幕間3 バイオレット・バレンティ公爵夫人 ③
幕間3、最後です!
「王城にやった使いに、王城付近の人目につきにくいところで待機を命じていたんです。ここは、王都近郊の森みたいですね」
よくやったな、と言いながら、魔法師団長は白い鳩の様な鳥の首元を掻いている。魔力の感じから、この鳥は魔法師団長が魔法で生み出した生物の様だ。
「セインス国に来てたった二日で王城に顔を出せるなんて、思っても見ませんでしたわ」
「もう少しゆっくりセインス国の中を観光したかったですね」
とんとん拍子に進む話に驚きつつそう言うと、リーアが苦笑する様に笑った。
そんな私達に、使節団の一人が話しかけてくる。
「ところで夫人、先程の商人とのやり取りですが……口約束とはいえ、あんなことを簡単に言ってしまって良かったのですか?」
彼が心配そうに問いかけるのを聞いて、私達は思わず顔を見合わせた。バレンティ家の人間で、私に対して騙される心配をする人はいなかったから、なんだか新鮮だ。
「お気遣いありがとうございます。ですが私、これでも人を見る目はあると自負しておりますの。エンコ商会もアカ様も、セインス国と商取引をする上で大事な縁を結べたと思っております」
「奥様の人を見る目は誰よりも正確で安心できますよ。幼い頃からお仕えしてきた私が、自信を持って言えます!」
胸を張って言ったリーアにくすりと笑って、彼は納得した様に頷いた。
「そうですか。今回の外交の全ての決定権は夫人にあります。私達も城を出る前に、夫人が言うことは全て真実だから、真剣に聞いて従うようにと言われております」
「バレンティ公爵家が城内で力を持っているからだと思っていましたが、それ以上に夫人がすごい方なんですかね?特殊な魔法が使えるとか」
そう口を挟んだ魔法師団長に、リーアは
「奥様に失礼なこと言わないで!」
と言いながら、彼をバシバシ叩いている。旅の間に、二人はすっかり仲良くなってしまった。
内心微笑ましいなと思いながら、私はいつもの無表情で
「ご想像にお任せします」
と言った。
私の読心魔法は国家機密ですからね。
それから私達は、歩いて王都の門を潜った。冒険者カードで無事に王都に入れた私達は、その賑やかさに圧倒される。
人の多さもさることながら、街中に溢れる魔道具に目がいった。特に魔道車なるものを見た時には、文明が違うとさえ思った。そうして口をあんぐりと開けながら(お下品なのであくまで心の中で)使節団一行は王城に辿り着いたのだった。
セインス国王城の門兵に来訪を告げると、すぐに案内の者に応接室に通された。そして、さほど待つことなく、二人の男性が現れる。長く豊かな黒髪を靡かせ、見事な紫の瞳が大変存在感を放っている大柄な男性と、その男性後ろを静かに歩く、細身短髪の、眼鏡をかけた男性だ。
「ベアステラ王国の方々、遠路遥々よくいらっしゃった。して、我が国に何用ですかな?」
席に着いてすぐ、挨拶もそこそこにそう問いかけてきた長髪の男性に、私は席を立ち、最大級の礼をとった。
「急な訪問にも関わらず、セインス国王陛下に直接お目にかかれますこと、大変光栄にございます」
私の言動に、使節団の皆が習う様に頭を下げる。
「セインス国から、主上の勅命で参りました。夫は公爵の地位を賜っております、バイオレット・バレンティと申します。この使節団の責任者です。」
「若いのに、しっかりしたお嬢さんだ。いや、奥様だったな、失礼」
短髪眼鏡男性の咳払いで、長髪男性はすぐに言い直す。そして、苦笑する様に笑った。
「貴女と同じくらいの歳の娘がいてね。つい、重ねてしまった。さて、本題に入ろうか。書簡には、我が国と友好関係を築きたいとあったが、今まで全く接点も無く、地理的に遠いうちと急に関係を築こうとしているのには、よっぽどの理由があるのだろう?それを教えて貰いたい。仲良くできるかは、それ次第だな」
綺麗な紫色の瞳が、私を射抜く様に見てくる。その身体から放たれるプレッシャーは、まさしく王の風格だった。
