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3-2 家族会議

バレンティ公爵家、家族会議です。

♦︎♦︎♦︎♦︎


「「「ルーカス様って誰だ!!!!!」」」


 バレンティ家の食堂で、さっき聞いたばかりの台詞を三人が叫んでいた。


 食堂には、時間は早いがいつもの夕食通り、私の家族が勢揃いしている。席順も、いつもと同じだ。

 ただ、いつもは全員席に着いたらすぐに運ばれてくる料理が無く、テーブルの上には代わりに各自の好きな飲み物が置かれていた。


 長テーブルの一番奥の端の席に、私の父であり、この家の当主、ジョージ・バレンティ公爵。その隣に母、バイオレットが座る。父の向かいで私の隣に座っているのは、兄のライアンだ。

 

 家族にはいつもニコニコしている父が、今日は重苦しい雰囲気を纏いながら私たちを見回し、重い口を開いた。


「実は先程、王城にてクリストファー殿下からマリアンヌとの婚約を解消したいとの申し入れがあった。マリアンヌの賛同もすでに得ている、と。これは本当かい?マリアンヌ」


 父の言葉に、母と兄だけでなく、控えている使用人たちからも息を呑む声が聞こえた。

 だから私は、さっきハンナに言ったのと同じように宣言することにしたのだ。なんだか皆にすごく気を使わせてしまってるみたいだし、「私は大丈夫ですよ」と、「是非とも応援してください」という気持ちを込めて。


「はい。公爵家の令嬢として、クリストファー殿下との婚約を解消するに至ったこと、誠に申し訳ありません。ですが、殿下には素敵な想い人ができた様ですし、お相手の方もベアステラ王室に相応しい方だと思いましたので、私は身を引くことにいたしました。それに、私は今日、運命の出会いを果たしました。私はその方、ルーカス様と結婚いたします!」


 私が気合を込めてそう宣言すると、父、母、兄が三人とも声を揃えて叫んだのだ。

「ルーカス様って誰だ!!!!!」と。


 語尾はちょっとずつ違っていたけど、ここまで揃うのも家族とはいえすごい。なんなら使用人たちまで、「本当は自分たちも叫びたい」という様な顔をしている。

 そんなに焦らなくても、ちゃんと説明しますわ。未来の旦那様の話ですもの。


「マ、マリアンヌ……マリーちゃん?ちょっと…お父様、頭が混乱してきたよ?順番に説明してもらってもいいかな?」


 父が非常に動揺した声で言う。私と同じピンクブロンドの髪を撫で付けた髪型は、今や彼の手によってぐしゃぐしゃにかき乱されている。

 父の青い瞳を見ながら、私はもちろん、という意味を込めて頷いた。


「とりあえず軽いところ…クリストファー殿下の想い人について訊こうかな?」

「はい。殿下は次期聖女様、エマ・ライオネル伯爵令嬢に懸想しています。彼女に想いを伝えるにあたり、私と婚約したままでは不誠実なので、婚約を解消したいとのお申し出でした」


 それは本当に軽いところなのか?と思いながら、私は父の質問に答える。

 私の回答を聞いた父は、くしゃりと顔を歪ませた。


「次期聖女様か。それは……確かに、殿下の気持ちに関わらず、王家は喉から手が出るほど欲しいだろうな」


 父がそう言った瞬間、バァン、と大きな音がして、私はびっくりして隣を見た。

 私の隣では、兄のライアンが肩を振るわせながら机に両手を叩きつけていた。


「お、お兄様?落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるか!俺の大事な妹が、他の女と秤にかけられて捨てられたんだぞ!いくら聖女だからって、あんなにマリーのことを愛していると言っていたのに!!」


 兄のさらりとした青紫の前髪から、涙の溜まった黒に近い濃紺の瞳が見える。どうしてそんな傷付いた顔をしているのか。私は一つも傷付いていないのに。


「殿下に直訴してくる」

「待てライアン。私も行こう」


 ガタリと席を立とうとする兄に、父が同調する。父の青い瞳が、物騒にギラリと光った。


「待ちなさい、二人とも」 


 今にも飛び出していきそうな二人を止めたのは、母バイオレットの冷静な一言だった。


「まだ、話は終わっていないでしょう?」


 濃い青にほんの一滴赤を混ぜたような青紫の長髪を緩くウェーブさせた髪に、私と同じ漆黒の瞳を持つ母は、その人形のように美しく無機質な表情で場の空気を支配した。


「うちの男性陣は、本当に感情的で良くないわね。そこが可愛くもあるのだけど」


 言いながら、私と同じ漆黒の瞳を向けてくる。

 場の空気が、ピリリとしたのを感じた。


「さてマリー?貴女は今回の婚約解消について、どう思っているの?身を引いて、本当によかったの?」


 母の漆黒の瞳が、私の心の中を覗く様に見詰めてくる。

 いや実際、読心魔法で心を読まれているのだろう。無闇にこの魔法を使わない母だが、よっぽど私のことを心配しているらしい。


「どんなに王家が聖女と繋がりを持とうとしていても、貴女が嫌なら、私達家族はバレンティ家の全力でもって貴女を応援するわよ」


 母の優しい台詞の裏で抵抗できない圧を感じながらも、隠すことは何もないので、素直に答える。


「私は、殿下に想い人ができたことを心から祝福していますわ。婚約解消についても、納得しております。そもそも私達は、お互い相思相愛になろうと頑張っていただけで、心から愛し合っていたわけではございません」


