第5話 その先の世界
お父さんはウチに昔から伝わる話をはなし始める。
「ウチの苗字が樹守って言うだろ、それは本当に木を守ってきたからなんだ。」
「どこの木?」
「ウチの山の奥に行くと、ロープが張ってあって入れなくなってる。もちろん知ってるだろ?そのまだずっと先にご神木があるんだ。その木のこと。」
お父さんの話は続く。
「雪夏がこの前ワナを見つけた場所のすぐ側の、ロープが張ってあるそのまだ奥の場所に大きな木がある。
その木は、池とまではいかない、浅くて大きな水溜まりの中に立っている。
それがご神木で、ウチはその木をずっと守ってきた。
その木の周りには、夏になると小さな花がいっぱい咲いて、その花が白くてまるで雪が積もってるように見えるんだ。
お父さんは殆ど行く事がないからさ、若い時に行ったきりだけど、その光景は覚えてる。とっても綺麗なんだ。」
「へー見てみたいなぁ。」
「お母さんはあの場所が好きだったのかな?でもあの場所は、この樹守の家の者しか入れなくなってるんだが?黙って入ってたのか?
まあ、ロープだけじゃ簡単に入れるよな。
あ、それで山の中で倒れてたのかな。」
と、お父さんが独り言のようにブツブツ言う。
「何でウチの人だけしかそこに入れないの?それに、私も行ったことないよ。
私はいいんだよね?行きたい!」
「雪夏はまだダメだ。10歳を過ぎないと、あそこには入れない決まりになってる。」
「えー、誰が決めたの?何で10歳?」
「何でかなぁ?ご先祖様が決めたんだろ。
他の人が入れないのは、そこがウチの所有地だからだ。ウチの土地ってこと。
10歳なのは単に危ないからだと思うよ、山奥だから。多分な。
ああそうだ、じいちゃんに聞いた方が分かるかも。」
雪夏は今度はじいちゃんに話を聞きに行った。
「じいちゃん、ご神木のこと教えて。」
「うん?御神木?突然どうした、何が聞きたい?」
「私のお母さんの事をお父さんに聞いてたら、そんな話になったの。
何で山の奥のところ、ロープ張ってるの?何で私まだ入ったらダメなの?」
「昔…っていっても、ずっとずっと昔の話で、10歳になる前の子供が山の中に入って帰ってこなくなったことがあったんだって。
その子は妖精に連れていかれたっていう話だ。」
「えー、妖精?本当に?
で、その子はどうなったの?」
「うーん、妖精になったっていう話だけど、まあ、違うんだろうね。
優しい表現に変えてあるんだろうけど…帰ってこなかったらしい。
それで、10歳になってない子は妖精に変えられてしまうから、入ったらダメって事になったんだ。
この辺りの人は、大人でもあのロープの先には行かないよ。
実はご神木の辺りにはな、本当に妖精がいるんだよ。
それとあのロープは、昔は結界になってたみたいなんだ。分かりやすく言うと、バリアーだね。妖精がこっちに来て誰かを連れていったりしないようにね。」
「じいちゃんもばあちゃんもロープの向こうに入ってるんだよね?妖精は見たことある?」
「いやー、妖精には会ったことないかなあ。草刈ったり環境を整えないといけないから普通に入るけど、普通の山と何も変わらないよ。
ただ、ご神木はやっぱり神聖な感じがする。あの辺りは空気も違うし、ピンと背筋が伸びるような、不思議な感じはするよ。」
「私も早く行ってみたい!」
「もうすぐ10歳だからね、もう少しだ。まだダメだよ。迷信だろうけど、一応ね。」