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長い話をふたつに分けたので、前回の最後の一文を最初に入れています。
もっと、彼のことが知りたい
『あの……』
そう思って、なんとか絞り出した声は、彼の声と重なった。全く同じタイミングで口を開いたことがおかしくて私がくすくすと笑うと、彼もおかしそうに笑う。
「ごめんなさい、お先にどうぞ」
と私が言うと、
「いえ、そちらこそお先に。……見たところ、高貴な身分の方ですよね?自分は平民なので」
と返される。
ああ、どうりで。と私は納得する。
こんなに珍しい髪色、ピアスの貴族がいたら、社交界で話題になっていないはずがない。高等部の年齢の者達は、貴族なら大体が社交界デビューを済ませているはずだし、公爵令嬢かつ次期王妃予定だった私が知らないはずがないのだ。
王立学園は中等部まではほぼ貴族の学校だが、高等部からは身分に関係なく優秀な者には門戸を開いている。それによる身分差別問題などあるにはあるが、今考えるのはそこではない。
私はバレンティ公爵令嬢、つまり国内有数の名家の令嬢で、クリストファー殿下の婚約者(数時間前までだが)。この学園に通う全ての貴族はそのことを知っている。
そんな私への周りの対応といったら、なんとかお近づきになって傘下に入ろうとするか、失礼に当たらないように遠巻きに見るかのどちらかである。特に男子生徒は距離が遠い。
そんな対応が当たり前だった中で、私を助け、見つめ合い、自分から声をかけようとする同年代の男の子。そんなのは、私のことを知らない平民の男子だけなのだ。
私のことを知られたら、この方も話しかけてくれなくなるのかしら
それは寂しいな、なんて思ってしまったのを誤魔化すように、私はにこりと笑ってお礼を言った。
「ありがとうございます。……あの、本がお好きなのですか?」
少し迷って、当たり障りのない質問をした。
この人のことがすごく知りたかったし、訊きたいことも沢山あったが、どれから訊けばいいのか分からなくなってしまった。
先程から、妙に自分の鼓動が大きく聞こえる。一体どうしてしまったのだろう?
私は自分の胸の前で両手を握りしめた。
「あ……はい。本は好きです。」
目の前の彼が、返事をくれる。たったそれだけで、舞い上がるほどに嬉しくなる。この気持ちは、なに?
「どのような本を……?」
「あ…えっと……今日は、セインス国についての…」
彼の言葉に私は目を輝かせた。
「セインス国!もしかして、貴方はセインス国の血を引いていらっしゃるの?」
「はい。母が、セインス国の人だったそうで」
セインス国とは、ここ、ベアステラ王国の遥か北にある国で、地理的な問題やその他色々な事情から、現在我が国と国交のない国である。
我が国を含む周辺諸国には珍しい、聖属性魔法の使い手が多く、聖属性魔法を使う者に多い紫の瞳を持った者が多いと聞く。そして、魔法の属性には関係ないが、セインス国には黒髪の者が多いそうだ。それも、ベアステラ周辺では珍しい色である。
「通りで、珍しい髪色だと思いました。素敵な黒髪ですね」
彼と話ができてニコニコの私がそう言うと、彼もはにかんだように笑って
「貴女の漆黒の瞳も珍しいですよ。とても綺麗ですね」
と褒めてくれた。
そう、私の黒い瞳も、バレンティ家固有の珍しい色。だけど、その色を怖がらず、綺麗だと本心で言ってくれた人は彼が初めてだった。
分かってる。彼が平民で、バレンティ家のことを何も知らないからそう言ってくれていることは。分かっているけど、嬉しいものは嬉しい。
嬉しくて、どんどん饒舌になる。もっと、彼と話していたい。
「珍しいといえば、そのピアスも珍しいですよね。それもセインス国のものですか?」
私がそう訊くと、彼はビクッとして、右耳のピアスを指で隠した。
「……これ、そんなに珍しいですか?確かに、この国の男性がピアスをしているところを見た事がないですけど」
彼の若干固くなった態度に、内心首を傾げながら私は言う。
「男性がピアスをしている、というのもそうですが、左右で色が違うところとか、石が小さめで殆ど主張してこないところとかは、女性がしていたとしてもこの国では珍しいかと」
ベアステラでは、ピアスは一般的に貴族の女性がつけるものだ。それも、大ぶりで目立つものが良しとされている。石は大きければ大きいほど良いし、石はそこまででも、他の細工を大きく目立たせる。ここ数十年、小さなピアスの流行は来ていない。
私の言葉に、彼はほっと息を吐いて、安心したように笑った。
「さすが、貴族の女性はおしゃれに詳しいですね。……はい、そうです。このピアスは、セインス国の風習で、幼い子どもに両親からお守りとして贈られるものなんです。左右で色が違うのは、それぞれ右が父、左が母の瞳の色になっているからです」
「そうなんですか。素敵な風習ですね」
言いながら、私は今一度、彼の両耳のピアスを見た。
右がお父さんで、左がお母さん。彼のピアスは、右が赤で、左が紫だから、お父さんは赤い瞳で、
お母さんは紫の瞳ということになる。じゃあ、彼の青い瞳は隔世遺伝か何かなのね。そう考えていたところ、
「ありがとうございます。…俺は父のことを憶えていないのですが、このピアスを見る限り、俺は髪は母譲りで、瞳は父譲りなんだなって……」
「え?」
彼の台詞に私の頭の中が疑問符でいっぱいになった。彼に質問しようと私が口を開きかけた時、
「ああ、いたいた。探したよ」
私の後ろから、聞き慣れた声が聞こえた。クリストファー殿下だ。
ようやく来たのか、という思いと共に振り返ると、彼は遅れたことを悪びれもせず、いつも通りの笑顔を貼り付けてこちらに向かってきた。
クリス殿下は、私達二人の顔を見ながら
「なんだ。もう出会っていたのか」
と笑みを深める。
そして、何が何だかという顔をしている私と黒髪の青年にそれぞれ目線を送ると、
「とりあえず、ここから出ようか。春だし、中庭のガゼボでいいかな。私は丁度、君たちを引き合わせようと思っていたんだ」
と言って踵を返した。
殿下の言っていることの意味がなかなか理解できずに固まっていた私は、少し遅れて殿下の後を追うべく動き出した。そしてそれは、黒髪の彼も同じようだった。
少女漫画らしくなってきたでしょうか?