 政略結婚でも仲の良い両親に憧れていた。だから、私は二人の真似をしていただけだし、クリストファー殿下はそれに付き合ってくれていただけにすぎない。

 そういう想いを込めて、母の吸い込まれそうになる漆黒の瞳を見つめる。

 数秒見つめ合ってから、母は瞼をすっと閉じた。


「ーー嘘は言っていないみたいね」


 母の言葉に、父と兄が肩の力を抜いた。

 魔法で私の心を読んだ母の言葉には、説得力がある。


「マリーが傷付いていないなら、まぁ」


 良いか、を省略して、兄がモゴモゴ言いながら席に着く。父も席に戻って、隣の母に「ありがとう、ヴィオ」と囁いている。

 よかったよかった、という空気が流れ始めたので、私は今回の話の最重要部分を家族に伝えるために口を開いた。


「それで、クリストファー殿下との婚約解消の話が終わってから運命の殿方に出会ったので、その方、ルーカス様との婚約の打診をしていただきたいのですが」


 ゴシャッ


 という音を立てて、父が椅子から転げ落ちた。

 まぁ、お父様ったら、何を遊んでおられるのかしら?


 家族の視線が父に向く中、父はよろよろと震えながらおもむろに椅子に座り直し、聞こえなかったという様に、手を後ろに当てた耳を私の方に向けた。


「えーっと、マリーちゃん?お父様、聞き間違いかなぁ?ちょっとよく分からない言葉が聞こえたんだけど……」

「ルーカス様と結婚するので、先方に婚約の打診をお願い致します」


 よく聞こえなかったそうなので、もう一度、はっきりゆっくり、決して聞き間違えない様に強めに発音する。これで父にもちゃんと伝わっただろう。


「んーーと。マリーちゃん?その、ルーカス様っていうのは……?」


 父がプルプル震えながら、貼り付けた様な笑顔で尋ねてくる。私は待ってましたとばかりに喋り始めた。


「ルーカス様はっ、とっても可愛いお方でっ、頬を染めて恥じらう姿が可愛くてっ、私の目を綺麗だと褒めてくれてっ、何度も恥ずかしそうに目を逸らすのに、頑張って私の目を見て話そうとして下さる姿がいじらしくてっ」


 ようやく語れる、大好きなルーカス様の話。私の弁舌にも熱がこもる。


「初めて図書館でお会いした時、助けて頂いたんです。ほんの少し、お話もさせて頂いて……その時から、これは運命の出会いではないかと思っておりました。そうしたら……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、マリアンヌ」


 ルーカス様の素晴らしさについてこれから語ろうとしていたのに、父から静止の声がかかってしまった。消化不良だ。まだ語りたい。

 私のきっと顔に出ていない不満を感じ取っているのかいないのか、父は恐る恐るといった感じで質問してくる。


「私が訊きたいのは、ルーカス様とやらはどこの家の者なのかということで……ほら、家が分からないと、婚約の打診もできないだろう?」


 父に言われて、私はパチクリと瞬きをした。確かに、婚約は家同士で結ぶもの。現在平民のルーカス様とは、どうやって婚約を結べばいいのだろう?


「そうですね……婚約の打診は、とりあえずスコット家にすればいいのかしら?ルーカス様はスコット男爵家にお住まいのようだから」

「うっ……だ、男爵家の御子息か。身分差がありすぎる上に、スコット家といえばつい最近叙爵したばかりの家だったはず。バレンティ公爵家の、しかもマリアンヌが嫁ぐのは……」


 頭を抱える父に、兄も困った顔で頷く。


「下手をすると、王家からの妨害が入るかもしれませんね」

「マリーの自由恋愛を応援したいのは勿論なのだけど、私達は難しい立場ですからね」


 私と同じ、バレンティ家の希少な闇魔法の使い手である母の言葉は重い。私達の魔法は、簡単に国家転覆を図れてしまう。だから、王族の目の届くところにいなければならないのだ。

 そういう点で見ると、スコット家は叙爵したとはいえ、王家からの絶対の信頼を得てはいない。もしもそんな所に私が嫁いでしまったら、王家としては不安でしょうがないだろう。


「いっそ、婿に貰うか。マリーに公爵家を継いでもらって」


 兄の言葉に、私は首を振る。


「公爵家の跡取りはお兄様ですわ。何を仰いますの?それに、皆勘違いしているわ。ルーカス様は、スコット男爵子息ではなく、子息に仕える平民の従者よ」


「平民!?」


 ドシャァ


と、またもや父は椅子から転げ落ちた。


「さすがに平民と結婚は無理だろう!?」

 兄も驚愕して私を見る。


「……」

 母だけが、静かに成り行きを見守っていた。というか母にはたぶん、私がまだ言っていない情報も見えているのだろう。全てを知った上で、興味深そうに静観している。


 だから私は、母以外の二人に落ち着く様に促した。

 もう、ちゃんと私の話を聞いて下さい!


「ルーカス様は、確かに平民だとご自分でも仰っていました。しかし、クリストファー殿下が私にルーカス様を紹介して下さったのです。私に似合いの殿方がいる、と」


 私の言葉に不可解げに眉を寄せた兄とは対照的に、父は椅子から落ちた体勢のままではっと青い眼を見開いた。


「まさか……ルーカス様というのは……」


 父がそう呟いた時、うちの家令がすっとやって来て、父の近くで報告した。


「旦那様、クリストファー殿下がお見えになっております。夜分に失礼だが、話したいことがある、と」


 それを聞いた父はふむ、と頷き、膝を立てて立ち上がった。


「ちょうど良いところに来て下さった。ここにお通ししろ。殿下の口から、色々と説明して頂こうではないか」

 


本日二回目更新です。前回短かったのですが、今回はちょっと長いですかね?

久々投稿すぎて、普段何文字程度で投稿していたか忘れてしまいました…


お読みいただきありがとうございます。

次回も早めに投稿できるように頑張ります。

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