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3-8 後ろ盾そしてダンス

おっ、お久しぶりっ、ですっ!!


「驚かせてすまない。妻は、君の母君とは友人関係だったんだ。久しぶりに友人の息子に会えて、感極まったんだろう」


 父が、母の言動の意味を説明する。母の読心魔法について知っているクリストファー殿下と私にとっては、母の言動は目の前のルーカス様が紛れもない本物の第二王子であることを示していたが、他の人達には奇異に映るだろう。そこをフォローするための言葉だ。

 しかし、ルーカス様は父の言葉に曖昧に笑っただけだった。


 彼の反応の鈍さに、首を傾げる父。そんな父とは対照的に、母は真っ直ぐにルーカス様を見て、言った。


「…………貴方、頭に強力な結界魔法がかかっているわね」


 その台詞に、父ははっとして母を見つめた。母は、ルーカス様の中の何かを探るように注視している。


「この魔力の感じ、リオナがやったのね。……そう、この結界のおかげで、貴方には悲しい記憶が無いのね。リオナに関する記憶も遮断されて認識できなくされているから、今の私達の会話はこの子には届いていない……」


 ルーカス様以外の全員が目を見張る。ただ一人、何を言われているか認識できないルーカス様だけが、戸惑った顔で立ち尽くしていた。


「リオナ……息子を、守りたかったのね」


 しんみりと言った母は、戸惑いつつも神妙な顔を作るルーカス様に微笑みかけた。


「バレンティ公爵家は、ルーカス殿下の後ろ盾となりましょう。貴方がマリアンヌとの婚約を望むなら、それもいいわ。うちと懇意にしていると社交界に示した方が、下手に手を出されることもないでしょう」

「え……」


 展開についていけないルーカス様が、意味が分からないという顔で呟いた。


「ちょっ、ヴィオ!?」


 同じく、母の急な発言に戸惑った父が、大きな声をあげる。そんな父の腕にするりと自分の腕を絡ませた母は、甘えるように自分の旦那を見上げた。


「いいでしょう?ジョージ。彼は間違いなく、陛下の血を継いだ、この国の第二王子よ。でも、何の後ろ盾もなく急に王族の地位に戻ったら、苦労するのは目に見えているわ。変な輩に目をつけられないように、早々にバレンティ家で囲ってしまった方がいいと思うの。近い将来、私たちの息子になるのだし」


 母に見つめられて、父はへにゃりと眉を下げた。


「いや、うちが後ろ盾をするのは構わないんだが、マリアンヌとのことは、随分と性急すぎないか?もう少し時間をかけてお互いのことを知ってからでも……」


 父の言葉に、私は憤慨した。


 せっかくお母様が認めてくださったのに。水を差そうとするお父様に言って差し上げなくては!!


「お父様!何をおっしゃいますの?私とルーカス様は運命の出会いをはたしたのです!運命に逆らうことなど、どうして出来ましょう?すでに先日恋人となったことですし、一刻も早い婚約をお願いいたしますわ!!」

「こここ、恋人になった?!?!?!!!!」


 父は膝から崩れ落ちそうになった。私の言葉に大ダメージを負ったらしい。そんな父を、腕を絡めていた母が頑張って支えている。


「ちょっと戸惑っているだけで、この人もすぐに賛成してくれるわ。大丈夫よ。世の父親は、娘にお相手ができると大体こうなるものだから」


 何事かをぶつぶつ呟き始めた父を支えながら、母は優しくルーカス様に言葉をかける。それでも、彼の青い瞳は不安に揺れていた。


「マリアンヌとの婚約の打診に来たのでしょう?この子と婚約したいから、王族に戻る決断をしたのでしょう?私達は、それを応援すると言っているのよ。それとも、クリストファー殿下から聞いた話はどこか違っていたかしら?」


 私の認識違いかしら?と母が問うと、ルーカス様はふるふると首を振った。


「……いえ。全てその通りです」

「だったら、胸を張って堂々としていなさい。引け目を感じることなんてないわ。私達の貴方への支援は、娘の恋愛を手助けしているのと同じよ。恋愛を成就させることは、私達にとって奇跡的で得難いものなのだから」


