第4話
ウエス国の森の中。
「モック、待って! 」
「リリィ、捕まえてみろキー! 」
リリィとモックが追いかけっこをしている。
「今日の紅茶も美味しいわね」
ロッキングチェアに座って紅茶を飲みながら、2人の追いかけっこを見ているのはエルフのフィーネだ。
「待てー! 」
「捕まらないキー! 」
家の周りをグルグルと走り回っている。
「よく、飽きないわね」
フィーネが欠伸をしながら、つぶやく。
「キー!」
「キャー!」
ドーーーーン!!
家の裏で、何かが壊れる音がした。
フィーネが起きだして、家の裏に歩いていく。
「もう、面倒くさいわね。今度は何をしたの? 」
モックとリリィが申し訳なさそうにうつむいている。
離れの小さな倉庫が粉々に壊れていた。
「私の薬草の倉庫が!! 」
フィーネが珍しく声を荒げる。
フィーネは薬師だった転生経験を活かして、森の中で薬草を摘み、薬を調合して、町の人に売っていた。
この倉庫は、薬の材料の薬草や調合した薬を保管する建物だった。
「何てことしてくれるのよ!時よ戻れ、リバース! 」
倉庫が見る見るうちにもとに戻っていく。
「フィーネ、ごめんなさい」
リリィとモックは反省しているようだ。
「壊すのは勝手だけど、リバースでも戻せないものがあるんだから、気を付けて」
フィーネはそういうと、ロッキングチェアのところに戻っていった。
「紅茶が冷めちゃったわ」
そういうと、魔法で湯を沸かし紅茶を淹れなおした。
「うーん、いい香り」
フィーネがまどろみかけたその時、
「ねえ、薬草のことを教えて! 」
リリィがフィーネの顔を覗き込んでキラキラした目で言う。
「面倒くさいなあ、じゃあ、これでも読んでみたら? 」
フィーネが手を上げて動かすと、家の中から一冊の本が飛んできた。
その本はリリィの手に収まった。
「これは、薬草の本ね! 」
「そう、それを読んで勉強したら、立派な薬師になれるかもね」
フィーネは、そういうとうたた寝を始めた。
リリィとモックは自分の部屋で本を読み始めた。
しばらくして、
「フィーネさん!すいません、薬をいただけないですか? 」
男の人の声だ。
フィーネは、体を起こして、その男性の方を見た。
人間の20歳くらいの男性。農夫だろうか?身長は高くスラっとした体形をしている。なかなかのイケメンである。
「オルガじゃない。久しぶりね」
「フィーネさん、ご無沙汰してます」
「今日はどうしたの? 」
フィーネがオルガに聞くと、深刻そうな顔になった。
「実は、母の具合が悪いんです。それで、薬を貰えないかと」
「どんな症状? 」
「高熱が出て何日もうなされてるんです」
フィーネは立ち上がって裏の倉庫に向かった。オルガもついていく。
「とりあえず、熱さましの薬と抗菌薬をあげるわ」
フィーネは、2つの小さな袋をオルガに渡した。
「ありがとうございます!これ、お代です」
オルガから代金を受け取る。
「お大事にね」
フィーネはオルガに手を振ると、またロッキングチェアに戻った。
「また、宜しくお願いします! 」
オルガは丁寧にお辞儀をして、森の中に消えていった。
そこに、リリィとモックがやってくる。
「ねえねえ、今の人は誰? 」
リリィは興味津々だ。
「オルガって言う、町で農夫をしてる人よ」
「フィーネの彼氏? 」
リリィが聞くと、フィーネは飲みかけの紅茶を噴出した。
「ち、違うわよ!歳だって全然違うし、向こうは人間だし……」
珍しく、フィーネが顔を赤くしている。
「フィーネは、オルガのことが好きなのね? 」
リリィは、子供なので遠慮がない。
「いい人とは思うけど、それだけよ」
リリィとモックは、にやにやしている。
「この話はおしまい! 」
「つまんないのー」
リリィとモックは部屋に戻った。
「まったく、リリィったら……」
フィーネは紅茶を一口飲んで、昔のことを思い返していた。
フィーネには、初恋の人がいた。相手はもちろんエルフ。
エルフの里の幼馴染で、子供のころから一緒に遊んでいた。
とある夜、エルフの里が魔物の群れに襲われた。
「フィーネ!逃げて! 」
両親と離れ離れになったフィーネは、逃げる途中に信じられない光景を目にする。
巨大な一つ目の魔物がエルフを喰っている。そのエルフはフィーネの幼馴染だった。彼は最後の力を振り絞ってフィーネに言った。
「フィーネ、ありがとう。大好きだよ」
そして、魔物に一飲みで喰われてしまった。
フィーネは叫んだ。そして、逃げた。
「……また、嫌なことを思い出しちゃった。長生きするのも辛いわね……」
フィーネは、また、紅茶を一口飲むと、遠くに目をやった。
鬱蒼とした森の間から、青空が見える。その空は、エルフの里の空に似ていた。
「あんな思いは二度としたくないわ」
フィーネは、そうつぶやくと、まどろみの中に落ちていった。




