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2-8 殿下ってもしかして

お待たせしました!

♢♢♢♢


 プライベートサロンでの一件があってから、クリストファー殿下は俺たちの教室に入り浸るようになっていた。

 休み時間の度に教室にやって来る殿下に、エマは迷惑そうな眼を向ける。


「クリストファー殿下はよっぽどお暇ですのね」


 嫌味たっぷりにエマが発した言葉を、殿下はにこやかに受け止めた。


「残念ながら、そう暇では無いんだ。だが、せっかくできた友人や、やっと再会した弟にはなるべく会っておきたいと思ってね。親睦を深める機会は多い方がいいだろう?」


「その機会は、殿下のご婚約者様に使って差し上げたらいかが?殿下とお話しする機会がなくて、悲しんでいらっしゃるかもしれないわよ」


 エマは翠の大きな瞳を半眼にして殿下に言う。嫌味で長ったらしい文章になっているが、要するに「自分のクラスに帰れ」と言っているのだ。そんなエマの台詞の言外の意味を察していないわけがない殿下は、より一層笑みを深めて応戦する。


「彼女とは同じクラスだし、よく話はしているよ。でも、そうだね……今日の昼休憩は、彼女と過ごそうかな。話したいこともあるし……」


 言いながら、殿下は意味ありげにエマを見つめた。

 エマは一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って、殿下を睨みつける様に見つめ返した。

 そんなエマを見て、殿下の瞳は楽しそうに細められる。


 んん?なんか……


 二人の、特に殿下の様子を見て、俺にはなんとなく感じるものがあった。思わずピーターを見たが、彼はいつも通り教科書へ落書きすることに夢中になっている。

 殿下のエマへ向ける目線が、まるでスコット夫妻がお互いを見つめる時の目にそっくりだと思ったのだ。

 だが、先程エマが言ったように、殿下には婚約者がいるはず。確か、この国の四大公爵家のご令嬢と婚約なさっていたはずだ。

 気のせいか、と、俺はかぶりを振って自分の想像を否定した。


 そうしていると、クリストファー殿下がピーターに向かって何やら話しかけている。


「ピーターは美術部に入ったと聞いたよ。やはりスコット家の者は芸術の素養が高いのだな。放課後の部活動は楽しいかい?」


 殿下に突然話しかけられて、ピーターはびくりと肩を震わせて固まった。そして、自分の描いた落書きから目を逸らさないまま、こくりと頷いた。

 そんなピーターの反応に気を悪くする様子もなく、殿下はにこりと笑って、次に俺に声をかけてきた。


「ルーカスは、ピーターと共にスコット家の馬車で登下校しているのだろう?彼の部活動中はどうしているんだい?」

「ピーターの部活中は、だいたい図書館にいますね」


 俺の答えに、殿下は満足そうに頷いた。この反応は多分、知っていて聞いてきたな、と察する。


 クリストファー殿下と話す機会が増えたことで、彼の人となりが少し見えてきた気がする。

 殿下は、遠回しな言動をしながら相手から知りたい情報を聞き出すのが非常に上手い。

 今回の会話も、ピーターに話しかけたところから布石で、本当に聞きたかったのは俺が放課後どこにいるかという情報だろう。それも、俺が最近の放課後は図書館にいることを知っていて、その上で確認として本人に尋ねただけなのだ。


 殿下は優しく、寛大なお方だとは思うが、こういうところは少し怖いな。気がついたら皆、彼の掌の上で踊っていそうだ。


 そして、殿下のそういうところが気に喰わないのか、エマは常に殿下に対して喧嘩腰だ。しかし、どんなに彼女に睨まれても殿下はニコニコしている。しかもとても楽しそうに。


 殿下ってもしかして、ああいうのがタイプなのか……?


 知ってはいけないことを知ってしまった気がして、俺はぶるりと身を震わせた。思わず両腕で自分を抱きしめる。


「ねぇーー…」

「ところでルーカス、今日の放課後なんだけれど」


 殿下が、にこやかに言う。その殿下をエマが恨めしそうにじとっと睨んだ。

 殿下今、エマの言葉をわざと遮らなかったか?

 だが俺は、王子殿下に指摘するほどの度胸もないので、エマが声を上げたことには気づかなかったふりをした。


「はい」

「少し話したいことがあるんだ。いつも通り図書館で過ごしてくれていたら、後で迎えに行くよ」


 そう言ってウインクをした殿下は、じゃあまた放課後に、と言って、ひらりと手を振って教室から出ていった。

 俺はそんな殿下をぽかんとして見送ったが、隣でエマが忌々しげに舌打ちをしたのが聞こえた。


 殿下の話とは一体なんだろうか?

 ピーターと話したかったが、殿下の緊張感から解放された彼はまた落書きに集中し始めたため、彼の超大作の制作を邪魔してはならないと一人考えるだけに留めた。



ちょっと短いですが、キリがいいのでここで終わります。

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