第3話 雪夏の家族
雪夏の家はとっても田舎で、山の麓にある。
お父さんとじいちゃんとばあちゃんの4人家族だ。
お母さんはいない。
雪夏を産んでしばらくした頃、突然消えるようにいなくなったそうだ。
お父さんとばあちゃんの話では、お母さんがいなくなった直後は、捜索願いも出して警察も動いて騒ぎになったそうだが、2日ほどでスッと騒ぎが収まり、近所の人も何事も無かったように日常に戻ったそうだ。
近所のおばさん達に、突然いなくなった件について聞いた事があるが、皆よく覚えていないと言っていた。
ウチの家族だけは、神隠しにあったみたいだと言っている。
雪夏は最近、お母さんのことが気になっている。
今年10歳になるのだけど、小学校の行事で二分の一成人式があると聞いたからだ。
お母さんは何で家を出て行ったのか?何で私を置いていったのか?生きてるのか、死んでるのか…?
家には写真が一枚だけ。
私を産んだ時に、お父さんとお母さんと赤ちゃんの私の3人で一緒に写ってる写真。
この写真のお母さんは笑顔なんだけど…。
そしてお母さんは写真で見る限り、とっても綺麗な顔立ちだ。
「ねえ、お父さん。お母さんてどんな人だったの?何でお母さんと結婚したの?
あと、他に写真無いの?」
お父さんが暇そうにゴロンと寝そべってテレビを見ていたので、聞いてみた。
「お母さん?うーん…そうだなぁ…。雪夏は今何歳だ?」
「9歳。もうすぐ10歳だよ。
まだ先なんだけど、学校で二分の一成人式っていうのがあるんだって。その時の参考に聞いておきたい。」
「そっかー、正直に話すにはちょっと恥ずかしいけど…。もう10歳だもんな、まあいいか。」
お父さんは体を起こして胡座をかき、雪夏の方へ向き直って話を続ける。
「お母さんはね、ウチの山で行き倒れてたんだ。」
「え?行き倒れって、倒れてたってこと?何で?」
雪夏は想像もしてない2人の出会い方にびっくりする。
「分からない。病院に連れて行って診てもらったけど、どこも悪くないって。でも、お母さんには記憶が無くて、警察にも届けたんだけど、どこの誰か分からないって。それで、お母さんは行く所も無いし、お金も持ってなかったからウチに泊めてあげてたんだ。
で、そのうちお父さんと仲良くなって、雪夏がお母さんのお腹にきたんだよ。」
「ふーん。そうなんだぁ。お母さんは、ずっと誰か分からなかったの?今は分かる?」
「それが、全然。着てる洋服だけで、何も持ってなくて、身元が分かる物が何も無かったんだ。」
「お母さんは、何で記憶喪失になったの?」
「それも分からない。
お母さんは、何も知らなかったんだ。…大変だったよー、いろいろ。
雪夏がお腹にいるって分かってから、戸籍取ったりしなきゃいけなくて。」
「戸籍って、何?」
「生まれたら市役所に“産まれましたよ”って、名前とか紙に書いて提出して、登録してもらうんだよ。それで、あなたは何処そこの誰々ですって記録されるんだ。それが戸籍。」
「戸籍って、無いとダメなの?」
「そうだなー。戸籍が無いと、お父さんとお母さんが結婚できなかったからね。雪夏が産まれるのに、それじゃあ困るから。出産に間に合うように手続きするの大変だった。」
「で、間に合ったの?」
「うん。無事に戸籍が取れて、雪夏が産まれて、雪夏もちゃんと2人の子供として登録できたよ。
でも、その手続きやら何やらですごく忙しくて、雪夏が産まれるまで写真を撮るとか全然思いつかなかったよ。結婚式だってできなかったし。
それから、この写真撮った後にカメラが壊れちゃってさ、しばらく写真撮れなかったんだ。」
「ふーん。お母さんの名前は、誰が決めたの?」
「お母さんだよ。『山野中聖水』面白いだろ?山野中。倒れてた場所、そのまんまだったんだろうな。」
「何で聖水?」
「なんか、水が大事なんだって言ってた。
山の綺麗な水が好きだったんだな、きっと。」
「そっかー、なんか適当なんだね。」
「そうそう。お母さん、かなり適当で、大雑把で、おっちょこちょいだった。」
「ひどっ!」
雪夏は、ずっと想像してた綺麗なお母さんとはイメージ違うなぁと思った。