2-4 クラスメイト
本日2個目です。
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教室に入ると、俺たちは隣同士の席に荷物を置き、俺は席を立って、座っているピーターと話をしていた。
すると、クラスメイトがわらわらと寄ってきて、俺たちを取り囲む。話題はもっぱら、俺の髪やピアスの話だ。
「珍しい髪色だね」
「外国の人?」
「そのピアスは何?」
口々に出る質問に、俺は答えていく。皆フランクに話しかけてくれるのは、俺が平民だからだろう。
どうやらこのクラスには、とびきり身分の高い生徒はいないようだ。平民も多かったし、貴族の生徒も爵位の低い者が多いからか、身分に関係なく話してくれる。
これはピーターにとってもいいクラスだな、と思ったが、本人は自分の机が取り囲まれて縮こまっていた。
ガチガチに固まっているピーターに声をかけようと口を開きかけた時、教室中に大きな声が響き渡った。
「ルーカス殿下!」
声の主は、亜麻色の長い直毛の髪を揺らしながらこちらに近づいてくる。
自然と人垣が割れ、俺の前まで来た彼女は、スッとカーテシーを行った。
「エマ・ライオネルと申します。殿下、同じクラスですね。これからよろしくお願いします」
彼女の挨拶に、俺は戸惑った。周りのクラスメイトの反応も、大体俺と同じだ。
殿下って、なんだ?
「人違いではありませんか?」
とりあえず、俺は思ったことを口にした。
すると、顔を上げた彼女が、驚いたように目を見開いた。翠の大きな瞳が、こぼれそうなほど開かれている。
彼女はその顔のまま、辺りを見回した。戸惑ったように周囲を確認し、最後にこの席の主であるピーターに目を落とすと、ますます驚き、口元を手で覆った。
「ピーター・スコット?どうして……」
小さく呟かれた言葉は、俺には届いていた。ピーターにも聞こえたようで、ビクリと大きく肩を跳ねさせる。
俺は、ピーターの耳元で
「知り合いか?」
と訊いたが、彼はふるふると首を横に振った。
そうだよな。俺の知る限り、ピーターに同年代の貴族の知り合いはいない。
ピーターは、知らない令嬢から名前を呼ばれたことで酷く怯えている。
俺は、臆病な主人を守ろうと口を開いた。
「失礼ですが、ピーター様とお知り合いですか?俺はピーター様の従者で、ルーカスと言います。平民ですから、姓はありません」
硬い声でそう言うと、ライオネル嬢は唇を噛み締め俯いた。その様子から、何かショックを受けているな、と思ったが、これ以上どう言えばいいか分からない。泣かれでもしたらどうしようか。貴族のご令嬢と揉めたとあっては、スコット家に迷惑がかかってしまう。
「あの……」
困り果てて、俺は何を言うか考えつく前に声を上げてしまった。
次に何を言おうかとあたふたしていると、急にライオネル嬢が顔を上げ、ニッコリと笑った。
「ごめんなさい。少し、勘違いしていたみたいです。変なことを言ってごめんなさい。きっと、夢で見たことと混同してしまったんです」
彼女はそう言うと、恥ずかしそうに頬を染めた。その様子は大層可憐で、市井の快活な女子との違いにびっくりする。
「自己紹介をやり直させてください。私はエマ・ライオネル。ライオネル辺境伯に養女に迎え入れて頂いた、元平民です。クラスメイトとして、これからよろしくお願いします」
今度はカーテシーをせず、俺とピーター交互に翠の瞳を向けて、彼女は言った。
「ルーカスです。こちらはピーター・スコット様です。俺は、スコット家が男爵位を賜る前からスコット家でお世話になっています。よろしくお願いします。…ほら、ピーター様」
「……ピーターです。ルーク、様付けやめてってば」
「はいはい」
俺たちのやり取りに、ライオネル伯爵令嬢はくすくす笑って、仲が良いのですね。と言った。
そんな俺たちを遠巻きに見ていた貴族のクラスメイトからヒソヒソと声が上がる。
「ライオネル伯爵令嬢。あの方が」
「社交界デビューが遅かったし、一度しか夜会に来られていなかったわよね?私も、拝見するのは初めてだわ」
「彼女があの有名な聖女様……」
「まだ候補よ。聖女候補」
周りのヒソヒソ話に肩をすくめながら、ライオネル伯爵令嬢は言った。
聖女。それは、この国で王族に匹敵する身分を持つ者のことだ。聖女の役割は、聖属性魔法でベアステラ王国全土を守る結界を張ることである。
貴族教育では、聖女がいかに大切で、稀有な存在なのかということを勉強する。
国を守る結界は世界中の国々が採用しており、とても大事な国防の要だ。
万が一他国と戦争することがあれば、真っ先に行うのは敵国の結界を壊すことであり、結界の無い国など、襲ってくださいと言っているようなものなのだ。
結界にも様々な種類があるが、中でも聖属性の魔法で張った結界は強固で、魔物の侵入も許さない。
ベアステラ王国の西側の国境には大きな森があり、そこには昔から魔物が湧く。だから、ベアステラ王国の結界には聖属性魔法を使っているのだが、ベアステラには、その周辺国も含めて聖属性魔法を使える人間があまり生まれてこないのだ。
特に、国中を覆えるほどの結界を張れる魔力を持った聖属性魔法の使い手など、数十年に一人の確率である。
そんな貴重な聖女になれる者が見つかった。彼女はライオネル辺境伯に引き取られ、聖女としての訓練を受けている。
彼女が成人した暁には、聖女として、立派に国を守ってくれることだろう。……そう、確かに習った。
そうか。彼女が聖女、エマ・ライオネル様。と言うことは、このクラスで最も身分が高いのは彼女になるだろう。
そもそもこのクラス、侯爵家以上の身分の者もいないようだから、ただの伯爵令嬢だとしてもトップである。
そんな高貴な方とどう接して良いか分からず、内心冷や汗をかいていると、彼女は急に飛び跳ねるようにして俺の隣の席に移動し、机に鞄を置いた。
「そこ、ルーカスの席よね?隣いい?」
急に砕けた話し方になって驚く。
「はい。どうぞ聖女様のお好きなように」
と俺が言うと、彼女は頬をぷくっと膨らませ、
「私、元平民だって言ったじゃない。一応貴族としての教育も受けさせてもらったけど、心は平民の時と変わってないの。だから、敬語無しで、普通に、同級生として接してほしいな。名前も、気軽にエマって呼んで?ね、ルーカス。ピーターも」
なんてことを言う。
「分かった、エマ。ピーターと同じように接することにするよ」
と俺が言うと、彼女は安心したように笑った。
「それ、慇懃無礼な態度を取るって意味だよ……」
ピーターが小さな声で何か言っていたが、俺は聞こえないふりをした。
エマ初登場ですー。やっと出てきました。
クリストファー殿下に好かれている、聖女(候補)のエマちゃんです。よろしくお願いします。




