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今回も話をふたつに分けています。
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私達が中庭のガゼボに着くと、クリストファー殿下はガゼボの周囲三メートルくらいを大きな氷の結界で覆った。
殿下が魔法を使うと、彼のアイスブルーの瞳が紅に染まった。殿下の魔力に反応して瞳の色が変わったのだ。
ベアステラには、魔力を使うと瞳の色が変わる人が多くいる。
クリストファー殿下の紅く変わる瞳は王家の特徴の一つで、王族の血を引く者によく現れる。今の陛下も、青い瞳が赤く変わるし、王弟である私の父もそうだ。
……ちなみに、私の瞳は母似の漆黒で、魔力を使ってもその黒さは変わらない。実は少し、瞳の色が変わるのに憧れがあるのだけど、残念だ。
私がそんなことを考えていると、殿下が私を現実に引き戻すように、パンッと手を叩いた。
「今、周囲に結界を張った。これで、結界の中の私達の姿は外には見えないし、声も聞こえない」
だから安心してくれ、と殿下は言うが、私達は戸惑いを隠せない。
ずいぶん大きな結界を張ったものだ。
春を感じさせる小花や黄緑色の若草が素敵な中庭。そこに建つおしゃれなガゼボに、全く似つかわしくない巨大な氷の結界。
確かに、クリス殿下の得意魔法は氷魔法だから、氷の結界が一番精度のいいものなのだろうけど、外から見た人はどう思うだろう?
私の視線に気づいたのか、殿下はニッコリ笑って
「綺麗だろう?この結界は、中からは外が見えるが、外からは光の反射を利用して中が見えないという優れものでね。光学迷彩式結界というのだけど。ガゼボもすっかり消え去って見えるから、誰かがうっかり結界にぶつかるかもしれないね」
なんて説明をしてくれた。
そんな話をしつつ、クリストファー殿下は、私と黒髪の彼を向かい合わせで座らせ、自分はその間の席に座った。
ニコニコと笑顔の殿下を見ながら、私は、これは何か企んでいる時の顔だわ、と思う。
クリストファー殿下は、さすが第一王子というだけあって、貴族的なやり取りが上手いのだ。
表情の作り方から仕草、発言内容はもちろん声の高低まで計算され尽くした身のこなしは、将来王位を継いだ際、非常に武器となるだろう。
それに比べて、目の前の彼のなんと素直なことか。
体は緊張から縮こまっているし、顔は不自然に強張っている。青い瞳が揺れて、胸中の不安を物語る。
心配になってじっと観察していると、パチリと目が合った。その瞬間に、顔中真っ赤になって俯く彼の、なんと愛らしいこと。
平民とは、こんなにも素直に感情表現をするものなのね
そう思って、少し、胸が痛む。
そう、彼は平民だ。対する私は公爵令嬢。身分が釣り合わない。
そんなことを考えて、はっとする。身分が釣り合わない?ただの学生同士、そこに問題はないはずだ。私は何を考えて……
変な思考を追い出そうと、内心首を振る。そんなことをしていると、クリストファー殿下が朗らかに話し始めた。
「さて、今日二人を引き合わせたのはね、私が思うに、二人はすごく相性がいいのではないかと思ったからなんだ」
一体なんの相性の話だ、と思ったが、一応身分の高い者の話は遮らず最後まで聞こうと沈黙を貫く。
「二人は図書館ですでに出会っていたみたいだけど、何か話はしたかい?自己紹介は?」
対面に座る彼をチラリと見たが、彼は王子に萎縮しているようで話せそうになかったため、私が口を開いた。
「少し雑談をしただけで、自己紹介はしていませんの。お互いの名前も知りませんわ」
私がそう言うと、クリストファー殿下はそうか、と言って、右手を縮こまっている青年の方へ向けた。
「では私が紹介しよう。マリアンヌ、彼の名はルーカス。平民だから姓はないな。隣のクラスの同級生だ」
ルーカス様、というのね。
私は彼の名を脳裏にしっかりと刻みつける。
「彼は、同じく隣のクラスのピーター・スコット男爵子息の従者だそうだ。ルーカスとピーターはエマと仲良くしていたから、彼女を通して知り合った」
なるほど、想い人のエマ嬢のそばにいたから、邪魔しようとしているのか。恋敵を私に押し付けて、自分が優位に立とうとしている、と。
そう考えて、でも、と思いとどまる。
だったら、私に紹介するのは平民のルーカス様ではなく、貴族のピーター様の方ではないだろうか?エマ様も伯爵令嬢だし、殿下の脅威になりうるのは同じ貴族の男性では?
それに、殿下はバレンティ公爵家の力を知っている。
ベアステラ王国におけるバレンティ公爵家は、かなり重要で特殊なポジションに立っている。国に益をもたらすことも、害をもたらすこともできる家。それがバレンティ公爵家なのだ。
その公爵家の令嬢をおいそれと市井に放ってはいけないことは、王族ならばよく知っているはずなのだ。そんな殿下が、なぜ……?
ふと顔を上げると、対面で緊張に震えていたルーカス様がなんとか自分を叱咤して顔を上げていた。
黒い前髪から覗く真っ赤な顔が、潤んだ青い瞳が、健気で愛おしい。
両耳のピアスが、太陽の光を反射して小さく光っている。
青と紫の小さな石が……
あら?
急に生じた違和感に、私は小首を傾げる。すると、ルーカス様はますます真っ赤になった。
「うぅ…かわいい……」
彼の小さな呟きが聞こえ、私の血液が沸騰するのを感じた。
さっき感じた違和感なんてすぐに吹っ飛んでしまう。きっと、私の顔も真っ赤に染まっているだろう。
そんな私達をニヤニヤ見比べながら、殿下は紹介を続けた。
「ルーカスは、幼い頃にスコット家に拾われ、ピーターと兄弟のように過ごしてきたそうなんだ。その際、ピーターと共に同じ教育を受けてきたそうだから、貴族的なマナーも身についているし、私達とも仲良くやっていきやすいだろう。な、ルーカス」
「……スコット家が叙勲したのは数ヶ月前のことですから、貴族的なマナーに関しては、自分もピーター様もまだまだでございます」
「そんな様付けなんかして、慇懃無礼だとピーターが怒るぞ。……いや、あいつなら泣くか。それにルーカス、私に対しても、敬語はいらないと言っているだろう?同じ学生同士、フランクにいこう」
「いえ、さすがに王子殿下に敬語を外すわけには……」
戸惑い萎縮するルーカス様に、殿下は意味深な目線を向けた。
続きはすぐに上げる予定です。
キリのいいところで半分にするの難しい…
でも、自分だったら1話は短い方が読者として助かるんですよね…
皆さんはどうですか?