3-11 フウセンソウ
書けたんだから投稿してしまいましょう。ということで、本日二度目の更新です。
それから和やかに、二人でお茶の時間を楽しんだ。二人とも、まだぎこちないながらもお互いを愛称で呼び合って、見つめ合って、笑い合う。楽しくて、ドキドキして、素敵な時間。図書館だとルカとこんな風にお喋りできないから、それはもう楽しかった。
「ここに植っている植物は、一部珍しい物もあるけど、殆どが育て易い植物なの。温室が、祖母のガーデニングから始まったものだから」
「ガーデニングの為にこんなに立派な温室を造るなんて、すごいな」
「一応、これでも公爵家ですから」
私がえっへんと胸を張ると、ルカがくすりと笑う。
そんな彼は、不意に机の向こう側のガラス壁付近に置かれた鉢植えを見て、
「これは……」
と呟いた。
それは、緑の袋状の実をつける植物だった。
「それ、珍しいでしょう?お兄様が、ダンジョンに生えていたのを見つけたと言って採ってきて下さったの。袋の実の中に、小さなハート型の種が入っていてね。とっても可愛くて、私のお気に入りの植物なのよ」
私が植物の袋の部分を手に取ると、ルカも植物に近寄った。
「風船草、だな。たぶん」
じっと植物を見つめながらルカはそう言った。
「フウセンソウ?初めて聞いたわ。植物にお詳しいのね」
「いや、そういうわけでは。ただ、最近読んだ本に出てきたから」
「ルカが最近読んでいる本って、セインス国の?」
最近、ルカはセインス国の本ばかり読んでいた。毎日のように図書館で一緒になっていたから、よく覚えている。
私が尋ねると、ルカは綺麗な青い瞳で私を見て頷いた。
「風船草は、セインス国にはよく生えている植物らしい。それに、この草にはとある縁起のいいお話があって……」
言いながら、私とばっちり目の合ったルカは、恥ずかしそうに目線を外した。私が話の続きを促すように見つめ続けると、ほんのり頬を染めた顔で口を開く。
「……恋人や、夫婦がお互いに風船草やそのモチーフの物を贈り合うことで、一生一緒に、仲睦まじくいられるという……セインス国では一般的な言い伝えがあるらしい」
ルカのその発言に、私は目を輝かせた。
「あのっ、実は……」
言いながら席を立ち、棚の一角に向かう。そこから四角いバスケットを抱えて戻ってきた私は、バスケットの中から取り出したものをルカに見せた。
それは、枠にはまった刺しかけの刺繍。
「これ、まだ途中だけれど、その植物をモチーフに刺したものなの。もう少しで完成するから、できたらハンカチにしてルカにプレゼントするわ!少し待っていて」
弾んだ声でそう言った私に、ルカは楽しそうに微笑んで、
「ありがとう。じゃあ俺も、今度何か贈るよ。風船草モチーフの物」
と言ってくれた。
私は大きく頷いて、ルカの隣で刺繍を始める。私がちくちく針を刺すところを、彼は興味津々に見ていた。なんだか可愛らしい。
「私のお気に入りの植物に、そんなジンクスがあるなんて嬉しいわ。どうしてフウセンソウに夫婦円満のジンクスがあるのかしら?」
「それは、セインス国では、風船草のことを別名、『蛍草』とか『愛の巣』と呼ぶそうなんだけど……」
手を動かしながらこぼした言葉に、ルカが答えてくれる。
「愛の巣?また、素敵な別名ね」
「そうだね。別名の由来は、風船草が風蛍の産卵に使われるからだそうだよ。風蛍という虫は知ってる?」
「もちろん!夜になると光る、小さな虫でしょう?ベアステラでもよく見かけるわよね。ただ、風蛍の卵や幼虫は見つからないって聞いたことがあるわ」
私の言葉に、ルカは頷く。
「そう。ベアステラでは風蛍の生態は謎とされているけど、セインス国の人たちは普通に知っているらしい。なんでも、風蛍は風船草の袋状の実の中に雌雄で入って卵を産み、子どもが巣立つまで見守った後、そのまま実の中で息絶えるんだって」
言いながら、ルカは風船草の実をそっと触った。
「つまり、夫婦になった風蛍が風船草の中で光るから『蛍草』であり、そこで産卵するから『愛の巣』なんだそうだ。風蛍の産卵は生涯で一度だけで、風船草の実の中で最期まで夫婦は一緒にいるから、セインス国では風船草を夫婦円満の縁起物として贈り合うようになったんだってさ」
「そこで風蛍ではなくてフウセンソウの方が縁起物となったのが不思議で面白いわね」
「たぶん、風船草を"二人の仲を取り持ってくれる物"として見たんじゃないかな」
確かに、フウセンソウは私とルカの楽しい話題として一役も二役もかってくれている。フウセンソウ様々だ。
刺繍を完成させる為、手だけは猛スピードで動かしながら、私はルカとの会話をのんびりと楽しんでいた。
「セインス国ではそんなに詳しく知られているのに、うちの国では風蛍の生態が殆ど知られていないのは何故かしら?」
「たぶん、風船草があまり生息していないからじゃないかな?セインス国にはどこにでも生えているような、ありふれた草らしいし。さっきから俺が話している内容も、子ども向けの絵本に載っていた話だしさ。まぁだから、もしかしたら御伽話の可能性もあるんだけれど」
信憑性の無い話をしてごめんと謝られたので、私は首を振って、ロマンティックな話を聞かせてもらって嬉しいと返した。
楽しくお喋りしているうちに刺繍が完成したので、刺繍枠から外した布をハンカチサイズに切って、端をかがる。私にとっては慣れた作業を感動した様子で見ている彼の、なんと可愛いことか。
「出来ました!」
出来上がったハンカチを広げて見せると、ルカがパチパチと拍手をしてくれた。
白い綿素材の布を、同じく白い糸でかがったハンカチは、右下の隅に黄緑の糸でフウセンソウを刺してある。風船のような実の辺りは黄色い糸を使って、実の中に風蛍がいるところをイメージしてみた。ルカとの会話内容を取り入れた形である。
刺繍が見えるように折ったハンカチを手渡すと、ルカは大袈裟な程に喜んでくれた。
「こんな素敵なハンカチを貰えるなんて……」
感動のあまり涙でも流しそうなルカを見て、思わず私も笑顔が溢れる。たまたま刺していた刺繍のハンカチを、こんなに喜んでもらえるなんて。贈った甲斐があります。
「ジンクス通り、一生一緒に、仲良くいられますように」
私がそう言って胸の前で両手を組むと、ルカはハンカチを持ったまま、両手で私の手を覆うように握った。そうして私の目を見て、蕩けるような笑顔で言うのだ。
「ありがとう、マリー。大好き」
ーーーー爆発するかと思った。
私は笑顔を返しながら、尊死しそうな程身悶えたくなる自分を必死で抑えた。
私の彼氏が可愛すぎるんですけど!!!!
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