3-2 家族会議
バレンティ公爵家、家族会議です。
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「「「ルーカス様って誰だ!!!!!」」」
バレンティ家の食堂で、さっき聞いたばかりの台詞を三人が叫んでいた。
食堂には、時間は早いがいつもの夕食通り、私の家族が勢揃いしている。席順も、いつもと同じだ。
ただ、いつもは全員席に着いたらすぐに運ばれてくる料理が無く、テーブルの上には代わりに各自の好きな飲み物が置かれていた。
長テーブルの一番奥の端の席に、私の父であり、この家の当主、ジョージ・バレンティ公爵。その隣に母、バイオレットが座る。父の向かいで私の隣に座っているのは、兄のライアンだ。
家族にはいつもニコニコしている父が、今日は重苦しい雰囲気を纏いながら私たちを見回し、重い口を開いた。
「実は先程、王城にてクリストファー殿下からマリアンヌとの婚約を解消したいとの申し入れがあった。マリアンヌの賛同もすでに得ている、と。これは本当かい?マリアンヌ」
父の言葉に、母と兄だけでなく、控えている使用人たちからも息を呑む声が聞こえた。
だから私は、さっきハンナに言ったのと同じように宣言することにしたのだ。なんだか皆にすごく気を使わせてしまってるみたいだし、「私は大丈夫ですよ」と、「是非とも応援してください」という気持ちを込めて。
「はい。公爵家の令嬢として、クリストファー殿下との婚約を解消するに至ったこと、誠に申し訳ありません。ですが、殿下には素敵な想い人ができた様ですし、お相手の方もベアステラ王室に相応しい方だと思いましたので、私は身を引くことにいたしました。それに、私は今日、運命の出会いを果たしました。私はその方、ルーカス様と結婚いたします!」
私が気合を込めてそう宣言すると、父、母、兄が三人とも声を揃えて叫んだのだ。
「ルーカス様って誰だ!!!!!」と。
語尾はちょっとずつ違っていたけど、ここまで揃うのも家族とはいえすごい。なんなら使用人たちまで、「本当は自分たちも叫びたい」という様な顔をしている。
そんなに焦らなくても、ちゃんと説明しますわ。未来の旦那様の話ですもの。
「マ、マリアンヌ……マリーちゃん?ちょっと…お父様、頭が混乱してきたよ?順番に説明してもらってもいいかな?」
父が非常に動揺した声で言う。私と同じピンクブロンドの髪を撫で付けた髪型は、今や彼の手によってぐしゃぐしゃにかき乱されている。
父の青い瞳を見ながら、私はもちろん、という意味を込めて頷いた。
「とりあえず軽いところ…クリストファー殿下の想い人について訊こうかな?」
「はい。殿下は次期聖女様、エマ・ライオネル伯爵令嬢に懸想しています。彼女に想いを伝えるにあたり、私と婚約したままでは不誠実なので、婚約を解消したいとのお申し出でした」
それは本当に軽いところなのか?と思いながら、私は父の質問に答える。
私の回答を聞いた父は、くしゃりと顔を歪ませた。
「次期聖女様か。それは……確かに、殿下の気持ちに関わらず、王家は喉から手が出るほど欲しいだろうな」
父がそう言った瞬間、バァン、と大きな音がして、私はびっくりして隣を見た。
私の隣では、兄のライアンが肩を振るわせながら机に両手を叩きつけていた。
「お、お兄様?落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか!俺の大事な妹が、他の女と秤にかけられて捨てられたんだぞ!いくら聖女だからって、あんなにマリーのことを愛していると言っていたのに!!」
兄のさらりとした青紫の前髪から、涙の溜まった黒に近い濃紺の瞳が見える。どうしてそんな傷付いた顔をしているのか。私は一つも傷付いていないのに。
「殿下に直訴してくる」
「待てライアン。私も行こう」
ガタリと席を立とうとする兄に、父が同調する。父の青い瞳が、物騒にギラリと光った。
「待ちなさい、二人とも」
今にも飛び出していきそうな二人を止めたのは、母バイオレットの冷静な一言だった。
「まだ、話は終わっていないでしょう?」
濃い青にほんの一滴赤を混ぜたような青紫の長髪を緩くウェーブさせた髪に、私と同じ漆黒の瞳を持つ母は、その人形のように美しく無機質な表情で場の空気を支配した。
「うちの男性陣は、本当に感情的で良くないわね。そこが可愛くもあるのだけど」
言いながら、私と同じ漆黒の瞳を向けてくる。
場の空気が、ピリリとしたのを感じた。
「さてマリー?貴女は今回の婚約解消について、どう思っているの?身を引いて、本当によかったの?」
母の漆黒の瞳が、私の心の中を覗く様に見詰めてくる。
いや実際、読心魔法で心を読まれているのだろう。無闇にこの魔法を使わない母だが、よっぽど私のことを心配しているらしい。
「どんなに王家が聖女と繋がりを持とうとしていても、貴女が嫌なら、私達家族はバレンティ家の全力でもって貴女を応援するわよ」
母の優しい台詞の裏で抵抗できない圧を感じながらも、隠すことは何もないので、素直に答える。
「私は、殿下に想い人ができたことを心から祝福していますわ。婚約解消についても、納得しております。そもそも私達は、お互い相思相愛になろうと頑張っていただけで、心から愛し合っていたわけではございません」
政略結婚でも仲の良い両親に憧れていた。だから、私は二人の真似をしていただけだし、クリストファー殿下はそれに付き合ってくれていただけにすぎない。
そういう想いを込めて、母の吸い込まれそうになる漆黒の瞳を見つめる。
数秒見つめ合ってから、母は瞼をすっと閉じた。
「ーー嘘は言っていないみたいね」
母の言葉に、父と兄が肩の力を抜いた。
魔法で私の心を読んだ母の言葉には、説得力がある。
「マリーが傷付いていないなら、まぁ」
良いか、を省略して、兄がモゴモゴ言いながら席に着く。父も席に戻って、隣の母に「ありがとう、ヴィオ」と囁いている。
よかったよかった、という空気が流れ始めたので、私は今回の話の最重要部分を家族に伝えるために口を開いた。
「それで、クリストファー殿下との婚約解消の話が終わってから運命の殿方に出会ったので、その方、ルーカス様との婚約の打診をしていただきたいのですが」
ゴシャッ
という音を立てて、父が椅子から転げ落ちた。
まぁ、お父様ったら、何を遊んでおられるのかしら?
