第16話 お母さんの記憶
雪夏は洞の水を少し飲んだ。
頭の中に映像が浮かんできた。
雪夏と武路は目をつむった。
写真で見た雪夏のお母さんと武路のお母さんが、少しふっくらしたお腹をさすりながら、病院の待合室で楽しそうにおしゃべりしている。
本当だ。これは私が直接見たものでは無さそうだ。
客観的とはこういうことか。
雪夏と武路は理解した。
武路母:「赤ちゃん体重どう?増えてる?」
聖水:「うん、順調だって。でもねー私の体重も増えちゃって。ちょっと怒られちゃった。へへ。」
武路母:「そっかー、今度一緒に何か美味しいものでも食べに行きたかったけど、それじゃダメだね。」
聖水:「えー!行きたい!行きたい!ちょっとだけだから大丈夫!ね、ね!」
場面はレストランみたいなところに変わる。
2人は美味しそうにパフェを食べている。
「美味し〜い!」
声を揃えてニコニコと、フルーツパフェを頬張りながら言う。
「赤ちゃんも、美味しい美味しいって言ってるね!」
「早く産まれてきてほしいね。早く会いたい!」
「ねー!」
雪夏のテーブルの上にはスプーンからこぼれ落ちたフルーツやウエハースの破片や溶けたアイスクリームとか、いろいろ食べ散らかっている。
武路母:「ねー、もうちょっと綺麗に食べなよ。子どもみたいだよ。」
聖水:「てへへ、ごめんごめん。私、こんなの食べるの初めてなの、多分。」
武路母:「そっか、記憶無いもんね。本当に何も思い出さないの?」
聖水:「うん、全然。」
武路母:「怖くない?」
聖水:「何が?」
武路母:「だって、自分の過去がどんなだったか、今まで何してきたか、全部忘れちゃったら、私だったら不安になると思う。」
聖水:「そっか。でも実際そうなったら、そうでもないよ。なんとかなるもんだし、フフッ。」
武路母:「聖水ちゃんて、めっちゃポジティブ。いつも楽しそうにしてるし、いいね。」
聖水:「うん、私、いつも楽しいの。今とっても幸せ!」
聖水は満面の笑みの顔をする。
また場面が変わる。
「いててて…。」
雪夏のお母さんが、お腹が痛くて辛そうだ。お父さんがバタバタしてる。
「産まれる!産まれる!」
ばあちゃんは、
「落ち着きな!そんなすぐ産まれんから。まず、病院に電話!」
さすが落ち着いてる。
「入院の準備はしてあるからね。あんたのこの様子だと運転危ないから、タクシー呼ぶか?」
「いや、大丈夫。病院に電話したら、落ち着いてきた。」
お母さんが痛そうにすると、すぐに反応してアタフタとし出すお父さんの、かなり頼りない運転で、3人は何とか無事に病院まで辿り着く。お母さんは、すごく痛そうな時とちょっと楽になったりと交互に繰り返してるが、すごく大変そう。
病室に入り、産まれるまではまだ時間がかかるみたいで、看護師さんに「待機」と言われる。始めのうちはお父さんがお母さんの背中をさするが、お母さんに「違う〜」って怒られて、ばあちゃんに代わる。
ばあちゃんが力を入れて背中と腰の辺りをこする。さすがばあちゃんは経験者なだけあって、お母さんは少し楽そうな感じに見える。
そこからはよくテレビで見るような出産のシーンだ。
部屋も変わり、看護師さんらしき人達に合図され、うーんと力を入れる。何回も何回も。
側にいるお父さんも一緒にうーんと力を入れてる。
次の瞬間、パッと明るい光が広がり、フンギャーと泣き声が聞こえる。
この場面は私が赤ちゃんの時にボヤッと見た景色なのだろうと思った。
「産まれたよー。頑張ったねー。おめでとう!」
看護師さんたちの声。
「ありがとう!ありがとう!聖水、よく頑張ったね!
皆さんありがとうございます!」
お父さんの声。
「あー良かった!産まれた!疲れたぁ!」
お母さんの声。
光の中で、今度はすぐ近くからお母さんの声が聞こえる。
「シワシワ〜。でも可愛い!無事に産まれてくれてありがとね!」
雪夏の目からいっぱい涙が溢れた。そしてすごく幸せな気持ちになった。
自分が産まれたことをお母さんは嬉しいと思ってたんだと、安心した。




