1-5
長い話をふたつに分けたので、前回の最後の一文を最初に入れています。
戸惑い萎縮するルーカス様に、殿下は意味深な目線を向けた。
そんなに見つめたら、彼がもっと縮こまってしまいます!やめて差し上げて!と言いたかったが、殿下が話を続けるため、口を挟めない。
「まぁ、敬語の話はおいおいするとしよう……ところでマリアンヌ。彼の外見は珍しいだろう?髪色はもちろん、両耳のピアスとか」
「ええ。お母様がセインス国の方だと伺いました。とても美しいですわ」
私が返すと、殿下はにっこりと笑った。あ、これはまた、何かを企んでいる顔だわ。
「そうか、じゃあこの話も聞いたかな?両耳のピアスはセインス国の風習で、両親が自分たちの瞳の色の石を子供にプレゼントする。右が父親、左が母親の瞳の色だ。つまり、ルーカスの父君の瞳は青、母君は紫ということだね」
「はい。聞き及んでおります」
会話をしながら、二人でルーカス様の方を見る。注目された彼は、非常に居心地が悪そうだ。
「石の色を見るに、ルーカスの父君は、彼と全く同じ色の瞳をしているみたいだね」
クリストファー殿下の言葉に促されるまま、ルーカス様の右耳に注目する。そこに光る石の色は、澄んだ青色だ。……図書館で見たときは赤かったはずなのに。
私の中で、いろいろな情報が一つの結論を結ぼうとしていた。それを補助するように、殿下の言葉は続く。
「セインス国では、とても珍しい、魔石と呼ばれる宝石が取れるんだ。
魔石は、色は様々だが、共通して、魔力灯の光に当てられると色が変化するという特徴がある。
そして、とても高価なんだ。
特に、宝石にしては珍しく、小さく加工してあるものほど高い。
これは魔石の非常に割れやすいという性質が関係していて、小さく思い通りの加工をするのが難しいためだ。
魔石を加工するには、防御魔法を石にかけながら、強度を調整して加工していく技術と、出来上がった物を保護するための強力な防御魔法が必要となる。
だから、小さな魔石は、加工技術も込みで非常に値の張るものだし、セインス国から輸入するしか手に入れる方法はないわけだ」
さて、と一息ついた殿下はルーカス様に問う。
「そんな高価なものを赤子に着けさせる親とは、いったい何者だろうね?……とにかく、君が愛されて生まれてきたことだけは間違い無いようだけど」
クリストファー殿下の言葉に圧倒されていたルーカス様は、絶句したままぶるりと身を震わせた。
その様子を見た殿下は、人好きのする笑顔を作ってみせ、その後私の方を向いた。
「うっかり魔石の説明ばかりしてしまった。ちょうど今興味のある分野の話だったものでつい、ね。
すまない、紹介に戻ろうか。
ルーカスは今まで魔法を使ったことがないらしくてね。授業で習うまで彼の瞳がどう変わるか、変わらないかは分からないんだ。でもきっと、私と同じ色に変わるんじゃないかと思うんだけど……」
もうそこまで言えば、いや、言われなくともその前から分かってしまった。
クリストファー殿下は、ルーカス様を王家の血筋の者だと思っているのだ。思っているというより、断定している。きっと、彼には私の知らない情報や根拠もあってのことだ。
だから、私に紹介しようとしていたのだ。貴族のピーター様ではなく、現在平民、実は王族のルーカス様を。
ルーカス様を見ると、彼は困った顔で完全に弱りきっている。
こんなに素直な方が、権謀術数渦巻く王城でやっていけるのだろうか?私が守ってあげたい……かわいい…かわいい……
彼の可愛さに内心悶えていると、唐突に気づいた。
私、この方と、ルーカス様と恋愛してもいいのでは?
彼が王族なら、身分も釣り合っている。何より、こんなに素直で可愛い殿方が、私を見て真っ赤になって、かわいいと呟いてくれる高貴な男性が、他にいるだろうか?