私は、一度静かに瞼を閉じて、そしてセインス王と対峙する様に彼を真っ直ぐに見た。
「ベアステラ王国周辺は、聖属性魔法を使える者が生まれにくい土地です。特に、国全体を守れる大きさ、強度の聖結界を張れるほどの聖魔法使いは数十年に一度、現れるかどうかという頻度です。そして現在、ベアステラには、国を守れる聖結界を張れる者がいません。最後にベアステラ王国に聖結界を張って下さった聖女様が亡くなって百年が経ちます。我が国の結界はもう限界です。一年と持たず、結界は無くなるでしょう」
応接室内に、さっと緊張が走った。リーア以外の使節団から、ここまで話してしまって良いのかという戸惑いの視線が向けられる。そして、それはセインス国側の男性二人も同様だった。
セインス国王の紫の瞳が、静かに向けられる。
「その様な国防に関わる秘事を、他国の王に話してしまって良かったのかな?」
私も、国王の瞳を静かに見返した。
「他者からの信頼を得るためには、こちらから情報開示をすることが必須です。これから国王にお願いすることに大いに関わりますので、我が国の状況をお伝えいたしました」
「私がその情報を元に、ベアステラ王国に攻め入るとは考えなかったのかね?」
「セインス国王陛下はそんなことをなさらないでしょう。……私はそういうのを感じ取るのが得意なのです。故に、主上からこの度の使節団を任されました。それに、たとえ聖属性魔法が無くとも、我が国の魔法師は一流です。国を守る結界は聖属性魔法が一番ですが、必ずしも聖属性である必要はありません。どうしてもという時には、別属性の結界を張るまでですわ」
お互いの腹を探る様に、私とセインス国王は暫く見つめ合った。
「……貴女にはこちらの情報が分かる手段があるということかな?若しくは、攻め入られても返り討ちにできる秘策があると?」
「ご想像にお任せ致します」
私がにっこりと作り笑顔を浮かべると、セインス国王は額を抑えて溜息を吐いた。
勿論、王城に入った時から読心魔法は使っている。
魔法から読み取るセインス国王は、腹芸とは真逆の公明正大な方だった。そして、どうやら宰相らしい国王の隣の男性は、涼しい顔の下で焦りや戸惑いの感情に振り回されていたが、国王に従順なため、害はないだろう。
「陛下」
宰相の嗜める様な言葉に、セインス国王はジロリと彼を見た。そして、もう一度深く溜息を吐く。
「陛下。お客様の前です」
「だがなぁ……今の話を聞いて、あちら側が何を求めてうちに来たのか分かるだろう?そして、それに対する我が国の答えもおおよそ一つしかない。それがな…………」
セインス国王は、私達が何のためにこの国に来たのか正確に理解していたが、私は彼の予想を確実にするため口を開いた。
「主上は、セインス国第三王女リオナ姫を妃に迎え、同時に我が国の聖女になって頂くことを望んでいます。それを機に、同国の友好関係を築き、ゆくゆくはお互いに有益な貿易や技術交換ができればと考えております」
私の言葉に、眼鏡の宰相は大きく目を見開き、セインス国王は三度溜息を吐いた。
「リオナを名指しとは、こちらの事情にも精通している様だな」
セインス国王の心に、娘への心配の気持ちが渦巻くのを感じる。父の娘を思う気持ちは、国王でも変わらない。
「……分かった。王妃に迎えてもらえるとは、リオナにとってこの上ない縁談だ。魔法技術が発達していると言われる大陸の国との交易は、我が国を潤すだろう。ベアステラ王国と友好関係を築けるのは、我が国としてもかなり有益である。しかし、私もただの一父親として、娘の意向に沿わないことはしたくない。遠い外国に嫁ぐとなると、尚更」
国王に懇願する様にそう言われて、私は頷くしかなかった。
「承知致しました。では、お返事が頂けるまでお待ちいたします。色良いお返事が頂けますことを願っておりますわ」
「かたじけない」
「使節団の皆様が逗留される部屋を、王城に用意いたします。ごゆるりとご滞在下さい」
そう言って宰相の方は頭を下げ、国王と共に応接室を出て行った。
