2-6 第二王子
お久しぶりです!
相変わらず長かったので、話をふたつに分けました。
そのひとつ目です。
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王子殿下の案内で、俺は初めて学園内のプライベートサロンに足を踏み入れた。
ガラス張りのプライベートサロンは、男女で使っても咎められない密室ということで、よく異性同士で密談をするのに使われるらしい。使用するには、学園に使用申請書と共に使用料を払わなければならないため、主に高位貴族が使用している。そのため、室内に誂えられた机や椅子などは高級品を揃えており、窓からの陽光と天井の蛍光灯の光を受けて艶やかに輝いていた。
エマは今まで何度か使ったことがあるらしく、勝手知ったる感じでサロン内の席に座ると、鞄からランチボックスを取り出した。
「たまたま二人とも今日はランチボックスを持ってきていて良かったね。さ、食べよう!」
エマが俺とピーターにそう言って、席に座ることを促す。俺はピーターと顔を見合わせた。
いや、だって、王子殿下がまだ立っている。その殿下を無視してサンドウィッチを頬張り始めたエマに戸惑い、俺はそっと、殿下を窺った。
エマの様子に殿下は苦笑していたが、別段怒ってはいなさそうだ。
「二人とも、座ってくれ。そして、食べながらでいいから、少し私の話を聞いてくれないか?」
王子に微笑まれながらそう言われ、俺たちはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
俺たちが座ってランチボックスに手をつけるのを見届けてから、殿下は口を開いた。
「先程は、驚かせてすまなかった。まずは、自己紹介をさせてもらえるか?私はクリストファー・ベアステラ。この国の王子だ」
目線で自己紹介を促されたので、俺も名乗る。
「自分はルーカスです。隣のピーター・スコット男爵子息の従者をしています」
緊張で喋れそうにないピーターの代わりに彼の名も告げて、俺はぺこりと頭を下げた。
殿下はそんな俺たちを何故か感慨深そうに見つめている。殿下が俺を見つめる目が優しくて、ドキリとする。その視線の意味は何なのだろう?
クリストファー殿下は、遠い目をしながら、どこから話そうか…と一呼吸置いた後に、俺たちを見回しながら、実は…と話し始めた。
「私には、弟がいたんだ。腹違いで、同い年の弟がね。弟の名はルーカス。黒い髪に、青い瞳の、両耳に小さなピアスを着けた子でね、五歳の時、彼の母と共に行方不明になった……」
「それって……」
思わず、といったように呆然とピーターが言った。
クリストファー殿下は一つ頷くと、俺にまっすぐアイスブルーの瞳を向けてきた。
「ルーカス・ベアステラ。君は、我がベアステラ王国の第二王子だよ」
殿下に断言され、俺の思考は抜け落ちる。
俺が、王子?そんなバカな……
「君が行方不明になるまで、私たちはよく、一緒に王城の庭園で遊んでいただろう?覚えていないかい?」
「俺は……その…………」
殿下に言われ、思い出そうとしてみるも、欠片も思い出せない。兄だというクリストファー殿下をじっと見たところで、何となくの既視感さえ無いのだ。
俺が緩く首を振ると、殿下はそうか、と寂しげに眉を下げた。
「だが、君が第二王子であることは間違いない。そうなるとこれからーー」
「本当に?」
王子殿下の台詞に被せるようにして、エマが口を開いた。
「本当に、ここにいるルーカスが第二王子で間違いないの?証拠は?」
エマは、殿下に挑むような視線を向けた。その翠の強い視線に、俺まで萎縮してしまう。
しかし、殿下は彼女の視線をものともせず、エマと相対した。
「先程の私の証言では不足ということかな?ルーカスという名の、黒髪青目、ピアスを着けた同年代の男子が、この国に私の弟以外にいるとでも?」
「ええ。だって、ルーカスは当時の記憶が何もないのよ?たまたま似た容姿の記憶喪失の子どもに、お前の名前はルーカスだと教え込んで、成り代わらせている可能性もあるじゃない?ねぇ、ピーター?」
「た、確かに、ルーカスはうちに来た当初、自分の名前も分からない状態だったけど……」
「ほらね?」
クリストファー殿下は眉を顰めたが、エマのその言葉は俺の漠然とした不安を言語化したようだった。
俺には、第二王子としての記憶も、殿下の弟としての記憶も、全くない。だから、どんなに殿下にお前は第二王子なんだと言われても、実感が湧かないどころか、なんだか殿下を騙しているみたいなのだ。
殿下に向かって、エマは鋭い眼光を向けている。その翠の瞳は、さあ、どうするの?と挑発しているようだった。
クリストファー殿下は、エマの視線を真っ向から受け止めたあと、ちらりと俺の方を見た。それから、微苦笑しながらエマを見直す。
「本当に、聖女というのはお優しい」
殿下の言葉に、エマが苦虫を噛み潰したような顔をする。
やっぱりエマは、俺のために王子殿下にくってかかってくれたようだ。自分の記憶に無い部分を理由に大層な立場になろうとしていることに、俺が不安を抱いていることが分かったのだろう。
俺が心の中でエマに感謝していると、クリストファー殿下がアイスブルーの瞳を俺に向けた。
「すまなかった、ルーカス。君の気持ちを置いてけぼりにしてしまったね。しかし、私にとって君は我が弟に違いないんだ」
眉を下げながら、殿下は俺に言った。
「君のそのピアスにも、ベアステラ王家に連なる者の証がある。君の右耳のピアスは、君の父君の瞳の色だろう?」
そう言いながら、殿下はポケットから装飾の美しいペンライトを取り出した。
「このペンライトは電池でも光るが、反対側には魔力灯が付いていてね、電池が切れても魔力を通せば、この通り」
クリストファー殿下がペンライトに魔力を流すと、魔力灯のペンライトが優しく光った。同時に、殿下のアイスブルーの瞳も、紅く変わる。思わず見惚れてしまうほど、その瞳は幻想的で美しかった。
殿下をじっと見つめていると、彼は俺を見て微笑んだ。
「私の瞳の色が変わっているのは分かるだろう?」
「はい」
俺がこくりと頷くと、殿下は喋りながら魔法で氷の鏡を作り出した。
「魔力を使うと紅く変わる瞳は、王家直系の証だ。私は全体的に母親似で、髪も目も母と同じ色だが、魔力で変わる瞳だけは父から譲り受けた」
殿下が、氷の鏡を俺に向けた。鏡には、俺の顔がはっきりと映っている。殿下は、そのまま鏡を見ているようにと俺に言うと、俺の右耳のピアスに魔力灯の光を当てた。
「あっ……」
思わず、声が漏れた。
鏡に映った俺の右耳のピアスは、殿下に魔力灯で照らされた途端、青から赤に変わった。その赤は、目の前にいる殿下の紅い瞳と全く同じ色だった。
今回は大体半分のところで2つに分けてみました。
いつもは「話のいい感じのところで〜」と考えて分けているのですが、どこで分ければいいかよく分からなくなったので、大体半分のところでスパッといっております。
ふたつ目もすぐに上げます。




