3-5 予定そして告白
本日2つ目の更新です。
クリス殿下に強い視線を向けられたルーカス様は、動揺に青い瞳を揺らした。
私はそんなルーカス様をお慰めしたかったけれど、母が父にするように許可なく彼に触れることは憚られて、私達の関係の希薄さにヤキモキする。上げかけた手を下ろせば、それに気付いたルーカス様に、大丈夫、と弱々しく微笑まれた。
「……はい。殿下の御心のままに」
「王族になる人間がその返しはどうかと思うぞ」
「申し訳ありません」
「ピーターの気性がうつったかな?」
クリストファー殿下は困った顔をして苦笑する。そして、ピーター様に向かってにっこりと貴族的な笑みを浮かべた。
「そういう訳でピーター、次の王妃のお茶会で君は社交界デビューだ。おめでとう。絶対に従者のルーカスを伴って参加してくれよ」
「ピェッ!?」
急に話を振られたピーター様が、変な鳴き声を上げる。長い前髪の隙間から、ヘーゼルの瞳が溢れんばかりに見開かれているのが見えた。
「え、え、ぼ、僕の社交界デビュー?な、なんで急にそんな話に……?」
「主人のピーターが連れて来ないと、ルーカスは参加できないだろう?今は一応平民ということになっているんだから」
「で、でも…さっき夜会で発表するって……夜会は大人が出る会でしょ?」
「ピーター、私達の年代が言う"夜会"は、大体"王妃様のお茶会"のことを指すのよ。ほら、王妃様のお茶会は、お茶会とはいえ大規模だし、夜の開催でしょ?」
エマ様の説明に、ピーター様は震え上がる。
「先代の王妃がデビュタント前の御令嬢を誘ってお茶会の場で社交の練習をしていたのが元だからな。それがどんどん大規模になって、夜会の様相を呈して来たんだ。母が先代から踏襲した時には、社交界デビュー前の貴族子女の大事な訓練場になっていたから、今はほぼ年齢制限のある夜会といっしょだな」
次いで、クリストファー殿下が王妃様のお茶会の成り立ちから説明してくれた。
その説明を聞いているのかいないのか、ピーター様はずっと身体を震わせている。
「そ、そんな……急すぎるよ……」
「次の夜会まであと一月もあるし、年齢的には遅いくらいだ。
ルーカスの初恋を応援するんだろう?そのためには、君の社交界デビューが必要なんだ」
「そんなこと言ったって……」
「マナーが不安なら、練習の機会を増やせばいい。だからマリアンヌに練習の場を設けてもらったんだ」
私は内心、「そんな話は聞いていませんけど?」と思いながらも、これがルーカス様を我が家に呼ぶための方便だと分かったため、意識的に笑顔を作った。
「ええ。是非とも我が家で練習なさって下さい。歓迎致しますわ」
「ヒエェ……」
私の言葉に、ピーター様は情けない悲鳴をあげた。
それを聞いたクリストファー様は、完璧な笑顔を顔に貼り付けて、
「お、そうか。ピーターもやる気だな。一月後の夜会に向けて、一緒に頑張ろうな!」
なんて、悪魔のようなことを言っている。
そんなやりとりを黙って聞いていたエマ様が、突然すっと右手を挙げた。
「その公爵家でのお茶会練習、私も参加していいですか?」
「もちろん。この場にいる全員に参加してもらおうと思って集まってもらったんだ」
「……私はマリアンヌ様にお訊きしているのだけど?」
エマ様の問いに答えた殿下を彼女は翠色の瞳で睨みつけた。
クリス殿下が、肩をすくめる。
「確かに、主催者はマリアンヌだけど、提案者は私だよ?」
「それ、貴方は言い出しっぺなだけで、面倒なことは全部マリアンヌ様に押し付けたということなんじゃないの?」
エマ様の言葉に、クリス殿下は眉を下げた。
「私がお茶会を開いたら、場所は王城になってしまうじゃないか。それだとピーターが緊張するだろう?」
小さな声でピーター様が、
「公爵家でも緊張しますぅ」
と嘆いている。
「それに、公式に発表するまではルーカスを隠しておきたいしね」
「それは…………」
クリストファー殿下が続けた言葉に、エマ様は小さな声で、「分かるけど」と頷いた。
その様子から、もしかしたら国の要職である聖女候補のエマ様は、昨日私がお父様やクリス殿下から聞いたような話を知っているのではないかと思った。
「エマ様、ご心配なさらずとも、私は我が家で皆様とお茶会ができるのを楽しみにしておりますの。クリストファー殿下には貴重な機会を頂けて大変感謝しておりますわ。これを機に、エマ様やピーター様ともお友達になれたら嬉しく思いますわ」
私がこう言うと、エマ様は大変嬉しそうな顔で私を見て、
「本当!?私と友達になってくれるの?嬉しい!!」
と満面の笑顔になる。
その大層可憐な笑顔は、クリス殿下が惚れるのも納得の可愛さだ。
「マリアンヌ様とはずっと、仲良くしたいと思っていたの。私のことはぜひ、エマと呼び捨てにして下さい。喋り方も、マリアンヌ様の話しやすい言葉遣いでお願いします」
「でしたら、私のこともマリーとお呼びください。エマも、話しやすい言葉で喋ってね」
「ありがとう!あぁ、クリストファー殿下から集合をかけられた時は、なんて面倒くさいと思っていたけど、マリーと話ができたのは本当に良かった。これからピーター、ルーカス共々四人で仲良くしましょ」
エマの意図的にクリストファー殿下の名前を抜いた「仲良くしましょう」というあんまりな言葉に、殿下が苦笑している。エマはどうして、クリス殿下をこんなにも邪険にしているのだろうか?
でも、クリス殿下とエマの仲は私には関係のないことだ。それよりも、私には大事なことがある。これだけは何が何でもエマに宣言しとかなくては!
「ごめんなさい、エマ。四人一緒に仲良くは難しいわ。エマとピーター様とはお友達になりたいと思っているけれど、ルーカス様とは私、恋仲になりたいと思っているもの」
私の発言に、エマは翠の瞳を溢れんばかりに見開いた。クリストファー殿下は、堪えきれないと言うように腰を曲げてプルプルと震えながら笑っている。ピーター様はなぜかオロオロと周囲を見回していた。
ルーカス様は、私の発言にお顔を真っ赤にして、綺麗な青い瞳で私をじっと見つめいている。
「ルーカス様」
私がそっと呼びかけると、ルーカス様は私を真っ直ぐ見つめたまま、
「はい」
とお返事なされた。
「一目見た時から、お慕い申し上げておりました」
私の告白に、彼は真っ赤な顔を一度俯けてから、決意したように顔を上げた。艶やかな黒髪がはらりと動いて、前髪から覗いた青い瞳とのコントラストが美しい。彼の形のいい唇が開き、言葉を紡ぐ。
「俺も、貴女が好きです」
その言葉を聞いた瞬間、思わず身体が動いて、気がつけば彼の手を両手で握っていた。
嬉しい、と笑えば、彼も真っ赤な顔を綻ばせる。
それは人生で一番と言って良いほどの幸せな瞬間だった。
私達が二人で薔薇色の空間を作り上げている中で、残りの三人が三者三様の反応をしていたけれど、私の脳にはまるで情報として入ってこなかった。
恋愛の波動を感じる……