その後、案内人に迎賓館の宿舎に通され、私達使節団はセインス王城に滞在することになった。
♢♢♢♢
迎賓館の宿舎で、リーアと同じ部屋にしてもらった私は、夕食後夜風に当たりに外に出た。
王城の敷地内にある迎賓館には見事な庭があり、そこには色とりどりの花が咲いている。中にはベアステラで見たことのない花も多く、非常に興味深い。そして、庭には当然の様に魔力灯が灯され、庭の至る所に見たことのない魔道具が置かれている。
「本当に、未来の世界に来たみたいだわ」
「え?」
思わず漏らした私の声に反応するように、花壇の影から声がした。びっくりして声の方を見ると、そこにはしゃがんで魔道具を動かそうとしている女性がいた。彼女の方も驚いた顔で、私を見つめている。大きな紫色の瞳と、ストレートの艶やかな黒髪が印象的な、私と同い年くらいの美少女だった。
「……ここで何をされているの?」
「花に、水をやりに来たんです。ここの花は、夜に水をやった方が育ちがいい種類ですから」
そう言って、彼女は謎の魔道具を手で示す。
「その魔道具で水をやるのですか?見学してもいいかしら?」
「え?はい。スプリンクラー、ご存じないですか?」
「うちの国では見たことないわ。……私、そこの迎賓館に泊まっているの」
「あ、ベアステラ国の……」
彼女の反応で、なんとなく察した。そうか、この方がリオナ姫か。見た目は深窓の令嬢そのままというお淑やかな外見。しかし、夜の迎賓館の庭で、一人で植物に水をやるような不思議な方。私のリオナ姫に対する第一印象は、そんな感じだった。
彼女がスプリンクラーと呼んだ魔道具を起動させると、魔道具が動いて周囲に水を散らす。その光景に思わず歓声を上げると、リオナ姫が微笑んで、
「スプリンクラー、起動させてみますか?」
と言ってくれた。
彼女の言葉に頷いて、次はこっちだと言う彼女の案内に従って庭を移動している途中、私はうっかり躓いてよろけてしまった。
「あっ!」
咄嗟に私に手を出したリオナ姫も巻き込む様にして、私達は盛大に転んでしまった。
「ごめんなさい。上手く助けられなくて……」
「いいえ。先に躓いた私が悪いのです……いたっ」
転んだ拍子に、どうやら手を擦りむいたらしい。私の傷を見て、リオナ姫は
「ちょっと失礼しますね」
と言って私の手を取った。そして、私の傷に手をかざして瞼を閉じる。温かい魔力の流れを感じたと思ったら、数秒後には傷は跡形もなく消えていた。聖属性の治癒魔法だ。
「すごい!やっぱりセインス国の方はすごいですね!ありがとうございます」
私がそう言うと、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「いいえ。お役に立てて何よりです」
そして、二人手を取り合って立ち上がる。その時、リオナ姫が顔を顰めて足を庇った。
「あの、大丈夫ですか?足、お怪我をされているんじゃ……」
「……うっかり捻ったみたいです。でも大丈夫です。すぐに治ります」
「あぁ、治癒魔法がありますものね。怪我を魔法で治せるなんて、羨ましいです」
私がそう言うと、リオナ姫はちょっと困った様な、悲しい様な顔をして、
「そうですね……ただ、私は自分を治癒出来ないので、城の者にやってもらいます」
と笑った。
その、辛さを耐えて笑った顔が、私が一番よく見たリオナの表情だったかもしれない。
その翌日、私は正式にセインス国王からリオナを紹介され、彼女はすぐにベアステラへ嫁ぐことを決めた。
ああ、リオナ。もしもあの時、私が陛下との縁談を持って行かなければ、貴女は遠い異国の地で死ぬこともなかっただろうに。
バレンティ家の家族の団欒の幸せの中で、私は静かに彼女に対する罪悪感を噛み締めていた。
これにて幕間3終了です。
ちょっと、書いてすぐ投稿しているので、後にちょこちょこ修正が入るかもしれません、すみません。
次からは第四章です。一応、ルーカス視点の予定です。次回もよろしくお願いします。




