
町の人々全てが温泉に入浴し終わった頃には日が暮れていた。
「疲れた......」
フィーネ達は、へとへとに疲れていた。
トムが深々と頭を下げて、森の中に消えていった。
「もう、こんなの嫌だ!」
「また大群で来られたら大変だぞ。何とかしないと。」
イブが疲れた顔でいう。
「何か良い方法は無いかしら?」
フィーネは、紅茶を一口飲んでつぶやいた。
「町に温泉があればいいのに......」
リリィが何気なくつぶやいた一言に、フィーネが何か閃いたようだ。
「そうだわ。町に大浴場を作りましょう!」
「良いアイデアだが、温泉は簡単には掘り当てられないぞ。どうするんだ?」
イブが、もっともな意見を言う。
「イブの力で何とかならないの?」
フィーネがイブに返すと、
「ぼくも万能では無いんだ。」
イブはロッキングチェアに座って黙ってしまった。
「おいら、温泉の場所が分かるかも知れないぞ。」
急にハクがとんでも無いことを言う。
「ハク、本当に分かるの!?」
フィーネが身を乗り出して言う。
「おいら、地面の下を流れる水の匂いが分かるんだ。だからきっと温泉の匂いも分かると思う。」
ハクが少し自信ありげに言う。
「よし!ハク。町に温泉を作りましょう!」
フィーネが言うと、皆んな頷いた。
翌日。
フィーネ達は、町に向かった。
森を抜け、町に着くと早速、ハクが温泉の匂いを、探り始めた。
フィーネ達が来たことを知った町の人々が、少しずつ集まって来る。
「フィーネさん!」
トムが群衆の中から出て来た。
「何をしてるんですか?」
「あ、トムさん。温泉を作るんです。ここに。」
フィーネが答える。
「この町に温泉を?」
トムは驚いていった。
ハクが地面に鼻を近づけて水の匂いを探っている。
すると、ハクの動きが止まった。
鼻を地面に擦り付けるように匂いを嗅いでいる。
そして、
「フィーネ!この下だ。ここに温泉の匂いがする!」
ハクが鼻の周りを土まみれにして、フィーネの方を見て言った。
「よし。ここを掘るわよ。皆んな離れて。」
フィーネは、ハクが示した場所に両手を当てて念じた。
ゴゴゴゴ.....
低い地響きのような音がする。
フィーネ達の周りを取り囲んでいる人々もざわめき出す。
フィーネの足下の地面にひび割れが出来、水が染み出して来た。微かに卵が腐ったような匂いがする。
フィーネ達は、ひび割れから少し離れた。
「お湯が噴き出すから気をつけて!」
フィーネが周りの人達に叫ぶ。
シューッ!
ひび割れから蒸気が出て来た。
地面が盛り上がり、お湯が噴き出した。
「さあ!皆んなもっと離れて。」
フィーネはそう言って、両手を前に伸ばした。
地面が掘られて、石が積まれていく。
木が伐採されて板に加工され並べられていく。
あっという間に水溜りが出来て、その周りに囲いが出来る。
フィーネの丸太小屋の露天風呂の倍以上はある大浴場が完成した。
「コレで完成。」
フィーネが言うと、周りの人達から拍手と歓声が沸き起こった。
「フィーネさん、ありがとう!町の皆も喜びます。」
トムが満面の笑みでフィーネにお礼を言った。
「これで、この町も更に豊かになるな。」
イブが言った。
「フィーネって、本当にすごい!」
リリィも喜んでいる。
「おいらの活躍のお陰だな。」
ハクが自慢げに言う。
「ハクが居たから出来たのよ。ありがとう。」
フィーネがハクの頭を撫でながら言った。
こうして、フィーネ達と町の人々との距離が少し縮まったのである。