私の中で私を堰き止めていた、「バレンティ公爵令嬢として」という責任感が押し流される感覚がする。私はその感覚に身を任せることにした。
そんな私の心情の変化を小癪にも感じ取っているだろうクリス殿下が、何も分かっていなさそうなルーカス様に話しかける。
「さぁ、ルーカス。君の紹介はこのくらいにして、次は彼女を君に紹介しよう。彼女の名前はマリアンヌ・バレンティ。バレンティ公爵家のご令嬢だ」
言いながら、今度は私の方に右手を向ける殿下。ニコニコと人好きのする笑みを浮かべてはいるが、そのアイスブルーの瞳の奥は面白そうに揺れている。
対するルーカス様は、公爵家!?と息を呑み、またしても固まる。
そんなルーカス様に笑顔を向ければ、彼は恥ずかしそうに目を伏せ、赤くなった。かわいい。
「彼女は私と十歳の時に婚約したんだが」
殿下の言葉に、ルーカス様がびくりと肩を振るわせた。
顔を俯けているから分かりにくいが、目をこぼれんばかりに見開いている。ああ、そんなにいじめないであげて。
「先ほど婚約を解消してね。ルーカスとマリアンヌ、合いそうだなと思って、二人を会わせてみたというわけ」
ガタンッと音を立てて、ルーカス様が椅子から立ち上がった。
真っ赤な顔に、驚きでまんまるくした青い瞳が私を見て、殿下を見た。
クリストファー殿下はおかしそうに笑って、言葉を続ける。
「どうかな?ルーカス。私は二人、お似合いだと思うのだけど」
もはや笑いを隠そうとしなくなった殿下に言われて、ルーカス様は目を白黒させている。赤い顔はさらに赤くなり、ピアスの光る両耳も真っ赤に染まっていた。
ルーカス様を翻弄するクリス殿下に、私は少しだけ不満を持つ。
殿下ばっかり、ルーカス様とやりとりして……ずるいですわ
殿下の思い通りになるのは癪だが、彼の意識をこちらに向けようと、私は動いた。
カタン
私はルーカス様と同じく立ち上がり、椅子の横にずれて、彼を真っ直ぐに見た。
そして、貴族然とした丁寧かつ綺麗なカーテシーを行う。
「ご紹介に預かりました、マリアンヌと申します」
私がニコリと微笑むと、ルーカス様は弾かれたように綺麗な立礼をした。
「ルーカス、です。よろしくお願いします」
それは確かに、しっかりと教育された立礼だったが、彼の上気した頬と緊張に震える声がぎこちなさを感じさせ、可愛くてたまらない。
緊張に震える彼は、それでもまっすぐと私を見ていた。彼の青い瞳に、私のピンクブロンドの髪が映り込んでいるのが見えるほどお互いうっとりと見つめ合う。
時間にして数秒、たっぷりと見つめ合った私達は、ほぼ同時に意識を取り戻し、はっと覚醒した彼に、パッと視線を逸らされる。
それでも私の目は彼に釘付けだった。艶やかな黒髪が、薫風にはらりとなびく。その際あらわになった耳は熟れた桃のように赤くて、それが可愛くて、嬉しくて、可愛くて。
『かわいい……!!」
私の大きな心の声が、彼から聞こえた。否。私の心の声と、彼の呟きがぴったり重なったのだ。
その瞬間、私の頭の中に、大きな鐘の音が鳴り響いた。
輝かしい金色の鐘の周りには、愛らしい天使たちがラッパを吹きながら飛び回っている。
そして、私は誓った。
彼と絶対に恋をして、
彼と絶対に恋人になって、
彼と絶対に婚約者になって、
彼と絶対に夫婦になって、
彼と!
絶対に!絶対に!!絶対に!!!
「やっぱりね。相性いいと思ったんだ」
クリストファー殿下、もとい、私たちの仲人が言った。
苦笑混じりのその声は、目の前のルーカス様に釘付けになっている私にはどうでもいいものだった。
ただ、心の中で仲人に感謝を贈り、今後自分が歩む予定の幸せなプランを想像する。
未来の私の隣には、この、かわいい黒髪の人がいるのだ。
心の中で決意の拳を握りしめた。
私、幸せになります!
はい、プロローグに戻ってきました。
これで第一章終了です。
幕間を挟んで、第二章に続きます。
お読み頂きありがとうございます。