30話 大賢者現る
さっきまで眠るように座っていた女性が立ち上がると、周りに
張り巡らされていた糸がいつのまにか消えて無くなっていた。
「これは……夢でも見ているのか?」
ー何じゃ?嬉しくないのか?私の弟子じゃぞ?ー
「そうじゃなくて、ここはダンジョンではないんです。ただの
岩肌に開いた洞窟で………僕はジャイアントベアから逃げて
きただけで……」
ーんん!?なんじゃと?私が作ったダンジョンを攻略してきた
んじゃないのか?ー
驚く女性にカイトは戸惑いながらも、ここまでのいきさつを話
したのだった。
ーなるほどのう〜、偶然繋がってしもうたんじゃな……ふむふむ、
じゃがなぁ〜もう待ちくたびれたしのう〜、もうええわ!お
前、名前はなんと言うのじゃ?ー
「あ、えっ……カイトです。」
ーそうか、カイトよ、今日から私の弟子になれ!もう才能のある
者を待つのも疲れたしのぅ〜、お主で我慢するわぃー
何とも無責任な事を言われた気がした。
「でも……僕も早く地上に出たいので出る方法を教えて貰えませ
んか?」
ーそんなの簡単じゃよ、私の弟子になって後ろのドアから出れば
いいんじゃよー
見ると、椅子の後ろにはしっかりしたドアがあった。
こんなところに出口があるとは!
喜んで駆け寄ろうとしたが、すぐに足を掬われた。
ズシャっと地面に転がると女性を見上げた。
ニヤッと笑うと、その人はカイトを軽々と持ち上げたのだった。
ーそう、慌てるでないわ。この先にはカイトよ、今のお主では通
過できぬほどの強さの魔物がおるでな〜、みすみす死なせるの
は勿体無いでのう〜ー
笑いながら言う言葉にしては不穏な言葉だった。
一旦落ち着くつもりで大きな水溜まりの場所まで戻ってきたのだ
った。
ーおぉ、まだ残っておったか〜。ここの水は飲んだか?ー
「はい……飲みましたけど………まさか何かあるんですか?」
ーい〜や、これは私が湧かせたものじゃ。もう何百年前じゃった
かのぉ〜、飲めば怪我はたちどころに治るんじゃよ、そう、こ
うやって大怪我をしてもなぁ〜ー
一瞬、何が起きたのかわからないほどに早い速度でカイトの身体
は吹き飛ばされていた。
一気に痛みを感じると下半身が真っ赤に飛び散り、地面に足だけ
が残されていた。
空中を飛ばされているのは視界がある上半身のみだった。
手を確認しようにも右はある……だが、左腕は………肩から先が
無くなっている!?
焦る間に水の中に落ちていた。
ポチャンッ…………
必死にある片手だけでもがくと上がろうと試みた。
ガシッと地面を掴んで水面から上がった時にはさっき無くなった
はずの左腕が付いていた。
そして、足もちゃんとあったのだった。
「どう……して……」
ー食料もいるじゃろ?これでも食って私の弟子として生きるんじゃ
なー
平然と言ってのけるが、食料として渡されたのはさっきまでカイト
の身体の一部だった場所だった。
血まみれの身体半分だ。
新鮮な肉といえば、肉だが完全に共食いならぬ、自分の一部だ。
その女性は火を起こすと、すぐに焼けと言いたそうにこっちを見て
きていた。
半分諦めたかのようにカイトは腰のナイフを取り出すと皮を剥いで
肉を骨から外し、焼きにかかった。
唯一持っていた塩で味付けすると筋張って硬かったが、食べれなく
はなかったのだった。
「分かりました、弟子になります。ですが、僕は貴方の事をなんと
呼べばいいんですか?」
ーそうじゃなぁ〜、リリー・クライゼン。リリーで良いわー
その名は大陸中に知れ渡った、かつての大賢者の名前だった。




