3-6 恋人
この小説は、少女漫画を目指しています。
少女漫画って、付き合ってからが本番ですよね?(偏見)
出会って二日。私達は恋人になった。
「ところでルーカス様。恋人同士というものは、一体何をすればいい間柄なのでしょう?」
私はルーカス様の両手を包み込むようにして握ったまま、彼に尋ねた。
私の問いに、彼もキョトンとした顔で小首を傾げる。黒い髪がさらりと靡き、青い瞳をパチパチと瞬かせた。
「さぁ?何分、恋人などできたことがないもので」
まぁ!ということは、私が彼の初めての恋人ということになるのね。なんて光栄なんでしょう!このまま最後の恋人の座もいただきますわ!!
ーーなんて一瞬考えてしまったが、私の方も政略結婚用の婚約者がいただけで、両思いの恋人なんていたことがないのだ。
恋人同士になったらまず最初に何をするかなどという知識も経験も無い。
「恋愛小説では、街に二人でデートに行ったりしていましたが……」
ルーカス様にそう言いつつ、目はクリス殿下を窺ってしまう。
私の視線に気づいた殿下は、案の定私の懸念していた通りのことを注意して下さった。
「街にデート、いいんじゃないかと言いたいところだが、二人きりで行くのはまずいだろうな。マリアンヌと私が婚約解消したことはまだ世間に広まっていないから、下手をすれば彼女の不貞が疑われかねない。同様の理由で、密室に二人きりの状況も避けるべきだな」
「密室どころか、婚約者でも無い男女が仲良さそうに会話しているだけで悪い噂が立ちそうよね。世間的にはまだ、マリーは第一王子の婚約者なんだし。そういうところは本当、貴族って面倒臭い」
加えてエマも、私とルーカス様が仲睦まじくすることの難しさを示す。
二人の言葉にピーター様は、
「貴族って大変なんだね」
と自分のことを棚に上げて目を丸くしている。
一連の流れを聞いていたルーカス様は、難しい顔で何事かを思案していた。
「まぁそれも、次の夜会までだよ。次の夜会では、ルーカスの王族復帰と、マリアンヌとの婚約の話を同時に発表してしまえばいい」
サロン内の空気が沈みかけたところに、クリストファー殿下の不気味に明るい声が響いた。
「はぁ!?」
思わず、と言ったように、ルーカス様が声を上げる。
目を見開いて驚き固まったルーカス様に、クリス様は楽しそうな笑顔を向けた。
「頑張れよ、ルーカス。まずはバレンティ家へ挨拶に行くところからだな。ちょうどよくお茶会の練習があって良かったな。そこでご当主と顔を合わせておけよ」
第一印象が肝心だからなーと笑いながら言う殿下に、ルーカス様は真っ青になって震え出した。
おかしいわ。ルーカス様が緊張しないように、両親とはお茶会の場で偶然を装って出会わせる算段をしていたのに、どうしてこんなことを言ってしまうの?
私は緊張に震えるルーカス様をおいたわしく思って、彼の手をもう一度ぎゅっと握った。そうしてルーカス様の瞳をじっと見つめれば、彼も不安に揺れる瞳を私に向ける。
そんな彼の不安を払うように、私は彼に向かって微笑んだ。
「ルーカス様、大丈夫ですわ。うちの一族は社交界の噂ほど怖く無いんですのよ。どちらかというと、情に厚い一族なのです。お兄様なんて、ルーカス様の心情を慮って、出会って数日で婚約の挨拶に来させるのはどうなのか、と言ってらしたのよ?」
「え……どうしてマリアンヌ様の兄上がそのようなことを?まさか、ご家族に俺の話をしたんですか?」
ルーカス様が、私の笑顔に応えるように頑張って笑顔を作って訊いて下さる。喋ると口の端が引き攣っているので、感情を隠して笑顔を作ることに慣れていないのが良く分かる。可愛い。こういう素直なところが、ルーカス様の魅力なのだ。
そんな不安いっぱいという顔をしているルーカス様を安心させるため、私は笑みを深くして答えた。
「はい、もちろん。ルーカス様、ご安心なさって?家族全員に、私は将来ルーカス様と結婚しますと宣言済みです」
私がはっきりとそう言うと、ルーカス様は膝から頽れた。
彼の手を握っていたままだったので、勢いのまま私も屈んでしまう。私はびっくりして、目をパチパチと瞬かせた。
「ルーカス様?」
ルーカス様の頭頂部に向かって声をかけるも、彼はううぅと唸って言葉にならない。
そんな彼の様子に戸惑っていると、クリスファー殿下が非常に楽しそうに笑い声を上げた。
