第2話
森の中の一軒家。
エルフのフィーネは朝のまどろみの中にいた。
「むにゃ、むにゃ。もう食べられないわ......」
きっと、ご馳走を前にして幸せな気持ちの夢を見ているんだろう。涎を垂らして満面の笑みで寝息を立てている。
そんな幸せな時間を切り裂くような叫び声が響く。
「フィーネ! おはよう!朝だよー! 」
寝室のドアをバタンッと開けてリリィが飛び込んできた。
そして、ベッドで寝ているフィーネにフライングボディアタックを喰らわす。
「フィーネ! 起きて! 」
ドンッ!
グエッ!
フィーネの息が一瞬止まった。
「ゲホッ! ゲホッ! 何するのよ! 」
「ねえ、フィーネ! 早く起きて! 」
「もう...、何なの? 」
「だ、か、ら! 朝だよ! 起きて! 」
「はい、わかった、わかった。じゃあ、おやすみ」
そう言うと、フィーネは布団に潜り込む。
リリィは、しつこく食い下がる。
フィーネの体を揺すりながら、
「ねえ! 起きて! フィーネ! 」
なかなか起きないので、呆れている。
のんびり暮らしたいフィーネにとって、ベッドでのまどろみの時間は、貴重なのだ。何人たりともそれを妨げる事は許されない。
結局、リリィは諦めて出て行ってしまった。
しばらくすると、キッチンで何やら音がし出した。リリィが朝食を作っているようだ。
トントントントン。
カンキンコンカン。
ドタンバタン。
グウィーングワーン。
およそ、料理とは思えない音がしている。
そして、
ドッカーンッ!!
爆発が起きて、フィーネが飛び起きた。
「リリィ! 何が起きたの! 」
「フィーネ......、ごめんなさい」
リリィが申し訳なさそうにうつむいている。
キッチンの前の壁が吹っ飛んで、森が見えている。
「朝食を作ってたんだよね? 」
フィーネが言うと、
「そうなんだけど、何故かこんなことに」
リリィが答えた。
「あなたは、もう料理しないで」
フィーネは、そう言うと、右手を伸ばした。
「時よ戻れ、リバース! 」
すると、キッチンの壁が見る見るうちに元に戻っていく。
リリィは、キラキラした目で、その様子を見ている。
「ふわぁ。じゃあ、おやすみ」
フィーネは、そう言うとベッドに戻った。
リリィは、また、フィーネの寝室に入っていく。
「フィーネ! もう、起きて! 」
さすがにフィーネも、諦めたのか、やっと起き上がった。
「わかったよ、リリィ。もう起きるわ」
欠伸を噛み殺しながら、フィーネはキッチンに向かう。リリィもその後をついて行く。
フィーネがキッチンに向けて手を伸ばすと、食材や調理道具が勝手に動き出し、料理を作り始めた。
あっという間に皿に盛り付けがされて、テーブルに並ぶ。ティーカップに紅茶が注がれて、朝食が出来上がった。
「すっごーいっ!! 」
リリィが椅子に座りながら言う。
「さぁ、リリィ。朝食にしましょう」
フィーネも椅子に座った。
「いただきます」
「いっただっきまーす! 」
目玉焼きにベーコン、マッシュポテトとトースト。
フィーネの記憶の中にある朝食のメニューだ。
「美味しい! 」
リリィが満面の笑みでほおばる。
「ゆっくり食べなさい。リリィ」
フィーネが嗜める。
「フィーネは、冒険に出た事はないの? 」
「冒険? そんな面倒くさい事は卒業したわ」
「前世でもないの? 」
「一度、勇者と一緒に魔王を倒した事はあったわね」
「凄い! その時は、エルフだったの? 」
「いえ、ドワーフの戦士だった」
「えー! フィーネがドワーフだったなんて想像がつかないなぁ」
「99回も転生してたら、いろいろあるわよ」
「良いなぁ。私も冒険したい」
「そんなに良くないわよ。死にかけるし」
「フィーネの前世の話、もっと聞きたいな」
「時間はたっぷりあるから、いずれ話してあげるわよ」
そう言って、フィーネは立ち上がると右手を上げた。
テーブルの上の食器がキッチンの水桶の中に入り、綺麗に洗われる。
それを見届けると、フィーネは家の外のロッキングチェアに腰掛けた。
フィーネの椅子の隣りには、もう一つ小さな椅子が置いてある。リリィのためにフィーネが作ったものだ。
後から来たリリィも、椅子に座った。
ギィギィギィ。
ロッキングチェアを揺らしながら、退屈そうにリリィは言う。
「いつまで、のんびりしてるの?フィーネ? 」
「夜までよ」
「えー! 何か面白い事ないの? 」
「こうして、のんびりしてるのが良いのよ」
リリィは納得していない様子で、立ち上がった。
「ちょっと、お散歩行ってこようかな? 」
森に向かって歩き出した。
「行ってらっしゃい。迷子にならないようにね」
フィーネは、座ったまま手を振った。
リリィは、フィーネの方を何度も振り向きながら森に歩いて行った。
「私は、一日中のんびりなんて嫌よ」
ドンドン森の中を進んでいく。
森はまるで生き物のように蠢いている。リリィの向かう先には、怪しい気配が漂っていた。
その頃、フィーネはロッキングチェアに揺られながら、うたた寝を楽しんでいた。
「むにゃむにゃ、もうお腹いっぱいよ......」