 母はルーカス様に微笑んだ後、私に視線を送ってきた。その黒い瞳は、私に「頑張れ」と言っているように見えた。


「では、私達はもう行きますね。ほらジョージ、そろそろ立ってちょうだい。ルーカス殿下にもお会い出来たし、目的は果たしたわ。これ以上は皆様の練習の邪魔よ」


 そう言って、母が父を促すと、父はよろよろと立ち上がり、

「ではお先に失礼する。後はゆっくりと楽しんで行かれよ」

と掠れた声で何とか発した。

 そうして、来た時同様唐突にその場を去った。


 嵐のように場を掻き乱して二人が退出したホールに、少しの間沈黙が降りる。


「……私、お二人に挨拶をし損ねたわ」


 半ば呆然と、エマが言った。


「皆様申し訳ありません。うちの両親が驚かせてしまいましたね。エマ、大丈夫よ。今のは誰だって、挨拶する隙が無かったと思うわ」


 私が言うと、エマは「そうね」と肩をすくめた。


「とにかく、気を取り直してお茶会の続きをいたしましょう。挨拶の練習は済ませたから、次はダンスの練習かしら?」


 私の言葉に、エマは場内の空気を変えるように、勤めて明るい声を出し、両手をパンッと合わせた。


「立食の練習がいいんじゃない?王城の料理は美味しいものがいっぱいだし、効率よく全部食べる練習をしないと」

「それはエマに必要な練習だな。ピーターはそんなに食べ物に興味はないだろう?」


 笑って言ったクリス殿下を睨んだエマは、ピーターには笑顔を向けて問う。


「ところでピーター、当日のダンスのお相手はいるの?」


 ピーター様は、肩をビクリと跳ねさせた。そして、オロオロと首を左右に振る。何度もルーカス様に視線を送るが、彼からの助け舟は無い。やがて観念したように、小さな声を上げた。


「ル、ルークとは、踊れないの?」

「自由恋愛主義の集いなら同性同士で踊る人や、平民の従者と踊る人もいると聞いたことがあるけど、今回は無理ね」

「そんなぁ……」


 涙目で途方に暮れているピーター様に、エマはふむ、と一つ頷く。


「相手がいないなら、私がパートナーになろうか?王妃様のお茶会なら、踊らずに同性の従者や友達と一緒にいても悪目立ちはしないけど、ピーターの従者はルーカスだから、今回はずっと一緒にはいられないだろうしね。私は元々、次の夜会には出ない予定だったから、相手も決まって無いし。……どう?」

「あ、う……えっと……」


 しどろもどろになったピーター様に、クリス殿下が助け舟を出す。


「いいんじゃないか?エマに助けてもらえ。本当は私がエマのパートナーに立候補したかったが、今回の夜会はルーカスの事で忙しいからな」


 言いながらエマにウインクをしたクリス殿下を冷ややかな目で一瞥して、彼女はピーター様に向かって優雅な仕草で腕を伸ばした。掌を下向きに伸ばされたその手は、女性からのダンスのお誘いである。


 自分に向かって伸ばされたエマの手に硬直するピーター様を見て笑ったクリス殿下は、二人の手を掴んで重ね合わせた。


「ピーター、エマをしっかりエスコートするんだぞ」


 クリス殿下のその言葉に、私は心得たとばかりに蓄音機に手を伸ばす。

 夜会当日の演奏は楽団の生演奏だが、流石に身内間の練習のために楽団を呼ぶ訳にはいかないため、ホールには蓄音機を設置していた。

 蓄音機から音楽が流れ始め、エマがピーター様の手を掴んで、リードする様に踊り始める。くるくると元気に踊るエマと、ついていくのに必死で振り回されているピーター様を見て、可笑しいやら、心配やら、複雑な感想を抱いていると、不意にルーカス様と、目が合った。


 トクン、と、鼓動が跳ねたのが分かった。


 ルーカス様の瞳が、ゆっくりと細められる。目が、離せなかった。

 私は無意識に、彼に向かって手を伸ばす。その手を彼が取って、グイッと引き寄せられた。

 蓄音機から流れる音楽が心地いい。音楽に包まれながら、いつの間にか私はルーカス様の腕の中にいて、くるくると踊っていた。

 呼吸を感じるほどに彼が近くにいて、その青い目から視線を逸らせず、思考はただただ幸福に染まって、何も考えられない。私をすごく蕩けた顔で見つめているルーカス様が、可愛くて、愛しくて。私達はうっとりと、お互いを見つめ合ったまま踊った。