家族の視線が父に向く中、父はよろよろと震えながらおもむろに椅子に座り直し、聞こえなかったという様に、手を後ろに当てた耳を私の方に向けた。
「えーっと、マリーちゃん?お父様、聞き間違いかなぁ?ちょっとよく分からない言葉が聞こえたんだけど……」
「ルーカス様と結婚するので、先方に婚約の打診をお願い致します」
よく聞こえなかったそうなので、もう一度、はっきりゆっくり、決して聞き間違えない様に強めに発音する。これで父にもちゃんと伝わっただろう。
「んーーと。マリーちゃん?その、ルーカス様っていうのは……?」
父がプルプル震えながら、貼り付けた様な笑顔で尋ねてくる。私は待ってましたとばかりに喋り始めた。
「ルーカス様はっ、とっても可愛いお方でっ、頬を染めて恥じらう姿が可愛くてっ、私の目を綺麗だと褒めてくれてっ、何度も恥ずかしそうに目を逸らすのに、頑張って私の目を見て話そうとして下さる姿がいじらしくてっ」
ようやく語れる、大好きなルーカス様の話。私の弁舌にも熱がこもる。
「初めて図書館でお会いした時、助けて頂いたんです。ほんの少し、お話もさせて頂いて……その時から、これは運命の出会いではないかと思っておりました。そうしたら……」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、マリアンヌ」
ルーカス様の素晴らしさについてこれから語ろうとしていたのに、父から静止の声がかかってしまった。消化不良だ。まだ語りたい。
私のきっと顔に出ていない不満を感じ取っているのかいないのか、父は恐る恐るといった感じで質問してくる。
「私が訊きたいのは、ルーカス様とやらはどこの家の者なのかということで……ほら、家が分からないと、婚約の打診もできないだろう?」
父に言われて、私はパチクリと瞬きをした。確かに、婚約は家同士で結ぶもの。現在平民のルーカス様とは、どうやって婚約を結べばいいのだろう?
「そうですね……婚約の打診は、とりあえずスコット家にすればいいのかしら?ルーカス様はスコット男爵家にお住まいのようだから」
「うっ……だ、男爵家の御子息か。身分差がありすぎる上に、スコット家といえばつい最近叙爵したばかりの家だったはず。バレンティ公爵家の、しかもマリアンヌが嫁ぐのは……」
頭を抱える父に、兄も困った顔で頷く。
「下手をすると、王家からの妨害が入るかもしれませんね」
「マリーの自由恋愛を応援したいのは勿論なのだけど、私達は難しい立場ですからね」
私と同じ、バレンティ家の希少な闇魔法の使い手である母の言葉は重い。私達の魔法は、簡単に国家転覆を図れてしまう。だから、王族の目の届くところにいなければならないのだ。
そういう点で見ると、スコット家は叙爵したとはいえ、王家からの絶対の信頼を得てはいない。もしもそんな所に私が嫁いでしまったら、王家としては不安でしょうがないだろう。
「いっそ、婿に貰うか。マリーに公爵家を継いでもらって」
兄の言葉に、私は首を振る。
「公爵家の跡取りはお兄様ですわ。何を仰いますの?それに、皆勘違いしているわ。ルーカス様は、スコット男爵子息ではなく、子息に仕える平民の従者よ」
「平民!?」
ドシャァ
と、またもや父は椅子から転げ落ちた。
「さすがに平民と結婚は無理だろう!?」
兄も驚愕して私を見る。
「……」
母だけが、静かに成り行きを見守っていた。というか母にはたぶん、私がまだ言っていない情報も見えているのだろう。全てを知った上で、興味深そうに静観している。
だから私は、母以外の二人に落ち着く様に促した。
もう、ちゃんと私の話を聞いて下さい!
「ルーカス様は、確かに平民だとご自分でも仰っていました。しかし、クリストファー殿下が私にルーカス様を紹介して下さったのです。私に似合いの殿方がいる、と」
私の言葉に不可解げに眉を寄せた兄とは対照的に、父は椅子から落ちた体勢のままではっと青い眼を見開いた。
「まさか……ルーカス様というのは……」
父がそう呟いた時、うちの家令がすっとやって来て、父の近くで報告した。
「旦那様、クリストファー殿下がお見えになっております。夜分に失礼だが、話したいことがある、と」
それを聞いた父はふむ、と頷き、膝を立てて立ち上がった。
「ちょうど良いところに来て下さった。ここにお通ししろ。殿下の口から、色々と説明して頂こうではないか」
本日二回目更新です。前回短かったのですが、今回はちょっと長いですかね?
久々投稿すぎて、普段何文字程度で投稿していたか忘れてしまいました…
お読みいただきありがとうございます。
次回も早めに投稿できるように頑張ります。




