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3-9 近づきたい

今回ちょっと短めです。


 勢いよく扉を開けてホール外に出た私は、すぐにルーカス様を見つけた。

 彼はホール外の扉のすぐ横の壁に、蹲るようにしてしゃがんでいた。艶やかな黒髪のてっぺんにあるつむじが見えて、なんだか可愛らしい。


「えーっと……ルーカス様?ずっとこちらにいらしたのですか?」


 私が声をかけると、ルーカス様の頭がもぞりと動いた。どうやら頷いているらしい。


「春先とはいえ、ここでじっとしているとお身体が冷えますわ。とりあえず、お立ちになって?」


 言いながら私が手を差し出すと、彼は膝に埋めていた顔をちらりと私の方に向け、また隠す。それから、顔を下に向けたまま、一人で立ち上がった。


「〜〜〜〜っも、申し訳ありません、飛びだしてしまって。あまりの恥ずかしさに、我慢できませんでした…………」


 真っ赤なお顔を片手で覆い隠すようにして言うルーカス様が、すごく可愛い。


「私も恥ずかしかったので、一緒ですわ。……でも、とても素敵な時間でした。ダンス、お上手なのですね」

「いえ、付け焼き刃なもので、マリアンヌ様の足元にも及びません。マリアンヌ様の方こそ、さすがですね。リードして頂きありがとうございます」


 ルーカス様が綺麗に一礼なさるので、私も「どういたしまして」と言いながらカーテシーを取る。その後二人とも体勢を戻すと、お互い見合って、どちらからともなく微笑み合った。


 何となく、お互いの間に流れる空気が柔らかくなった気がした。今ならもっと、ルーカス様と仲を深められる、そんな気が。


「ホールの皆様には、この後はお好きになさって下さいと言ってあるの。ルーカス様は、もしよろしければ、私に屋敷を案内させて頂けないかしら?私のお気に入りの場所を紹介したくて……」

「マリアンヌ様のお気に入りの場所?それは是非とも知りたいです。でも、俺なんかが公爵家のお屋敷をうろついても大丈夫ですか?」

「もちろん!今日は屋敷の者全員に私のお友達が来ることを伝えてあるし、お父様からの許可も頂いているわ。それに、ルーカス様は私の未来の旦那様なのだから、堂々とこの屋敷を歩いてもいいのよ!!」


 私が高らかに告げると、ルーカス様は一瞬、青い眼を大きく開いてびっくりした顔をしたけれど、すぐにおかしそうに笑い始めた。


 何を笑っているんですかっ!と、ちょっとむくれた私の顔を見て、彼は優しい笑顔を向けてくる。


「そっか。そうだな。…………本当、可愛いなぁ」

「っ〜〜〜〜!!??」


 ルーカス様の蕩けるような表情からこぼれた言葉に、私は真っ赤になってしまう。

 ル、ルーカス様っ。嬉しいけど、嬉しいけどっ、不意打ちはやめて下さいませ!!

 そうしてそんな私の顔を、ルーカス様はじっと見つめて、ますます嬉しそうに微笑むのだ。


 こんなの、心臓がもちませんわ!!!!


 でも、今が一番、ルーカス様に近づけるチャンスだと分かっている。心臓はバクバクしているし、頭が正常に働いていない自覚はあるけれど、絶対に今を逃したくないから。私はありったけの勇気を振り絞って、緊張に震える手でルーカス様の手を握った。


「こっ、こちらですわ」


 何とか振り絞るようにそう言って、歩き出す。

 ルーカス様も、最初の数歩は私に引っ張られるように歩いていたけれど、すぐに隣を歩き始めた。その時、彼の方からぎゅっと手を握り返してくれて、私はうっかりキュン死しそうになった。


 誰もいない廊下。大好きな人と、手を繋いで二人きり。嬉しくて溶けかけた思考に、ふと疑問が過ぎる。

 廊下に誰もいない?待機してくれているはずの使用人たちはどうしたのだろう?

 思わず気配を探ると、物陰から何人もの使用人たちが私達を窺い見ているのに気づいた。……気づいてしまった!!


(お嬢様、よく頑張りましたね!)

(お嬢様、なるべく長く、いい雰囲気をキープするんですよ!)

(妄想は極力控えて、目の前の彼を見て下さいね!)


 気配を殺した使用人たちは、口をぱくぱくさせて声を出さずに言いたいことを言っている。どうして私は、無駄に読唇術なんて身につけてしまったのだろう。全てはバレンティ公爵家の教育方針のせいだわ。


(((お嬢様ー、頑張れーー!)))


 恥ずかしくて居た堪れなくなった私は、俯いて少し早足になった。一刻も早く、ここから離れたい。


「?」


 急に速度を上げた私に、ルーカス様はどうしたのかと顔を向けた。そして、私の真っ赤な顔を見て、つられたように彼も顔を赤くして、同じく俯いて歩き始めた。


 少し歩いて、中庭に面した廊下に出る。春の陽光が柔らかに降り注ぐ廊下は、先程の小ホールに続く廊下との間に扉があるため、さすがに先程の使用人達の目は届かない。

 私は少しだけ緊張を解いた。

 ずっとルーカス様と繋いでいる手は、二人の体温が馴染んで心地よい。私はその手にほんの少し力を込めて、きゅっと握った。立ち止まってルーカス様を見つめると、彼も私を見つめてくる。


「マリアンヌ様?」


 どうされました?と優しく微笑む彼に、私は中庭の先にあるガラスの建物を示した。


「あちらが、私のお気に入りの場所、温室です。珍しい植物もあったりして、素敵なんですのよ。もう少し廊下を進むと、中庭に出られますわ」

「温室ですか。中庭もとても綺麗ですし、温室の中もきっと綺麗なんでしょうね」

「もちろん!それに、温室がガラス張りのおかげで、中からお庭も鑑賞できるの。私はよく、温室の中で読書をしたり、お茶を飲んだりしてゆっくりしているのよ」


 そうなんですか、と柔らかい笑顔でルーカス様が応えてくれる。私はその顔が嬉しくて、彼の手をウキウキで引っ張って行った。


気づけば第三章も長くなってきましたね。

各話ごとに内容に沿ったタイトルをつけた方が読み返しやすい気がするのですが、どうしようか考え中です。

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