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3-10 二人のお茶会


 バレンティ公爵家の中庭に建てられた温室は、ガーデニングが趣味だった祖母が建てさせた立派なものだ。全面ガラス張りの八角形の外観からクリスタルと呼ばれることもあるその建物は、名のある名工の作らしい。

 中は魔道具によって常に初夏くらいの温度に保たれ、ガラスの壁の柱に沿う様に蔦植物が植えられている。中央には大きめの木が数本生えていて、ガラスの天井から降り注ぐ日の光を柔らかく遮ってくれていた。

 東西南北それぞれにテーブルセットが置かれ、随所に置かれた棚には、ティーセットや簡単なおやつ、本や筆記具、果ては裁縫道具まである。ここは完全に第二の私の部屋と化していた。


 温室に入ると、私はルーカス様を南側の壁寄りに置かれたテーブルセットへ案内した。そこは温室で一番よく中庭が見える位置で、私のお気に入りの席だ。

 ルーカス様は温室内をきょろきょろと見回している。何となくキラキラした眼をしているから、きっと温室を気に入ってくれたのだろう。嬉しくてにやけてしまいそうだ。


「お気に召しまして?」


「はい。すごく、素敵なところですね。緑が多くて癒されます」


「そうなんです。室温も年中常に一定に保たれていますし、とても過ごし易くて。勉強や読書をしたり、刺繍をすることもあります。何度ここでうたた寝をして、お兄様に怒られたことか」


 私の言葉に、ルーカス様がクスリと笑った。好きな人の笑顔、とっても嬉しい。


「さあ、こちらにお座りになって。自家製のハーブティーをお出しするわ」


 ルーカス様を席に促し、お茶の用意をしようと動きだすと、彼は一度座った席から立ち上がってしまった。


「マリアンヌ様がお茶を?高貴なご令嬢が自ら……あの、自分が淹れます。道具の場所を教えて頂けますか?」


 恐縮したようにそう言うルーカス様に、私は微笑んで首を振った。


「ルーカス様の淹れて下さるお茶は大変頂きたいのですけれど、私もルーカス様に私が淹れたお茶を飲んで頂きたいの。きっと、ルーカス様の方が美味しく淹れられるとは思うのだけど……ごめんなさい、我儘を許して下さいませ」


 言いながら、席に戻るようにルーカス様の背をそっと押した。彼は眉を下げて、尚も恐縮した様子だったが、素直に椅子に腰を下ろした。それを見届けた私は、満足してウキウキとお茶の準備を始める。


 水の入った魔道ポットに魔力を注ぎ、お湯を沸かす。ティーカップにお湯を注いでカップを温め、ポットに私がブレンドしたハーブティーの茶葉を入れる。ポットのお湯がほんのりと黄色く色付いたら、カップのお湯を別の容器に捨て、温まったカップにストレーナーで漉しながらハーブティーを注いだ。


 常備しているおやつ缶から出したサブレと一緒に、淹れたてのハーブティーをトレーに乗せて運ぶ。


「お待たせしました。このハーブティーは、私がブレンドしたものですの。お口に合うと良いのですけど」


 ルーカス様の目の前にハーブティーとサブレを置くと、彼は柔らかく微笑んだ。


「ありがとうございます。とても良い香りですね。いただきます」


 私が横に座るのを待ってから、彼はカップに口をつけた。そして、ほっと息をつく。


「すごく美味しいです。リラックスできる香りで、味に渋みや癖もなく飲みやすい。色も綺麗に出ていますね」


「お褒め頂けてとても嬉しいです」


 素敵な笑顔つきの感想に、私も内心ニコニコだ。ご機嫌すぎて、周囲にお花を咲かせる魔法でもあったら、咲かせていたに違いない。残念ながら、私にそんな魔法は使えないけれど。


