第1話
ここは、ウエス国の森の中。
ぽつんと一軒、小さな丸太小屋が立っていた。
苔むして蔦が這うその小屋には、一人のエルフが住んでいた。
「ふぁ〜......、今日も平和だな」
古めかしいロッキングチェアに揺られながら欠伸をしたのは、エルフのフィーネ。女性の歳を言うのも憚れるが、齢1,000歳である。
「失礼な! まだ995歳よ! 」
これは失礼。995歳とは言っても、そこは不老長寿の種族、見た目は人間で言えば、20代後半くらい。本人はまだまだ若いつもりである。
「つもり、じゃなくて本当に若いのよ! 」
またまた、失礼。
そんなフィーネの望みは、のんびり暮らすこと。その為には、いかなる努力も惜しまないのだ。
今日もフィーネは、日課のティータイムを楽しんでいた。
「何にもない平穏な一日。コレが一番の贅沢ね」
フィーネが、のんびりした暮らしを望むようになったのは、ただ長く生きているからだけではない。
彼女は、エルフに生まれる前に99回の様々な人生を経験していた。つまり、99回転生した結果が、今のエルフなのである。
99回も生と死を経験すれば、流石に神のような達観した境地になるのだろう。
「そう、99回全部記憶に残ってるから、いまだに夢に見る。もう、うんざりだわ」
・・・兎に角、これが、フィーネがのんびりにこだわる理由なのだ。
こんな調子なので、近くの町の人とも交流は殆どなく、人間の話し相手もいない。森に住む魔物や動物が話し相手だ。
「眠くなってきたわね......」
フィーネは、うたた寝をはじめた。
こうして木陰でロッキングチェアに座って紅茶を飲みながら、うたた寝をするのが、彼女にとっての最高の幸せな時間だった。
夕方になると、最低限の食料を確保する為、森に狩りにでる。フィーネは、一通りの魔法はマスターしているので、この辺りの魔物なら瞬殺だ。
料理も、過去に料理人に転生した経験があって、プロ級の腕前である。
今日も、手早く調理をして、パパッと食事をすませる。
食後は、ロッキングチェアに座って、紅茶を飲みながら、星空を眺める。
それが日課だ。
「今日も、のんびり良い一日だったな」
そうして、眠くなるとベッドに入って寝る。もう、何百年もこんな生活を繰り返しているのだ。
そんなある日のこと。
フィーネは、いつも通りティータイムを楽しんでいた。
「助けてー! 」
静寂を破るように少女の叫び声が聞こえた。
フィーネは飛び起きて、声のした方に注意を向ける。
すると、森の中から少女が飛び出してきた。すぐ後ろには、野犬が一匹、追いかけて来ている。
「面倒臭いなぁ」
フィーネは、そう言いながらも、右手を前に伸ばした。
「炎よ出でよ、インフェルノ」
フィーネの右手から炎が放たれ、野犬に直撃した。
ギャンッ!
野犬は丸焼けになってしまった。
少女は、唖然として、それを見ていた。
「さて、うたた寝の続き」
フィーネは椅子に戻って、うたた寝の続きをしようとしたが、少女が駆け寄って来た。
「お姉さん! ありがとう! 」
少女は、目をキラキラさせている。
フィーネは、ちらっと少女に視線を向けたが、手を振って追い返そうとした。
それでも少女は、近づいてくる。
「お、ね、え、さ、ん! 」
フィーネの顔を覗き込む。仕方なく体を起こして少女に返事を返す。
「大丈夫?怪我は無かった? 」
「うん! ありがとう、お姉さん」
「ここは危ないから気をつけて帰りなさいね」
「わたし、リリィ。お姉さんは? 」
「私はフィーネ」
少女は、フィーネに興味があるようだ。
「お姉さんはエルフなの? 」
「そうよ。あなたは人間ね」
「わたし、エルフに会うの初めて。嬉しいな」
「別に珍しくもないでしょ、エルフなんて」
「この世界のものは、みんな不思議で素敵だよ。前の世界には無かったものばっかり」
「前の世界? あなた、もしかして転生者? 」
「そうだよ、なんで転生者ってわかったの? 」
「私も転生者なんだ」
リリィは、驚いた顔をして聞いて来た。
「じゃあ、お姉さんの前世も日本人? 」
「いや、私は何回も転生してるから。でも、日本人だったこともあるね」
「何回も転生してるなんて凄い! 」
「凄くはないよ。何の役にも立たないしね」
リリィは、ますます前のめりになって聞いてくる。
「わたし、この世界のことを知りたいの。ここに住んで良い? 」
「えっ? あなた、自分の家は無いの? 親は? 」
「大丈夫! 迷惑は掛けないから! 」
「そうじゃなくて......」
リリィがキラキラした目で見つめてくる。
「じゃあ、決まりね」
「勝手に決めないで! 」
「お姉さん、よろしくお願いします! 」
リリィが頭を下げた。
「・・・仕方がないなぁ」
結局、フィーネはリリィに押し切られてしまった。
こうして、995歳のエルフと12歳の人間の少女の奇妙な共同生活が始まったのである。




