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第二章始まります。
この章はルーカス視点で進みます。
俺の名前はルーカス。平民だから、姓はない。
俺には記憶障害がある。しかも、二種類の記憶障害だ。
一つは、五歳までの記憶だ。俺の記憶は不自然に、五歳のある時点から始まる。
もう一つは、母の記憶だ。母とは六歳で死別した。五歳からの一年間、俺は母と同じ場所で暮らしていたはずなのだが、その記憶がポッカリとない。不思議なことに、ここに誰かがいた、誰かと喋った、という記憶はあるのだ。それが母なのだということは教えてもらって知っているが、母の姿も、声も、雰囲気も何もかも、俺にはさっぱり思い出せない。
ではまず、俺の最初の記憶について話そう。
その日、俺が目を覚ますと、見知らぬ男女が俺の顔を覗き込むように見ていた。
「よかった!目覚めたんだね!!」
なんて涙ぐみながら言われるが、俺にはよく分からない。声を出そうとすると、掠れて音が出なかった。
「あぁ、まずはお水を。一人で飲める?」
そう言って、女性の方がサイドテーブルの水差しからコップに水を注ぎ、渡してくれた。
ありがとうございます、とお礼を言ってコップを受け取り、水を飲む。そんな俺の様子を見ながら、彼女はまだ目の端に涙を光らせながら笑った。
「ルーカス君は、礼儀正しい子ね」
「ルーカスくんってだれですか?」
俺がそう言うと、笑顔だった二人の顔が急に強張り、また目に涙を溜め始めた。
「よっぽど怖い目にあったのね……」
「こんなに小さい子が、可哀想に……」
二人は俺を抱きしめると、
「おいで。お母さんに会いに行こう」
と言った。
見知らぬ男性に抱っこされて、俺は隣の部屋のベッドに連れて行かれる。
そのベッドの上の人物を俺に見せながら、
「君のお母さんは、君のためにたくさん魔法を使ったから、今はまだ寝ているんだよ。お母さんのことは、覚えているよね?」
男性に問われて、俺はフルフルと首を横に振った。
とうとう、女性が声を上げて泣き始めた。
俺を抱っこしている男性の方も、プルプルと震えながら涙を堪えていたが、そうか、と優しい声で言って、俺と目を合わせてきた。
「君の名前がルーカスだということは、ここで寝ている君のお母さんが教えてくれたんだよ。お母さんは、君のことが大好きだから、目が覚めたら君とお話をしたがると思う」
「でもぼく、なにもわかりません。ぼくのことも、この人のことも、わからない」
俺がそう言うと、男性はとうとう涙を流しながら、
「大丈夫。きっと、お母さんと話をしているうちに思い出すよ。それに、嫌なこと、辛いことは忘れていいんだ。忘れたらまた、楽しい思い出を一から作っていけばいい」
と言って、俺の頬に顔を擦り寄せてきた。
涙で濡れた頬は少し冷たかったが、彼らの気遣いは温かかったのを覚えている。
ただし、この場面をいくら思い出しても、俺の脳裏に母の姿はなかった。
今回ちょっと短いので、次の話はすぐに上げる予定です。