3-4 顔合わせ
ようやく学園メンバーに帰ってきました。
「そういう訳で、今週末はバレンティ公爵家でお茶会をしよう」
バレンティ家で婚約解消の話をした翌日の学園で、クリストファー殿下は昼休憩に私とルーカス様、ピーター・スコット男爵子息、エマ・ライオネル伯爵令嬢をプライベートサロンに呼んだ。そして挨拶をする間も与えてくれないまま皆を着席させ、開口一番そう言ったのだ。
「……一体、何がそういう訳なのよ?」
ごもっともな指摘をエマ様にされるも、クリス殿下のニコニコ笑顔は変わらない。そんなクリス殿下に、エマ様は隠すことなく舌打ちをした。
エマ・ライオネル伯爵令嬢とは初めてお会いしたけれど、こんな方だったのね?遠くからお見かけしたことしかなかったから、見た目の印象で儚げな方だと思っていたが、どうやら違うらしい。
私が驚いて目をぱちぱちさせていると、エマ様は席から立ち上がり、私に向かってカーテシーをしてくれた。
「初めまして。エマ・ライオネルと申します。マリアンヌ・バレンティ公爵令嬢ですよね?お会いできて光栄です」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。次期聖女、エマ・ライオネル伯爵令嬢ですね。とても優秀な方だと伺っております。この先仲良くしていただけると嬉しいですわ」
私もカーテシーを返すと、エマ様が翡翠色の目を細めてほころんだ花のような笑顔を見せる。少し首を傾げた際に長い亜麻色の髪が頬にかかって、何とも愛らしい。こんな美しく清楚な笑顔をされる方と、先ほどの舌打ちの姿が同一人物だとは思えないほどだ。
エマ様との挨拶は済ませたので、次はもう一人の初対面の方にご挨拶をする。
「そちらが、ピーター・スコット男爵子息ですね。初めまして、マリアンヌ・バレンティですわ」
私がそう言うと、小柄な男子生徒の肩がびくりと跳ねる。アーモンド色の長い前髪で瞳を隠し、その前髪よりもさらに長いサイドの髪を両手でギュッと握って顔を覆い隠すようにしている彼は、隣のルーカス様に優しく促されてようやく口を開いた。
「…………ピーター・スコット、です。……初めまして」
長い前髪の隙間から、ちらりと髪と似たような色の瞳が覗く。小さな小さな声でそう言った彼は、相当な人見知りのようだ。
さて、初対面の方との挨拶は済ませた。ここからが私の本命の挨拶だ。
「ルーカス様、昨日ぶりですわね。昨夜はよく眠れまして?」
ようやく、ようやく、ルーカス様とお話ができる。
私の心はすでに浮き立っていた。自然と頬は紅潮し、緊張から、どんな話題を振ればいいのか分からない。
気付いたら口をついて出ていた質問は、私が昨夜、ルーカス様のことを思ってなかなか寝付けなかったから出てきたもので、今になってどうしてこんな面白みのない質問をしてしまったのだろうと後悔する。
そんな私の後悔など露程も知らないルーカス様は、非常に真面目にお答え下さる。
「はい、マリアンヌ様。昨日ならず今日までも、お話できて大変光栄です。昨夜は……そうですね、少し緊張を引きずっておりまして、なかなか寝つけませんでした」
「まぁ!それは大変ですわ!……ですが私も、昨夜はなかなか寝つけませんでしたの。ふふっ、私達一緒ですわね」
ルーカス様のお顔が優しい笑みを浮かべていて、私もつられてにこにこしてしまう。
「ですが、睡眠不足では力が出ませんもの。就寝前にハーブティーを飲むと、寝付きが良くなるそうですわ。ルーカス様は、ハーブティーを飲むことはありまして?」
「自分はあまり飲みませんが、奥様にお淹れすることはよくあります」
「お茶を淹れるのがお得意ですの?素敵なご趣味ですね」
「いえ、仕事の一環ですから。お茶の淹れ方は、一通り勉強しております」
「ルーカス様のお茶、機会がありましたら是非いただきたいですわ」
「お申し付け下されば、自分で良ければいつでもお淹れしますよ」
「まぁ!でしたら今度の……」
私がルーカス様と楽しくお喋りしているところを、エマ様とピーター様がびっくりした顔で、クリストファー殿下が微笑ましいという顔で眺めていた。ルーカス様との会話の方が大事だから、あちらの会話は耳に入ってくる程度だ。
「何?あの二人……知り合いだったの?」
「僕、ルークが高位貴族の御令嬢とお話ししているところ、初めて見たかも」
「ピーター、一応エマ嬢も高位貴族の御令嬢だぞ?私が昨日、二人を引き合わせたんだ。相性良さそうだろう?二人はどう思う?」
「……確かに、めちゃくちゃ中身の無い会話であそこまでいい空気を作れるのは、相当相性が良くないと出来ないと思うけど……ていうか、どうなってるの?マリアンヌ様って、貴方の婚約者じゃないの?」
「え!?そうなの?ルークの初恋は応援しなきゃって思ってたけど、殿下の婚約者がお相手って……僕、どうしたらいいの?」
「是非とも応援してやってくれ。マリアンヌとは、昨日婚約解消したからな」
「婚約解消した!?一年の五月に、マリアンヌとクリストファーが!?どうなってるのよ!!?」
「……エマのその台詞はどういう意味だ?」
「こっちの話だから気にしないで。それで?二人はもう付き合ってるの?」
「いや、さすがに公爵家の御令嬢と平民が付き合うのは難しい」
「そっか。ルーカスは平民だったっけ」
「やっぱりスコット家の養子にしとくべきだった!?あぁ、ごめんねルーク、君が嫌がっても無理矢理貴族にさせるんだった!」
「男爵家の養子にしたところで、公爵家との身分差は大きいでしょ。平民よりはマシだと思うけど」
「うぅ……じゃあ、ルークの初恋は実らないの?」
……そろそろ、あっちの話も気になってきた。
「いや、今度の夜会で、ルーカスが第二王子であることを公表しようと思う」
クリストファー殿下の言葉が、サロン内に響き渡った。
偶然にも私とルーカス様の会話の切れ目に発言されたそれは、その場の全員の耳にしっかりと届いた。
「異論はないな?ルーカス」
長かったので、例の如く二つに分けます。
よって、今日中に続きをもう一つ投稿します。