「はははっ、マリアンヌ。これ以上ルーカスを追い詰めてやるな」
何を心外なことをおっしゃいますやら。私はルーカス様を安心させこそすれ、追い詰めるなんてそんな……
「殿下と一緒にしないでくださいませ」
「うーん、マリーも大概だと思うけど?」
私の抗議に、何故かエマがクリス殿下の肩を持つ。
「クリストファー殿下のルーカスに対する揶揄いも酷いもんだと思ってたけど、マリーの天然もヤバイわ」
「私のは、ルーカスがあまりにも素直な反応を返すものだから、可愛くてやっているんだよ」
「それが揶揄い以外の何だって言うのよ」
一瞬肩を持ったかと思ったのに、すぐさまハシゴを外してくるエマに、クリス殿下は肩をすくめるも、その様子はどことなく楽しそうだ。
やっぱり殿下はエマの歯に衣着せぬところが気に入っているのね。
そんな二人の様子には全く気付かず、ルーカス様はうずくまったまま、ぶつぶつと何かを呟いている。
「マリアンヌ様と婚約……公爵令嬢と……ご挨拶に……ご両親……手土産……服……話題……第一印象……どうする?うっかり告白なんかしちゃって、すでに交際していると知られたら……」
周りを見る余裕もなく、自分の世界に入ってしまっているルーカス様の意識を浮上させるため、私もルーカス様同様しゃがみ込んだ。
「ルーカス様。そんなに心配されずとも大丈夫ですわ。無いとは思いますけれど、もしも反対されたら私、絶対にお父様を説得いたします。私は今後、ルーカス様以外の方と交際も、婚約も、結婚もする気はございません。ですから今は、何も考えず、できれば私のことだけを見ていて欲しいですわ」
「マリアンヌ様……」
ルーカス様が顔を上げ、そのサファイヤのように美しい瞳を私に向ける。
「……はい、ありがとうございます」
その、心の底からの笑みに、私の心臓は鷲掴みにされてしまう。
ああ、どうして貴方の瞳はこんなに輝いて見えるのかしら?その瞳には、私を誘引する魔力でも宿っているの?
「毎日、毎分、毎秒、貴方に逢いたいわ」
私が思わずそう溢すと、ルーカス様はほんの少し目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。
「はい。俺もです」
「毎時間は飛ばすんだな」
「変なツッコミ入れないの。まぁ、人目のあるところで会うだけならいいんじゃない?図書館とか」
「ルーク、僕、マナーの練習頑張るよ。……どう考えても、君の立場の方が大変だし、社交界デビューなんかでヒィヒィ言っていられないよね」
私達のやり取りを見ていた三人が、三様の言葉を発する。
私はルーカス様を見つめながら、エマの言った言葉を採用しようと決めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
ーーその日から、私は放課後、図書館に通うことになる。
そこにはルーカス様もいて、毎日彼に逢えて私はとっても幸せだ。
ただ、周りの目を考慮して、二人の間に会話はない。
各々が好きな本を手に取り、席に座って静かに読む。席も、斜向かい辺りに座った私達は、知らない人から見れば赤の他人に見えることだろう。
たまに本から顔を上げて、ルーカス様を窺い見る。たまたま目が合えば微笑み合って、でもそれだけでまた本に視線を戻す。
それだけの時間が本当に幸せで、楽しかった。
ただ、やっぱりルーカス様と気兼ねなくお喋りしたいので、早く明日が来ないかなと願う。
明日は週末。我が家のお茶会では、彼とたくさん話せるはずだから。
お茶会では、何を話そうか。ルーカス様が読んでいた本の内容を訊いてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、あっという間に時間は過ぎて、部活終わりのピーター様が顔を出す。
「ルーク、帰ろう」
「ああ」
そう言って立ち上がったルーカス様は、私に会釈をしてピーター様と去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、
「今日も殆ど読めませんでしたわ」
と私は呟いた。
公爵家でお茶会の前に、ほんのちょっと恋愛要素挟もうと思っただけなのに、一話使ってしまいました……
恋愛って文字数食うんですね。