 蓄音機が一曲奏で終わったところで、私達はぴたりと動きを止めた。

 軽く上がった呼吸を整えるように、ルーカス様が一つ息を吐く。ほんのりと紅潮した頬。青い宝石の様な美しい瞳が、彼と同じく真っ赤な顔の私の姿を映している。ダンス終わりのお互いの手は繋がれたまま、名残を惜しむように離れない。


 うっとりと見つめ合う私達に、クリストファー殿下が遠慮がちに咳払いをした。


 その音に、ルーカス様は弾かれたように私の手を離し、跳び退くようにして私から距離を取った。

 私も、思わずクリス殿下の方に顔を向ける。


「仲が良いのは素晴らしいことなんだけれどね」


 苦笑しながらの殿下の言葉に辺りを見回すと、エマとピーター様の少し気まずそうな顔が見えた。


 一気に、体温が上昇した。顔から火が出るとは、この事ですわ!!!!

 思わず、両手で頬を挟んで蹲ってしまう。


「完全に二人の世界だったね。私とピーターも、途中で踊るのをやめて、つい注目しちゃってたし」


 そう言いながら、生温かい視線を向けてくるエマ。その隣で、少し顔を赤らめながら、こくこくと頷くピーター様。


「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 突然、放心状態から帰ってきたルーカス様が、恥ずかしさに耐えかねて走り出す。そのまま声を上げながら、ホールから出て行ってしまった。


「あ、逃げた」


 エマが、事実を端的に告げる。

 ルーカス様の様子に、クリストファー殿下は益々苦笑した。


「さすがに精神が限界だったか。すまない、マリアンヌ。二人の世界を邪魔するのは野暮だとは思ったんだが、あのままどのくらいの時間が経過するか分からなかったから」


「本当、無粋よね。私達はあのまま幸せそうな二人をずっと眺めていても良かったのに。ね、ピーター?」

「像が作れそうだった。……作ってもいい?ですか?」


 カラカラと楽しそうに笑うエマと、何故か創作意欲を刺激されているピーター様。や、やめて下さいっ。これ以上辱めるのは……


「……ピーター様。完成品は、私が頂いてもよろしいでしょうか?」


 口から、欲望が忠実に漏れていた。

 だって、先程のルーカス様の像があったら、欲しいに決まっているじゃないですか!!お代はいかほどですかっ?


 私の台詞に、ピーター様が目を丸くしている。その横で、エマが大笑いし、その声に一瞬びくりとしたピーター様だけど、その後私の方をしっかり見て、こくりと頷いた。この時初めて、私はピーター様と目が合った。そのヘーゼル色の瞳は、作品への意欲に燃えている。芸術家の目だ。


「あーー、マリアンヌ?」


 私が、ルーカス様の像の完成を楽しみに妄想の世界に入ろうとしていたところを、クリス殿下の声が引き戻す。


「妄想に浸ろうとしているところすまないが、生身のルーカスのことはどうするんだ?」


 殿下の言葉に、エマも


「そうよ、マリー!」


と言いながら、私の前で同じくしゃがみ込んで、両肩に手を置いてくる。


「早くルーカスを追いかけないと!あいつ一人で公爵家をウロウロするなんて、今頃生きた心地がしていないかも!マリーだけが頼りよ!」


 そう言って、エマは今度は私の両手を掴んで立たせた。そして、ドアに向かって私の背中をトンと押す。

 振り返ると、エマが笑顔で手を振ってくれた。


「いってらっしゃい。二人きりになれたら、そこで存分にいちゃいちゃしておいで」


 エマの明け透けな言い方に、私はもう!と怒ってみせて、


「ありがとう。行ってきますわ。皆様も、ご自由になさって下さいな。家の者には、皆様のことを伝えてありますから、ホール以外にも行きたい所がありましたら、ホール外に待機させている使用人にお申し付け下さいませ」


 三人の返事を聞きながら、では失礼しますと頭を下げて、私はピーター様の出た扉から外に出た。


お読みいただきありがとうございます!!

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