「お茶の淹れ方も、見事な手際でした。よく淹れてらっしゃるんですね」


「ええ。自分でもよく飲みますし、家族にもたまに振る舞っているので……あの、ルーカス様?」


「はい」


 ハーブティーの効果か、少し肩の力が抜けた様に見えるルーカス様に、私は思い切って提案をしてみることにした。


「もし宜しければ、もう少しルーカス様にとって話し易い言葉遣いでお話して欲しいの。ルーカス様が親しい方と話す時のような。ほら、ピーター様や、エマと話すように。……私も、そうしますから」


「マリアンヌ様……」


 軽く目を瞠ったルーカス様に、私は言葉を重ねた。


「できれば名前も……愛称で呼んで欲しいわ。あの、私、本当にっ、…………仲良く、なりたいのです……」


 もっと近づきたい、心の距離をもっと縮めたい、そう思って言った台詞だったが、随分大胆なことを言ってしまったと恥ずかしくなっていって、最後の方は尻すぼみになってしまった。


 恥ずかしさに耐えきれなくて思わず俯いてしまった私の手を、ルーカス様がそっと取って握ってくれる。指を絡ませるようにして握ったその手に少し驚いて目を丸くしていると、彼が首を傾げるようにして私の顔を覗き込んでいた。目が合うと、ふわりと微笑まれる。私は、自分の顔が紅潮していくのを感じていた。


「そんな可愛いことを言わないで下さい。俺も、いっぱいいっぱいだから……それで?なんて呼んで欲しいの?マリー?」


 ズキュウゥン!!!


 私のハートは、完全に撃ち抜かれた。軽く微笑んで、至近距離での囁くようなその台詞。まさに反則!


 何?何が起こったの!?甘い!甘すぎる!!こんなに可愛くて悶えそうなほど素敵な男性が、こんな格好いいことも言ってくれるの!?そんなの、そんなの、恋愛小説の中でしかありえないと思っていたのに!!


 私はルーカス様の青い瞳から目が逸らせなくなっていた。ああ、息が上がる。鼓動がうるさい。好きな人に愛称で呼ばれるのが、こんなにも破壊力がある物だなんて!!


 完全に思考を破壊されてフリーズしていた私に、ルーカス様は何を勘違いしたのか不安そうな顔になる。そして、手を離して近づけていた顔を離した。


「……すみません。馴れ馴れしすぎましたか?」

「そんなことはありません!!」


 彼の言動に、私は飛び付くようにして再度彼の遠ざかった手を握った。


「ルーカス様がっあまりにも格好良すぎて思考が停止していただけでっ手を握ってもらえて嬉しくてっ目が合って、微笑んでくれて嬉しくてっ可愛いって言われて嬉しくてっそんな状態でマリーなんて愛称で優しく呼ばれたら天にも昇る心地でっ嬉しくて、嬉しくて、嬉しくてっだから、離れないで!ずっと一緒にいて!!ルカ!!」


 思わずすがるように叫んだ私に、彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに嬉しそうな笑顔になって、繋いでいない方の手で私の頭を撫でた。


「俺も、マリーに近づきたいって言われて嬉しい。大丈夫、一緒にいよう。……俺のこと、ルカって呼んでくれるんだね」


「……駄目でした?ピーター様は、ルークとお呼びになっているけれど……」


 私だけの彼の呼び名が欲しいと思ってしまった。私って独占欲が強いのかしら。

 私の言葉に、彼は笑顔で首を振った。


「いいや。マリーにルカって呼ばれるの、嬉しいよ。他に誰も、俺のことをそう呼ぶ人はいないしね」


 彼の可愛らしいはにかみ笑顔を見て、私は一生彼のことをルカと呼ぼうと決めたのだった。


お読み頂きありがとうございます♪


今回も短めですが、次の話は早めに投稿できます。

本当は一緒に一話にする予定だったけど、各話タイトルをつけ始めたら、やっぱり分割した方がいいか…となりまして。

あ、しれっと今までのも各話タイトル追加しています。よろしくお願いします。

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